第17話 動悸

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ。

 すごいですごいですティアラナさん! もう本当にすごすぎです! かっこ良すぎます!! 惚れなおしました三割増しです!! どうしてここに人の字がいるってわかったんですか?」



 俺の『顔面』を押しのけて、パミュが言った。俺はしかめっ面で、目をキラキラと輝かせるパミュを見下ろす。



 ティアラナは、巾着から取り出した小瓶に魔力の鞠を詰め込みながら、その話を聞いていた。

 パチンと指を鳴らす。すると、俺が先に投げ捨てたアイチカの実が今一度高々と舞い上がり、ゴミ箱の中へと無事着地した。



「おーっ」



 そこかしこから拍手喝采が向けられる。

 フッ。

 ティアラナは銃を模した指に、息を吹きかける。この仕草からもわかると思うが、この世界にも銃は存在する。一応な。



「心獣(このこ)は精神生命体だからね。パミュちゃんが、この字を書いた時の思いに沿って動く」

「ふむふむ」



 ためになるなーみたいな顔してるけどさ、俺が一回説明してるからな? それ。


 未開示の情報が明かされるとしたら、この後だ。



「で、パミュちゃんが書いた全文はと言うと――」

「うわああああああああ! それ以上はダメです!! ダメです、ダメです、ダメです……」



 パミュは慌ててティアラナの元まで駈け寄り、祈るように見上げた。


 ティアラナは唇に指先を当て、どうしよっかなーと、半笑いで、思案してした。顔を見ただけで答えはわかりそうなものだが、当事者であるパミュは不安で一杯らしく、目を逸らしたら負けとばかりに、ジッとティアラナを見上げていた。


 今一度パミュを見下ろし、ティアラナが顔一杯に笑みを作った。



「わかった。じゃあ言わないよ」



 パミュがホッと胸に手を当てた。しかしそのオチは、パミュがよくても俺がよくない。



「おいおいおい。納得いかねぇな。ここまできたんだから教えろよ。踊らされ損かよ」



 パミュに習って、ティアラナの元まで足を運びながら俺は言った。



「ダメ!! ビュウは何かこう、踊っている姿が似合いそうだから、全然損じゃないの」

「なに言ってんだよ、お前は」



 ツッコムと、いや、ツッコム前から、パミュがケラケラと笑っていた。

 ったく……。

 なんつーかこう、しまらねぇオチ……。



「魔獣は精神を媒体にして誕生するが、その実、活動するための依り代を必須とす」



 突然ティアラナが言った。黒魔術理論の初歩中の初歩だ。



「それがどうした?」

「それはつまり、空間に文字を書いても心獣、魔獣が誕生しないことを意味している」

「そんなことはわかっている。だから大方、空間に書けるペンと、普通のペンを間違えて、短冊に何か綴ったんだろ? 時期的に考えても」

「そう。そしてその文には、必ずしも人という字が入っている」

「そりゃそうだわな」

「さてここで問題です。木祭真っ只中に、十五歳の女の子が、人という文字を使って願う時、どんな人を望むでしょう――」

「ティアラナさん!!」

「あーゴメンゴメン。いや、このまま終わったらあまりにご無体かなと」

「むーっ」



 いやそこまではちょっと考えれば誰でもわかるんだってば。その先が難しいだけで。


 パミュが赤い顔で俺を見つめてくる。


 俺が気づいたかどうか、確かめようとしているんだろうけど、残念ながら、最後までわからなかったし、ハッとも、しなかったな。


 まあ後半はなくてもよかったけど。


 へへへ。ざまあみさらせ。俺はティアラナ教に勝ったぞ。



「ビュウくん」



 ティアラナが声をかけてくる。



「エルメルリアは、楽しかった?」

「……んー、まあ、そう、かな」



 不思議と、認めたくなかった。

 ハッとするのと同じくらい。

 ただ嘘をつきようもなく思っていた。

 楽しかったと。



「ふふふ。ビュウくん。今回の報酬は銅二十五枚。だけどね、君の魔術の腕を見込んで、もう一つ、君に仕事を依頼したくなったんだ。その報酬は銀百二十枚」



 ティアラナが、一、二、ゼロを、順々に指で作った。



「どうかしら?」



 銀百二十枚は中々の額である。Sランクの最低相場は、南尾の時価で銀六十枚からだからな。ちなみにこれは先進国と途上国で変わるのだが、先進国は血も涙もない中抜きが入るため、末端が受け取る額は変わらず銀六十枚となる。



「内容によるな」



 先を促した。



「もしよかったらなんだけど、あたしのところで住み込みで働いてみるつもりはないかしら?」

「え……」



『ひゆうるい……。ヒューイ? そう。あなたの名前はヒューイね。あたしは――』



 初めて好きになった人。初めて好きになってくれた人。俺が殺した……。



『ここでお別れです、ルビィ様……。もっと一緒に、いたかった……』



 あの時、二度と人を好きにならないと心に決めた。

 だって俺は、不老だから。

 死ななければ、いつか、あいつの生まれ変わりに、会えるかもしれない。そう思って。

 だけど……。



『最後に一つ、教えてください……。

 あたしは、あなたの孤独を、ほんの少しでも、埋めることが、できたのでしょうか……』



 いなくなってから気がついた。

 五十年も一緒に旅をしていて、俺はこいつに、好きだの、一言すら……。

 そうだ……っ。

 好きじゃない。こいつはただの相棒なんだと逃げ続けて、俺は……っ。



 時代時代で、違う女が隣にいた。



 結末は、いつも、死。

 


 不老だから置いていかれたとか、そんな俗なものでもなく。


 

 ただ、俺に力がなくて……何度も何度もつかみそこねた。



 人の心を透かして見えるからなんなんだ? 人の心に寄り添ったところで、どうせつかむことはできない。



 不老だとか、そういうことじゃない。産まれたときから、俺の性根は化物だった。

 いや、もっとハッキリ言えば、腐っていたんだ。ただいるだけ。それだけで、周囲の者まで、巻き込むぐらいに。



 だから、不老(チート)に気がついた時、俺は……。



 いつか、この地獄を乗り越えられたとしたら、この世に在る全ての幸せを奪い取ってやるって、そう決めた。



 性根が腐っていなきゃ、絶対に考えつかない、願い事ではないか……。



 誰かと一緒にいたい。

 それでも、もう誰も、巻き込みたくない……。



 誰の人生も、狂わせたくない……。

 俺と、俺とさえ、出会わなければ、みんな――っ。



 腐って堕ちることは、なかったんじゃないのか……っ?



『家に金を入れるのが嫌になったから家を出る? 本当にクズだなお前は。

 二度と帰ってくるなよゴミクズ。だが最後に聞かせてくれ。

 ……はははやはりそうか。

 お前みたいなものに、一生彼女も友達もできるはずがない。

 お前みたいなものに……』


『どうしてこんなことになっちゃったの? 瑠依。お母さんはこんなにもあなたのことを愛しているのに。絶縁だなんて。

 でもあの人がそうするって言うならあたしにはどうすることもできない。でもわかって?

 あたしは本当に、あなたのことを愛しているのよ?』



 何糞と思って、生きた。

 


 しかし。



 あいつの言ってたこと。

 あいつのとった行動。



 全て、正しかった。



「あたしの家って、元々小さな宿屋で、幾つか部屋が余ってるんだよね。まあ、余ってるって言い方は違うかな。魔術師の性分で、部屋は全部埋めてるし。ただ、一室を空き部屋にするのは簡単な話だからさ。どうかしら?」



 ティアラナの声で、我に返った。

 何となく自分の手を見ていた。

 動悸が激しい。胸の奥から、誰かが、この八百年の間に出会った、色んな奴らが、殴ってきている。そんな感じだった。



「ちょちょちょなにを言ってるんですか、ティアラナさん!! 危ないですよ!! ビュウと一緒に住むなんて!! 夜這いされますよ、夜這い!!」

「大丈夫大丈夫」

「いや、大丈夫大丈夫って……」

「魔術師の触れ合い他千日って言ってね。あたし達魔術師は、見ただけで相手の考えていることが大体わかるから。ビュウくんがどんな人かも、一目でわかった」

「三年分もですか?」

「んーまぁ、昔の人はやや大げさに言うから、そこまではわからないけど――」

「ほらー。ほらほらほらほらー」



 ティアラナの身体を、何度も指で突っつくパミュ。ぶっちゃけ、地味にうらやましい。



「でもまあ、ビュウくんがそんな人じゃないってことぐらいは、見ればわかるよ。パミュちゃんにも、それぐらいはわかったんじゃない? 何せパミュちゃんの願い事は――」

「うわーわわわわわ!! んもう!! ティアラナさん!!」

「ふふふ」

「むーっ」



 赤くなった頬を膨らましながら、パミュが俺を見つめてくる。何故俺? と思わざる負えない。お前をおちょくってるのは、さっきから終始ティアラナだろうがよ――あ。

 今一度、自分の手を見ていた。乾いたその手を、握りしめる。



 動悸が……鎮まってる……。

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