第8話 ポーカーフェイスは苦手なもので
「デートでしょ? デート。キャー。パミュってば進んでるなー。お幸せにねー」
「ち、違うもん!!」
「あ、照れてる照れてるー。あーやーしいー」
「そんなんじゃないもん!! 全然ちっとも違うもん!! ティアラナさんが案内してきてって言うから、あたしは嫌だったけど、仕方なく」
「え? ティアラナさんが?」
「うん」
「もしかして、それが対価?」
「うん。あ、言っちゃった!!」
「へー、あのティアラナさんが、ねぇー」
マリオンの瞳の色が、目に見えて濃くなった。
魔力は神意、つまり陽光を遮断するため、瞳に魔力を集めると、瞳の色が深くなる。
俗に言うアルカナ反応で、見鬼による変色反応と言い換えてもいい。
しかし驚いた。見鬼は高等技法。こんな子供が扱えるとは……。
『魔力量とは裏腹に、すごい整纏(せいてん)。心を欠片も覗けない。何より、この暑いサザーランドで、こんな厚手のコート着てられるって……。
魔術師は、陽光は遮断できても、地面を熱して虚空に伝播した熱までは、遮断できないはずなんだけど……』
「あー言われてみれば、そうだな。すっかり忘れてたよ。サザーランドが暑いってこと」
俺は、掌を拳の底で叩いた。
「え……」
マリオンが掠れた声を上げる。
俺はそれを小耳に挟みながら、コートを脱いで、インナーの袖をまくった。長手袋もとって、指輪も外す。コートの袖で、腰を縛った。
「ん?」
マリオンが、キョトンとした顔で、見上げてきていたので、俺は目を丸くした。
「あ」
俺また何かやっちゃいました?
って違う違う。
何より俺は、自分が何をやったのか自覚していた。
先の言葉は、マリオンが口に出したものじゃない。マリオンの心の声だ。
「悪い」
俺はそれだけ言った。
実演を交えるつもりはなかったが、これが見鬼で心を見るってやつだ。
見鬼で読める感情の範囲は、B級魔術師で、喜怒哀楽の四情、A級魔術師なら 愛嘘信憎恐を足した九情とされているが、俺やティアラナのようなS4魔術師になると、死念が思念を喰らう時の魔力の揺らぎから、その国の一音一音を把握し、相手が何を考えているのか、一言一句正確に読み切れる。
どうでもいい内容だったとはいえ、土足でプライベートに踏み込んでしまったのは事実。
しかしマリオンはパミュと違って魔術師だ。
魔術師間での心の覗き覗かれってのは、挨拶みたいなものだった。
こんなもので怒っていては始まらない。
心を覗かれたら、相手は自分より上手だったのだ、もっと精進しよう、ぐらいに考えられなければ、魔術師とは言えな……。
フサフサフサフサ……。
マリオンが静かに尻尾を揺らしている。
空色の瞳が、俺を捉えて離さない。
ふと。
「っとととと……」
マリオンが、パミュの手をつかんで、自分の側に引き寄せた。
「マリオン……?」
マリオンは、今も俺のことを見つめている。
俺の一挙一投足見逃さない。
そんな見鬼だ。
しかし……。
お前の見鬼に貫かれるほど、柔な整纏(せいてん)してないんだよなー。
あーっと……。
とりあえず、両手を広げた。
「あーマジで、大したことは読んでない。マジで」
フサフサフサフサ……。
マリオンの尻尾が、メトロノームのように揺れている。
えーっと……。
俺はガリガリと頭をかきながら、目を反らした。
「でもまぁその、女の子相手に、することじゃなかったよな。見鬼でこられたから反射的に見鬼で返したんだけど、ここは整纏(せいてん)が正解だった。ごめんなさい」
青空を向く態度はともかく、言葉だけは平謝りに徹した。
子供ってだけでも面倒くさいのに、女という属性までついている。
下手に怒らせたら面倒なのは、八百年生きていなくても、わかることだ。
態度はまあ……せめてもの抵抗ってやつ?
どっかの指示待ち人間に、余分な贅肉、見栄、と、一蹴されてしまいそうな気もするが――
チラリと目を向ける。
マリオンの態度は変わっていない。
はぁ。
ため息をつく。
俺は、膝に手を置き、腰を曲げて、マリオンに視線を合わせた。
「どうしたら許してくれるのか、教えてくれるか? あんまりそのー、慣れてないんだ。子供と話すのも、女の子と、話すのも……」
自分なりに、精一杯の誠意を伝えた。つもりだ。
マリオンは、今も、パミュの手首をつかみながら、俺のことを見つめてきている。
俺はたまらず、視線を上向けた。いや、逃げたわけじゃない。
ぶっちゃけ、マリオンと目を合わせ続けるのが、恥ずかしかったのだ。もしかしたら、顔も赤くなっていたかもしれない。
誤魔化すように、頬をポリポリとかいた。
正直マリオンは外見だけなら、結構可愛い。
まあバレたらヤバイ感情ではあるのだが、マリオンの見鬼に俺の整纏(せいてん)を貫けるはずも――
「むふふふふ……っ!!」
突如、地獄の底から這いあがってきた、リスのような笑い声が聞こえてきた。視線を戻す。マリオンが、頬に指先を添えて、喜色満面の顔を隠していた。例によって、広げた指先から、小悪魔じみた笑みと声がダダ漏れだったが。
さっきまで警戒していたくせに、この不気味な笑顔。危険だ。
俺の頭の中で、回転灯がウーウーと唸りを上げている。警告に従い、反射的に後ろへと下がる俺。
そんな俺の横手に、マリオンがサササと回り込み、そして――。
ゾクリ。
マリオンの体温と感触が、腕一杯に広がっていく。マリオンが、俺の腕を抱きしめてきたからだ。
永遠に味わっていたくなるようなこの気持ち。まるで麻薬だ。いや、吸ったことないけど。
おずおずとマリオンを見下ろした。マリオンは、フェルナンテらしい犬歯を光らせて笑った。
「ねえねえ、デートじゃないなら、マリオンとデートしない? マリオンが一杯楽しいところ案内してあげるよ。お互い魔術師みたいだし」
更にギュッと、人の手を抱いてくるマリオン。頭二つ下で、ピョコピョコと三角耳が跳ねている。
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