第十七節「私だけのハーレム」
104.姫様の王都襲来
(お腹減った? アナシスタ)
暗い橙色の空が広がる魔界。
寂れた街でうずくまるまだ幼い姉が妹に尋ねる。しゃがみ込んだままの妹が答える。
(うん、お腹減ったよ、グラディアお姉ちゃん……)
痩せ細った姉妹は極度の空腹に意識がぼんやりしていた。姉のグラディアが言う。
「静かにっ! 誰か来る!?」
ふたりは街の路地の陰に身を寄せ、息を殺してその黒コートの男を見上げた。
明るい陽射し。美しい森の緑。
そんな美しい地上の景観もアナシスタの目には大した興味を持って映ることはなかった。
「お腹、減った……」
初めてやって来た地上世界にほんの少しだけ興味を持ちつつも、それでも常に自分に襲い掛かる空腹感に心を潰されそうになっていた。
ボロボロの汚れた服、バサバサの髪。痩せ細った体は一見今にも餓死しそうな様相であった。そんな少女に近付く人影があった。
「おい、見ろよ。少女だぜ。女だ!」
「本当だ、こんな山奥に」
その男のヒト族の冒険者は山奥でひとり
「ひとりか? 見て見ろよ、服もボロボロだぜ。魔物にやられたのか?」
服が破れ、体の一部が露出したアナシスタを見て男が興奮しながら言う。
「ああ、急にムラムラして来た。我慢できねえ、
「ま、待て! 何か様子が変……」
バタン!
顔を紅潮させてアナシスタに襲い掛かった男が突然倒れる。残った男が驚き声を掛けた。
「お、おい。どうした? 転んだのか!?」
アナシスタはゆっくりと立ち上がり、倒れた男の背中の上のあたりの空気を掴んで口に入れ始める。
異様な雰囲気に男が震えながらアナシスタを見つめる。その顔は不気味に笑い、そして一瞬だけ満足そうな表情を浮かべる。男が言う。
「お、お前、一体何をした!? 何を……、ぐふっ!!」
恐怖に駆られた男がそう言って逃げようとした瞬間、全身に何か重い衝撃を受けて意識を失って倒れた。
アナシスタはもうひとりの男にも近付き、背中から出る黒いもやを掴んで口に入れる。
「ああ、美味しい……」
一瞬だけ満たされる空腹感。
本当は大して美味しくなかったが、辛い空腹感を少しでも忘れさせてくれるそのもやは彼女にとって重要なものであった。
しかしすぐに襲ってくる空腹感。アナシスタは冒険者達が持っていた行動食を見つけ口に入れた。噛んでも噛んでもやはり満たされてない。アナシスタは全身を集中させて感覚を研ぎ澄ます。
「あっち……、たくさんの食べものが、あっちにある……」
アナシスタはゆっくり立ち上がると、ふらふらと歩き出した。
「レ、レオン様っ!! 街の外に、王都の外に、ま、魔族が現れました!!!」
レオンに報告に上がった兵士は顔じゅうに汗をかきながら言った。体も幾分回復し、通常の業務に戻っていたレオンがそれを聞き真剣な顔になる。目を閉じ、神経を研ぎ澄ましてから兵士に言った。
「これは、相当強力な魔物……、分かった。すぐに出陣の用意をする!!」
「は、はいっ!!」
レオンはその足で王に迎撃許可を貰い、そしてローシェル軍に戦闘準備を命じてから街へと走る。
(ぐっ……)
走り出したレオンの体に、先のヴァリトラ戦で受けたまだ完治しない怪我の痛みが襲う。
「ぐ、ぐぐっ……」
突然止まった勇者レオンに周りの兵が驚いて声を掛ける。
「レオン様、い、いかがしました……?」
兵士達が心配そうにレオンを見つめる。レオンはふうと息を吐くと皆に言った。
「武者震いだ。心配要らぬ。さあ、行くぞ!!」
勢いよく駆け出すレオンに、兵士達は安心した顔でその後に続いた。
「ねえ、どうして私達に剣を向けるのかな~?」
大魔王グラディアは、ローシェルの街の外で並んで剣を向ける兵士達に向かって言った。街を背に、ずらりと並ぶ王国の兵士達。その表情は真剣で、突如現れた魔族三体を是が非でも街に入れないと緊張している。兵を率いた中隊長が言った。
「この街に魔族は要らぬ!! とっとと失せろ!!!」
その言葉を聞いてグラディアが悲しそうな顔をして答える。
「何でそんなに魔族を嫌うのかな~。別に悪いこともしていないし。ちょっと街に入って美味しいものやお買い物を楽しみたかっただけなのに。それに……」
グラディアはそう言うと服の中からすらっと伸びた長い足を見せて言った。
「こんなに可愛い魔族なんて、見たことないでしょ〜?」
ちょっとだけ甘えた表情で兵士達に言う。それを見た兵士達は驚き、そして動揺が走る。
「か、可愛いな……、魔族だけど……」
兵士の一部がそんなことをつぶやき始める。それを聞いた中隊長が大声で言う。
「馬鹿者!!! あれは魔族、惑わされるでない!!!」
怒鳴る中隊長に兵士が気を入れ直す。グラディアが言う。
「酷いなあ、魔族だからって。私、こんなに可愛いのに~」
中隊長が叫ぶ。
「魔族は討伐!!! 総員、構えよ!!!」
その言葉と同時に剣や槍を構え出す兵士達。それを見た魔賢者スタリオンがグラディアに言う。
「姫、あやつらは我が……」
「ん? いいよ、ジジの好きにして~」
スタリオンは頷きグラディアの前に出ると兵士達に向けて言った。
「貴様ら!! この大魔王グラディア様に……」
ゴン!
「痛っ!?」
話始めたスタリオンをグラディアが後ろから殴る。そして顔を膨らませながら言った。
「ちょっとお、ジジ!! 私は魔王じゃなくて、姫でしょ? いやよ、そんな下品な名前!!」
「い、いや、しかし……」
「そんなダッサイ名前、嫌っ!! 私は可愛い姫なの!! 姫ったら、姫っ!!!」
「は、はあ……」
スタリオンは気を取り直して兵士達に叫ぶ。
「こちらは、ひ、姫グラディア様!!! 姫に刃を向ける意味、あの世でとくと思い知れ!!!」
スタリオンはそう言うと両手を左右にゆっくりと上げる。すると兵士に対峙する空間に対する渦巻きが無数に現れ、その中からボロボロの黒いフードを着た魔物が現れた。それを見た兵士達が言う。
「な、なんだあれ!?」
魔物はそのままゆっくりと地上に降りる。顔はガイコツ、そして手には巨大な鎌を持っている。一瞬驚いた中隊長が兵士に向かって突撃命令を出す。
「狼狽えるな!! 我等は王都ローシェルの精鋭!! いざ突撃っ!!!」
「うおおおお!!!!」
兵士達は先陣を切る中隊長に続いて走り出す。それを見たグラディアが言う。
「ああ、可愛そうに。みなさん、さようなら。……って言うか、あれってこの間『出すな』って言ったオバケ達じゃん。うわっ、キモッ!!」
グラディアが顔を背ける中、無数のガイコツの魔物もは兵士の突撃に応じて前進を始める。そして号令と共に振り上げられる剣と鎌。
シュン!!
「あれっ!?」
しかし兵士達の剣や槍はガイコツの体をすり抜けて空振りとなる。一方ガイコツの鎌も的確に兵士達の首を捉えるが、同様に音もなくすり抜ける。戸惑う兵士達。しかし異変はすぐに起きた。
バタン、バタン……
ガイコツと戦った兵士達が次々と倒れて行く。
外傷はない。出血など一切見られない。しかしまるで魂を抜かれたかのように生気なく倒れている。後から応援に現れた司令官がその敵の姿を見て驚く。
「あ、あれは、死神……」
魔界の鎌で生者の魂を切り取る魔物。
それは決して地上では見られない魔界の死霊であった。
そこへローシェルの街から数十名の若者達が走って来る。その半数は学生だろうか制服を着ている。彼らを先導していた若い男が彼らに言った。
「いいか、お前ら。あれは魔族、鎌を持っているのは恐らく死神。攻撃を受けたら魂切られて死ぬ。ああ言う風に」
男が前方で息絶えている兵士を指差して言う。若者達が男に聞く。
「キース先生、あ、あんなの、私達で勝てるんでしょうか……」
生徒に尋ねられたエルシオン学園勇者科の講師キースが真剣な顔で皆に言う。
「大丈夫だ。勇者科の生徒は前へ! 魔法科の生徒は後方から皆に
「は、はい!!」
キースの的確なアドバイスに返事をする生徒達。しかしその顔は恐怖に包まれていた。魔法科の生徒が話をする。
「ね、ねえ、フローラ。あんなの私達だけで大丈夫なの……」
いつも強気なレイカが仲のいいフローラルの近くに行って弱々しく言う。フローラが答える。
「だ、大丈夫よ。クレスト先生に鍛えられた私達の魔法。絶対に、絶対に負けないはず」
そう言うフローラルの目も恐怖に包まれていた。
しかしそんな生徒達の恐怖をこの男の登場が一変させた。
「みんな、今こそ私達の力を見せる時だ!! この剣に続けっ!!!!」
「あ、あれは……!!」
そこには遅れてやって来た『救世の英雄』レオンであった。それを見た生徒達から歓声が上がる。
「レオン様ーーーーっ!!! レオン学長ーーーーっ!!!
レオンは生徒達の歓声に応えるように勇者の剣を天にかざした。剣を上げるだけでも痛む腕の激痛に耐えていることを決して悟られぬ様に。
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