7.ブルッドの罠

南方大陸。

部屋で美女と戯れるマーガレットに女兵士が急ぎ報告に訪れた。


「マ、マーガレット様!!」


「……何だよ」


美女のマッサージを受けて眠そうなマーガレットが答える。女兵士は青い顔をして報告する。



「サウザンド地方に未確認の魔物が出現し、たくさんの人が被害を受けているとの報告が入りました!!」


表情ひとつ変えずに聞くマーガレット。ひとこと言う。



「……で?」


「え、い、いや、それゆえ、マーガレット様に救援依頼が来ておりますが……」


マーガレットはマッサージをする美女の手をぺろりと舐めてから言った。



「俺、今忙しいから無理。他当たってくれ」


そう言うと再びごろんと寝転がる。女兵士が慌てて言う。


「マ、マーガレット様!! お願いします、何卒お力を!!」


サウザンド地方はこの女兵士の故郷であった。公私混同は良くないと思いつつもいつも以上に必死になってマーガレットに頭を下げる。それを見たマーガレットが女を自分の傍へと招く。



「は、はい、マーガレット様……?」


バン!!


「きゃあ!!」


マーガレットは近付いた女兵士を思いきり殴り倒した。そして倒れた女に言う。



「俺は忙しいって言ってんだ、聞こえなかったのか!?」


「い、いえ、そんなことは……、も、申し訳ございませんでした」


恐怖に震える女兵士。急ぎ立ち上がると頭を下げて部屋を出た。

マーガレットは部屋にいた別の女兵士を呼んで言う。



「おい、あいつクビな。もう飽きたし。新しいの探してこい」


「はい」


女は深く頭を下げて部屋を出る。

マーガレットは欠伸をしながら再び女のマッサージを受けるために寝転んだ。





「レイカちゃ~ん、どうしたんだい、一体?」


エルシオン学園校門前。講義も終わった薄暗い夕刻過ぎ、家に帰ろうとしたフローラルは校門前でレイカの名前を呼ぶひとりの男に気付いた。



「レイカちゃん、僕ちゃんがさあ、何か気に障ることしたか~い?」



フローラルがその男を見つめる。レイカと一緒にいる男、身なりは良いがぱっとしない少し小太りの男。彼の隣には黒塗りの立派な馬車に専用の御者が待機しており身分は相当高い貴族だと分かる。男がむっとした顔のレイカにしつこく話し掛ける。


「ねえ、レイカちゃんってばあ……」


男がレイカの顔の傍まで寄って話し掛ける。

レイカは男のツバが自分の顔に飛んだことに気付いた。その瞬間、彼女の中で何かが切れた。



バン!!


「ひい!!」



「ブ、ブルッド様っ!!」


その瞬間、レイカの右手が顔を近づけていたブルッドの頬を力強く殴りつけた。

勢いで横に倒れるブルッド。それを見たお供の御者が声を上げる。レイカが取り出したハンカチで顔を拭き、震えた声で言う。


「気持ち悪いのよ!! あんたっ!!!」


「ひいい!! レ、レイカちゃん……」


レイカはそう言い終わると、顔を拭いたハンカチを地面に倒れたブルッドに投げつけた。レイカはそのままひとり立ち去って行く。周りにはその一部始終を見ていた生徒達がざわざわと騒ぎ出し、そして白い目で見ながらくすくすと笑いだした。

ブルッドは全身を震わせ顔を真っ赤にして思った。



(許さない、許さないよ、レイカちゃん。幾ら君でも僕ちゃんを怒らせたらどうなるか、教えてあげる!!)


ブルッドは御者に引き起こされ、ひとり馬車に乗り去って行った。



「レイカさん……」


影からそれを見ていたフローラルは少し体が震えていることに気付いた。






「おーい、レイカ。どうした? 顔が青いぞ?」


翌日、講義が終わった後に顔色が悪いレイカに気付いたクレストが言った。レイカが冷たく答える。


「何でもありませんわ。あなたには関係のないこと」


(生徒じゃなかったシバいてやるところだぞ!)



クレストが真面目な顔をして言う。


「何か悩みでもあるのか? よければ相談に乗るぞ」


クレストなりに心配して言ったのだが、レイカは彼の顔を見ることもなく無視してその場を去った。


(どいつもこいつも。どうして私の周りにはこんな鬱陶しい奴しかいないの!!)


クレストは立ち去るレイカの後姿を見ながら、今のはさすがに「メンタル潰されたぞ」とひとり思った。




(あー、むしゃくしゃする!!!)


学園を出て、ひとり街中を歩くレイカ。

今のところブルッドを殴った件では何も言われていないが、あの執念深いブルッドが何もしないとは思えない。また呼び出されるのか、それとも両親を介してネチネチ言われるのか、想像しただけでもレイカは気持ち悪くなって吐き気がした。


しかしそんなレイカの予想とは違い、ブルッドはもっと直接的な方法に出た。




「た、助けて……」


レイカが街の外れに差し掛かった時、路地裏からか細い声が聞こえた。


(助けを求めている?)


レイカはその声がする方へと歩き出す。そして真っ暗な建物との間にある路地裏へと足を踏み入れる。


「誰か、いるの……?」


レイカが声を出す。

その瞬間。



ドン!!


「うっ……」


突如感じる首元のへ痛み。

レイカはそのまま意識が遠くなるのを感じた。





「起きたかい? 僕のレイカちゃん」


レイカは目が覚めると体の自由が利かなくなっていることに気づいた。


「ううっ、うー、ううっ!!」


口には布が巻かれており話すこともできない。

手足は座らされた椅子に縛られて動かない。そして目の前には薄気味悪い笑みを浮かべたブルッドが立っている。


――ど、どこ? 縛られている!?


レイカは部屋の中を見回した。

小さな部屋。木で作られた小屋のようである。森の中だろうか、すべて閉じられたカーテンの外から時折動物の声が聞こえる。ブルッドがレイカに言う。



「おはよう、僕のレイカちゃん。目覚めはどうかい?」


「う、ううっ!!」


レイカは言葉が出ない。


「レイカちゃんはちょっとおイタが過ぎたから、僕ちゃんのお仕置きが必要なんだよ。わかるよねえ? 僕達愛し合ってるもんねえ~」


レイカは吐き出しそうになるのを必死に堪えた。ブルッドが言う。


「ああ、そうそう。最初に言っておくね。ここにはこれから数日居て貰うから。大丈夫、レイカちゃんのママには僕が連絡しておいたよ。僕主催のパーティーがちょっと離れた街であるから、泊りがけで行くってね」


「ううっ!?」


レイカの目が大きく見開かれる。


「心配しなくていいよお。レイカちゃんのママ、ほ~んと馬鹿だから、僕がちょっとおだてるとサルの様に喜んで返事するよねえ。今回のも『レイカを宜しくね』だってさあ。傑作だよねえ、きゃははははっ!!!!」


レイカは目の前で下品に笑うブルッドを見て悔しくて涙が出てきた。同時に睨みつけるレイカ。ブルッドが笑いを止めて言う。



「ああ、その顔。気に入らねえ」


パン!!


「うっ!!」


ブルッドがレイカを平手打ちした。


「この間僕ちゃんを殴ったよね。そのお返しだよ。僕ちゃんパパやママにも殴られたことなんてなかったんだよ。何て狂暴なの、レイカちゃんは。教育が必要だよね」


バン!!


「ううっ!!」


再びブルッドがレイカを殴る。再びレイカがブルッドを睨みつける。



「ああ、嫌だ嫌だ。僕達、夫婦めおとになるのにどうしてレイカちゃんはそんなに怖い顔をするのかな~。あっそうだ、ひとつ言っとくね」


そう言うとブルッドはレイカの顎のあたりを触りながら続けた。



「これから身の回りの世話は全部僕ちゃんがしてあげる。食事も僕ちゃんが食べさせてあげる。そして排泄も僕ちゃんが手伝ってあげるよ。レイカちゃんは何も心配しなくてもいいよ」


「!!」


それを聞いたレイカの顔が真っ青になる。



――嫌よ、嫌よ、そんなの嫌よ……、誰か助けて、誰か助けてよ!!!


レイカは目に涙をいっぱい溜めて泣いた。ブルッドが続ける。



「今日は僕ちゃんとレイカちゃんの初めての夜。ふたりで楽しもうねえ~」


そう言ってブルッドは懐から短刀を取り出す。


「うっ!!」


それを見たレイカの目が引きつる。ブルッドが言う。


「大丈夫、刺したりなんてしないよ。レイカちゃんが逃げたりしなければね」


そう言ってレイカの服のボタンをひとつずつ短刀で斬り落としていく。



「ううっ!! うー、うーーー!!!」


やがてはだける胸元。露わになったレイカの下着を見てブルッドが興奮して言う。


「可愛いよお、可愛いよおお、可愛いいいんだよおお、僕のレイカちゃんんんん!!!」


ブルッドがレイカの胸元の匂いを嗅ぐ。



「ああ、いい匂いだあ……、僕ちゃん興奮して来たよお~」


「うううっ!! ううっ、ううーーー!!!」


必死に体を動かし抵抗するレイカだがブルッドは下品な笑いを続ける。そして言う。


「大丈夫だよ、全部は見ないよ。僕ちゃん、こうして見えそうで見えないのが大好きなんだ~、そうやって泣いて喜ぶレイカちゃんも大好きだよ~」


レイカは恐怖と羞恥心、そして怒りで頭がおかしくなりそうであった。ブルッドは窓の外の月を見て言う。



「ああ、もうこんな時間だ。僕ちゃん帰らなきゃ。ママのご飯の時間だよ。レイカちゃんは悪い子なんで今日はこのままね。じゃあ、また明日。愛してるよ~」


ブルッドはそう言うと部屋の明かりを消して、レイカを縛ったまま部屋を出て行った。



「ううっ、ううっ、ううう……」


ひとり暗闇に残されたレイカが涙を流す。



――助けて、お願い。誰か助けて……


声にならない声を上げてレイカが助けを求めた。

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