5.魔界の門
(一体どこで『気ままな年金スローライフ』の夢が潰えたのだろう。まあこれがその原因のひとつであることは間違いないよな)
クレストは王都郊外にある封印が何重にも張り巡らされたその洞窟へやって来た。
「お疲れ様です、クレスト様!!!」
ここを守る兵士達だけはクレストの実力を知っている。クレストが冗談っぽく言う。
「はいはい、生きてたらまた会おうね~」
「おい、不吉なことを言うんじゃない!」
同行している勇者レオンが怒って言う。
「ごめんごめん。でも、ひとりだけで戦うんだから今日こそ死ぬかも……」
その言葉にはレオンは答えず、どんどんと洞窟の奥へと進んでいった。
「だいぶ弱まってるなあ……」
洞窟の最深部に辿り着いたふたり。
そこは巨大な空間になっており、そして奥の壁に封印された大きな門がある。門の前には幾つもの鎖が掛けられており、その鎖には封印の為のお札がたくさん貼られている。
クレストがその大きな門に手を当てる。ギギッと音を立てて門が少し開く。レオンがクレストに言う。
「気を付けてな」
「ああ、行ってくるよ」
(ああ、今回はどんなのが来てるんだろう……、凄いのがいなきゃいいけどなあ……)
クレストが門の中へひとり入る。
「おい、ちょっとこれ。溜まり過ぎじゃないか……」
クレストが入った場所、それは『魔空間』と呼ばれる空間で、『人の世界』と『魔界』を隔てる緩衝的役割を持った場所である。そこには魔界から侵入した魔物達で溢れており、人間界につながるこの『魔界の門』を日々破壊しようとしている。
クレストの封印魔法で簡単には壊れないが、時折この緩衝空間にやって来て溜まった魔物の討伐が必要になる。ごく限られた特別な魔導士だけが入れるこの空間。その任務に最適だったのがクレスト。彼がこの王都に残らなければならなかった一番の理由がこの門の封印維持であった。
「何十体いるのか? まあいい、とりあえずこれで……」
クレストは魔空間に溢れる魔物を前に、右手を前に空間に文字を書き始める。そして叫んだ。
「炎の旋律・ヘルフレイム!!!!」
ゴゴゴッ、ゴオオオオオ!!!!
魔空間の下から轟音と共に吹き上がる業火の柱。
突然の業火に逃げ惑う魔物達。クレストはさらに魔法を詠唱する。
「氷の旋律・アイスロック!!」
クレストが素早く空中に魔文字を刻むと、今度は魔空間の上空から大気中の水分が一気に巨大化した氷になり魔物達へと降り注ぐ。
ドドドド、ドン、ドオオオオン!!!!
業火の炎を耐えきった魔物達が、今度は上からの氷の塊に次々と叫び声を上げていく。
「ゴオオオオオオオオ!!!!」
炎と氷の魔法攻撃をかいくぐった一匹の魔物が、大きな牙と爪を振り上げながらクレストに飛んで向かって来た。クレストがすぐに魔文字を書き魔法詠唱をする。
「無の旋律・魔法障壁!!」
クレストの前に空間を歪めながら透明な壁が現れる。
ドン!!
魔物が魔法障壁に当たり後方へ吹き飛ぶ。クレストが間入れず再度魔文字を書きそして叫ぶ。
「
クレストが叫ぶと魔空間にあった空間が音を立てて
そしてそれを暫く見ていたクレストは、まるで指揮者が演奏を終えるようにすっと右手で空間を切り、言った。
「無の旋律・終焉」
その言葉と同時に魔空間に広がっていたクレストの魔法のすべてが一瞬で消えた。そして魔物に向かって叫ぶ。
「お前ら!! もう帰れ!!!」
クレストはそこにいたすべての魔物に向かって言った。
実はクレストはここに来ていた魔物達の強さを瞬時に把握し、決して殺さない程度の魔法を立て続けに放っていた。そして魔物と自分との力差を見せつけておいて魔界に帰らせる。
(無駄な殺生はしない)
大魔王の影響があった頃は無差別に殺戮をする魔物達だったが、今は一部を除いてそのような魔物は少なくなって来ている。圧倒的な力を持つクレストの前に、魔物達が叫び声を上げながら魔界へと帰って行く。
しかし多くの魔物が立ち去った後、そこに一体の魔族が残りクレストを睨みつけている。クレストが言う。
「聞こえなかったのか? 帰れと言ったんだ」
特質な魔空間ですらひしひしと伝わって来る殺気。クレストはそう言いながらも戦いは避けられないと直感していた。魔物が言う。
「我はデュラハーン。お前らヒト族が倒した大魔王様の側近。貴様らに復讐する為にあれから日々鍛錬を積んで来た」
大きな魔界の馬に乗った鎧の騎士。自身の首を腕に抱き、そして乗った馬よりも大きな槍を持つ。戦闘経験のない人ですら感じる強烈な殺気。クレストは思う。
(はあ、ああ言うのが一番面倒なんだよなあ。しつこいと言うか。根に持つと言うか。猪突猛進タイプってやつ?)
「なあ、頼むからそのまま帰ってくれよ。大魔王をやっつけたのはレオンって言う悪い奴だし。俺じゃないんだよ」
それを聞いたデュラハーンが激怒して言う。
「貴様らヒト族の戯言など聞くかあああ!!!!」
そう言うと槍を構えてクレスト目がけて突入して来た。クレストはやれやれと言った顔で魔文字を素早く空中に刻む。そして言う。
「鋼の旋律・千ガ剣」
詠唱を終えたクレストの周りの空間から魔法によって鋼が生成され、それが美しい剣となって迫り来るデュラハーンに向かって飛んで行った。
カンカン!!
それを自慢の大槍で撃ち落とすデュラハーン。走りながらクレストに叫ぶ。
「残念だったな!! 我にそのような小細工は効かぬ!!!」
クレストは腕を組んだまま答える。
「残念? まあどっちでもいいけどお前さあ、俺に挑むなら鍛錬、足りないんじゃね?」
その直後、クレストの周りの空間一面に現れる無数の鋼の剣。それらが一斉にデュラハーンに向かって飛び始めた。
「な、何だと!?」
クレストが言う。
「あ、言い忘れたけどこの魔法。本当に千本の剣が出るから」
「ぐおおおおおおお!!!!!」
雨の様に降り注ぐ剣の攻撃を必死に弾くデュラハーン。しかし直ぐにその一本一本が鎧に突き刺さり始める。そしてデュラハーンが戦意を失うと同時に、乗っていた馬が逃走し始めた。
「ふう、終わったかな」
クレストは魔法を終わらせ誰も居なくなった魔空間を見つめる。
いつできたのか、何故できたのかは誰も知らない。
ただ、ここと南方大陸に特に多くの魔物が出現することから始められた現地調査。それで判明したのがこの禍々しい魔界の門。勇者レオンの推薦で魔導士クレストがこの門の封印にあたったが、今なおこの門については分からないことの方が多い。
「俺、いつまでこんなところに縛られるのかなあ……」
ぐうたら年金生活を夢見るも、クレストはこの門の封印の為に王都から離れられない。
冒険の途中、レオン達に内緒で各地でスローライフに適した場所をチェックし、更に美女が多いとされる地方をピックアップしていたクレスト。そんな苦労も今となっては水の泡である。
「とは言え縛り付けられているのはマーガレットも同じか。あいつ、元気でやってるかな? たまには顔でも見に行ってやるかな。あ、嫌がるかな? まあいいや。さて、戻ろ」
クレストはもうひとつの魔界の門を封印している愛弟子のマーガレットのことを思い出す。クレストは魔界の門をくぐりレオンが待つ洞窟へと戻った。
「クレスト!! 無事だったか!!!」
レオンが魔界の門から出て来たクレストに駆け寄り両手を握る。
(本当に熱いオッサンだなあ、嫌いじゃないんだけど……)
クレストはレオンに適当に返事をすると、魔物の攻撃の為封印が弱まっている門に再度強力な封印を行った。色々と尋ねるレオンにクレストはひと言だけ言った。
「魔物の数が増えていたような気がする……」
クレスト自身それが何かの意味を持つものなのか、魔王の側近が現れたことも偶然なのか、それは全く分からなった。
クレストは仕事を終え、レオンと一緒に街へ帰った。
「マーガレット様、間もなく封印の儀式のお時間ですが……」
「あー、いいのいいの。そんなの明日やる。面倒だから……、それっ!」
マーガレットは報告に来た女兵士にそう言うと、ベッドの上で寛ぎながら同じくベッドの上で寝転ぶ下着姿の女達の体を弄る。
「やだあ、マーガレット様ああ、見られてます〜」
女達が嬉しそうにマーガレットに言う。マーガレットはワインのボトルをラッパ飲みしながら答える。
「いいじゃんか、見られてた方が興奮するだろ? なあ?」
そう言ってマーガレットは自分が飲んでいたワインのボトルを無理矢理女の口へと入れ込んだ。
「うぐっ! ぐぐぐっ……」
口から溢れてベッドの上に溢れるワイン。他の女達はそれを見てにやにや笑う。報告に来た女兵士がその光景から目を背けて言った。
「で、では、私は失礼しま……」
そう言いかけた女にマーガレットが言う。
「おい、お前」
呼ばれた女兵士が恐る恐る答える。
「は、はい……」
「急にヤリたくなってきた。お前でいい。こっちに来て脱げ」
「えっ! そ、そんな、私は……」
女兵士の顔が青くなる。マーガレットがぐっ睨んで言う。
「お前、誰のお陰でこの国が平和でいられると思ってるんだ? 魔物放っちゃうぞ、お前のせいで」
南大陸にあるもうひとつに『魔界の門』、マーガレットがこの門の封印を行なっているお陰で南方大陸の平和が保たれている。言わば彼は平和の
女兵士が震えながら答える。
「ま、魔物……、それだけはご勘弁を……」
「物分かりがいい子は好きだよ〜、さあ、早くこっちに来い」
女兵士は目に涙を溜めながらゆっくりとマーガレットの傍へと近付いた。
「おはようございます、先生!!」
翌朝、いつも通りにエルシオン学園に出勤したクレストに女生徒が笑顔で挨拶をした。クレストがその女性の顔を見て適当に返事をする。
「ああ、おはよ……」
それで立ち去ろうとするクレストの前にその女生徒が立って言う。
「先生、私のこと気付いてないでしょ?」
(えっ? その声!?)
クレストはその女生徒の顔をまじまじと見た。そして言う。
「フ、フローラル!?」
「そうよ、気付くの遅い!」
フローラルはおさげだった髪を縛らずに肩ほどまでの放髪にし、そして眼鏡も外してにこにこと笑っている。クレストが尋ねる。
「え、お、お前、眼鏡は?」
フローラルが下を向いて言う。
「魔レンズに変えました」
それは目に直接入れる魔法力学に基づいた小さなレンズのことである。
「全然分からんかった。声以外……」
以前のような地味っぽさは消え、青春を謳歌している魅力的な女学生となっていた。フローラルがちょっと頬を赤めてクレストに言う。
「ねえ、先生。また教えて欲しいことがあるんです……」
クレストが答える。
「また水魔法か? でもあれ以上は中々……」
それを聞くフローラルが首を横に振って言う。
「水魔法じゃないです。私が教えて欲しいのは、恋の魔法、恋の魔法、先生との恋の魔法を教え欲しいんです!」
「はっ?」
目の前で顔を赤らめるフローラルを可愛いともいつつも、同時に学長でもあるレオンの怒り狂う顔が脳裏に浮かぶ。クレストが言う。
「い、いや、それは無理! それは無理無理!!」
クレストが逃げ始める。
「あ! 先生、逃げた!! ずるい、魔法の先生でしょ? 教えてよー!!」
フローラルは必死に逃げるクレストを笑顔で追いかけた。
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