2.水精霊
新入生への初めての講義を終え部屋を出たクレストに、その眼鏡をかけたおさげの生徒フローラルが走り寄って来て言った。
「先生、私に個人的に魔法を教えてください……」
(こ、個人的!?)
クレストはドキドキ高鳴る鼓動を感じつつも、限りなく冷静を装い返答した。
「魔法が上手くなりたいの?」
「はい……、すぐにでも上達したいんです……」
フローラルは下を向いたまま答える。クレストはフローラルから溢れ出る魔力を感じ取っていた。魔法の素質はかなりある。ただ、まだ魔法の流れのコントロールが未熟のようだ。そもそも彼女自身そのことを気付いていないよう。クレストが尋ねる。
「どうして急いで上手くなりたいんだ? 魔法だったらこれから実技授業とかでちゃんと教えるよ」
クレストは素直に理由を聞いた。フローラルが答える。
「私……、家がとても貧しくて、それでもちょっとだけ魔法の才があったみたいで、この学園には入れて……、だから、その……、頑張っているところを早く両親に見て貰いたいと思って……」
クレストはフローラルが話す波動を感じていた。
(嘘ではないなあ、でも別に理由はありそうだ……)
クレストが言う。
「いいよ。講義が終わった後、校舎横にある『魔道館』においで。教えてあげるよ」
クレストは初日から残業かと少し憂鬱になったが、それを聞いたフローラルの顔が嬉しそうになったのを見てまあいいかと思った。フローラルは顔を上げて笑顔で言う。
「あ、ありがとうございます!!」
フローラルは大きく頭を下げて礼を言うとそのまま去って行った。
「何あれ? 初日からセンコーに点数稼ぎ? ってか、あのセンコーも何だかうざったいけど」
クレストとフローラルの様子を見ていた同じクラスの金髪の生徒とその取り巻きが不満そう言った。
「ええっと、まずどんな魔法を習いたいのかな?」
講義が終わった夕方、魔道館にやって来たフローラルにクレストが尋ねた。
学園の可愛い制服ではなく、スウェットのような地味な服装。動きやすいとは思うが、内気に眼鏡、おさげと『地味キャラ全開』のような女の子である。
ただ胸は大きかった。地味な服装だがよく目立つ。クレストは何度もその豊かなふくらみを見ながら話をする。
「え、ええっと、そのぉ、できれば水魔法を教えて欲しいです……」
フローラルは恥ずかしそうに下を向いて言った。
(か、可愛いぞ!!)
クレストは十歳ほど年下の恥ずかしがる少女を見て、思いきり抱き締めたくなる衝動を抑えた。ただ同時に思う。
(何で水魔法なんだ? 彼女から流れてくる気流は風系統。自分の得意分野を理解していないのか?)
人には水や風など生まれ持った魔法適性があり、フローラルからは風魔法の適性が感じられた。クレストが尋ねる。
「風、じゃないの?」
それを聞いたフローラルが少し体を驚かせながら答える。
「は、はい。風じゃなくて水を……」
(大変だぞ、それは。何か隠しているのは間違いない。でもまあいいか)
クレストはそれ以上聞かずに水魔法の説明を始める。
「水の流れは感じる? 大気中や地中、生き物の中にもある水の流れ」
「い、いえ、あまり……」
フローラルが何かを感じようと魔力を発すると、風の精霊が騒めき始めた。クレストが言う。
「精霊は知ってるよね」
「はい」
「多くの魔法はこの世界に住む精霊の力を借りて放つんだ。水は水精霊。その存在を感じ、対話し、同調することで水の魔法が使える」
「は、はい……」
フローラルはそう返事するも、これまで彼女自身、感覚で魔法を使って来たのであまりイメージが湧かない。クレストが続ける。
「それを感じ、魔文字を媒介にして魔法を放つ。こうやってね」
クレストは空中に指で文字を書いてから小さく言った。
「水の旋律・プルウォーター」
クレストの体の周りの空中に突如水が集まりだして、それが一本の線となって放たれる。
シユウウウ……
水鉄砲の様になって魔道館の壁まで届いた魔法はそのまま小さな音を立てて消え去った。魔道館の壁には魔法を打ち消す効果があり、この程度の魔法ではあっと言う間に消滅させられる。フローラルが言う。
「す、凄いです。先生!! 一体どれだけの魔法が使えるんですか!?」
クレストはちょっと焦って思う。
(あ、あんまり凄いとか思わせるとマズいな……)
「え、あ、うん、ちょっとだけね、一応ここの講師やってるんで……、でも大したことはないんだよ……、本当……」
頷くフローラルが、今度が自分の番だと言って水魔法の挑戦を始める。集中するフローラル。
(ん?)
微かだがフローラルの呼び掛けに水の精霊が反応を示す。
(水の才能もあるな、彼女)
「感じる?」
「ええ、初めての感覚……、これが水……」
フローラルはすぐに空間に文字を書き始める。
(あっ!)
クレストはすぐにその間違いに気づいたが、フローラルはそのまま詠唱を続けた。
「水の旋律・プルウォーター」
「……」
何の反応もなかった。クレストが言う。
「魔文字が間違ってる。落ち着いて。魔文字がちゃんと書けるならばできるはず。水の精霊はちゃんと来てたよ」
フローラルが嬉しそうに答える。
「あ、はい!!」
翌日からも毎日講義が終わった後の魔道館でクレストとフローラルの訓練は続いた。
「感じて、水の精霊」
「はい!」
フローラルが空中に魔文字を書く。
騒めく水精霊。
フローラルと精霊の呼吸が合う。
(いいぞ!)
「水の旋律・プルウォーター!!」
シュ、シユウーーー!!!
フローラルが詠唱を終えると彼女の周りの空間から水が集まりだし、そして弱々しいが一本の線となって放たれた。それを見たフローラルが飛び上がって喜ぶ。
「や、やったーー!! 先生、出来たよおお!!!」
そう言ってクレストに抱き着くフローラル。
(う、うぐっ、これは……、嬉しいが、いいのかこれで……)
クレストは暑さで薄着になっていたフローラルの胸の感触を全身で感じ、講師として罪悪感を感じつつも嬉しさのあまり拒否できなかった。クレストは喜ぶフローラルの両肩に手を乗せ落ち着かせる。そして言った。
「良かったな。これができればあとは訓練を重ねて慣れて行くだけ」
「はい! 先生ありがとうございます!!」
フローラルは嬉しそうに言う。クレストは言うかどうか迷ったが、やはりその事を尋ねてみることにした。
「なあ、フローラル」
「はい」
純粋な瞳でクレストを見つめるフローラル。クレストが続ける。
「水魔法ってさあ、本当は何に使うのかい?」
「えっ?」
フローラルの顔が一瞬曇る。しかしすぐに笑顔を作って答える。
「な、何、言ってるんですか、先生。だから私が頑張っているのを両親に……」
「精霊は嘘つかないんだよ」
「!?」
クレストが言う。
「君に集まった精霊がね、使いたがるんだよ『回復魔法』を」
フローラルはまるで心臓を貫かれたような衝撃を受けた。
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