沈黙の魔導士 ~引退後は年金でスローライフ!!なんて出来なかったので学園で女生徒に囲まれたり、ゲス弟子ぶっ飛ばしたりして楽しく過ごします~
サイトウ純蒼
第一章「エルシオン学園編」
第一節「内気なフローラル」
1.沈黙の魔導士
「早く年金を貰って楽な生活がしたい……」
クレストは真剣に王国年金を貰い、憧れの『ぐうたら生活』を送ることを夢見ていた。
「仕事をしないのに金が貰えるとは。どこか自然豊かな地方でも行ってのんびりスローライフなんて最高だな」
そんな妄想を抱く弱冠十五歳のクレスト。
しかし彼の目の前にはその想いとは真逆の光景が広がっていた。
「クレスト!! は、早く、魔法を!!!!」
前方には後に『救世の英雄』呼ばれる勇者レオンが剣を構えている。
その後ろには同じく『正義の盾』と呼ばれるドワーフのガガド。隣には『回復の女神』と称されるエルフのリーティアが並ぶ。
そしてその勇者一行が相対するのは、『歴史史上最凶』と畏怖される大魔王。果敢に戦う勇者レオンであったが、クレストの補助魔法が切れ一気に押され始めている。レオンが必死に叫ぶ。
「ク、クレスト、早くっ!!!!」
クレストは右手を下にして空間に素早く文字を刻む。
(仕方がない。ここで勝って王国年金を勝ち取る!!!)
「無の
クレストは高速詠唱を行いレオンに向けて身体強化の魔法を放った。
「うおおおおおお!!!!!」
全身を白色に神々しく光らせた勇者レオンが大声と共に大魔王に斬りかかった。
「クレスト先生、おはようございます!!」
「ふあい、おはようぅ」
全世界を震撼させた大魔王が勇者レオン一行に討伐されてはや十年。時代は流れ、世の人々はそんな時代があったのかと疑うほどの平和を謳歌していた。
「クレスト先生、また寝ぐせが付いてますよ~、きゃははっ」
「う、うわあ、こら、触るんじゃないっ」
クレストは自分のぼさぼさの髪を撫でて行った女生徒達に怒って言った。
大魔王が討伐されて以降世に溢れていた魔物達は徐々に消えて行き、今は洞窟や深い森など一部の場所でしか遭遇することはない平和な世となっていた。
魔物の脅威が減った現在、冒険者や魔導士といった職業の需要は減り、逆に余の中が安定するにつれ商人や文化人などの職業が人気を得るようになってきた。
「魔王は消えたがまだ魔物の脅威は消えていない!!」
冒険者を引退した勇者レオンはそのような世の風潮を正そうと冒険者養成の為の学校『エルシオン学園』を創立した。
そして時の王の一人娘と結婚し『救世の英雄』であり『次期国王』が学長を務めるレオンの学校は、貴族やエリート達が自分の子息・息女の箔をつける為にこぞって入学させるようになった。
ガラガラガラ
クレストが教室のドアを開けて教室へ入る。
部屋に充満する女生徒達の女の色香がクレストを包む。
(ふわあぁ、いい匂いだ。頭の中はガキだけど体は十分女なんだよなあ……)
クレストは教壇に立つと魔法科の生徒達を眺める。
そして大魔王を討伐してしばらくしてから、勇者レオンにお願いされたことをふと思い出した。
「はっ? 先生をやれって?」
大魔王討伐後、その念願の『王国年金』を手に入れたクレストが訪れた勇者レオンに言った。レオンが答える。
「ああ、そうだ。大魔王を倒して数年、魔物はずいぶん減って平和になって来たが、どうも危険な感じは消えない。平和は与えられるものじゃなく、皆が自分で勝ち取るもの。その気概が薄れているようなんだ」
戦友レオンは先日国王の一人娘と婚約し、今は王城での勤務が始まっている。
(こいつは老後の心配なんてないんだろうな。まあ城での仕事なんて面倒で全く羨ましくはないが……)
クレストは最近顔や肌の色も明らかに悪くなって来ているレオンの顔を見つめた。レオンが言う。
「で、そう言う訳なんだが、どうだ。受けて貰えないか?」
途中から話など全く聞いていなかったクレストが焦って言う。
「ええっと、何だっけ?」
レオンはため息をついて言う。
「はあ、お前は相変わらずだな。だから、いつまた力をつけて来るか分からない魔物達に対して、ひとりでも気概を持って戦えるように学校を作ろうと思うんだ。その中に勇者科と魔法科を作る。で、お前にその魔法科の講師をやって貰いたい」
「講師?」
クレストが渋い顔をする。レオンが言う。
「分かってる。お前の夢が『年金暮らし』だってのは。ただ、お前はあの事もあってここ王都から離れられないだろ? それに、まあ、その、貰っている年金額も微々たるもののはず。だから臨時講師でいいので受けてくれないか? 講師料ははずむぞ」
レオンの言う通りクレストは大魔王討伐の功績が認められ、この若さで『夢の年金暮らし』を始めていた。
ただとある理由からレオン達主力で戦った三人に比べ評価が低く、『救世の英雄』『正義の盾』『回復の女神』と立派な二つ名がつくメンバーに対しクレストはまともな通り名すらなかった。
ローシェル王城で開かれた国王の褒賞授与式ですら、そのスキルの為欠席したクレスト。一部の人からは勇者パーティにいることすら知られていなかった。そしてクレストの存在を知るごく一部の人からはこう呼ばれていた。
――沈黙の魔導士
決して前に出ることなく、決して目立つことなくパーティを支えるクレスト。その理由はすべて彼が持つレアスキルの為であった。
スキル『沈黙の旋律』
ローシェル王立史上初めて発現した超レアスキル。その特性はずばり『すべてを凌駕する魔力』であった。ほぼすべての魔法を使い、すべてを凌ぐ絶対的魔力。この人類において魔法で彼の右に出る者はいなかった。
まだ少年だったクレスト。その才能は驚きを持って評価され、当時飛ぶ鳥の勢いで名を上げていた勇者レオンのパーティに加入することになった。
しかしある日、少年クレストが言う。
「僕の魔法は人に知れるほど、弱くなるよ。広まり過ぎるとスキルが消えるかも……」
レオン達は驚いた。
実際自分達に加入して彼の強さが知れ渡るほど、その魔力は比例するように落ちていた。リーダーであるレオンは考えた末にクレストに言った。
「分かった。君には後方からの支援をお願いする。その存在は最小限に留める。だからこれからも私を助けて欲しい」
こうしてクレストの名は一気にその表舞台から消えた。そしてそこから勇者レオン一行の大躍進が始まる。
「微々たるものか……」
クレストはレオンの言葉を反復した。
その言葉の通り無事『王国年金』を若き身得たクレストであったが、全くと言っていい程活躍が評価されておらず査定基準は『勇者パーティの荷物持ち』程度であった。レオンが微々たる金額だと言った理由はそこにある。
更にその額はもとより、また別の理由から王都から離れることができないクレスト。生活の為にも魔法講師の話は悪くないものであった。クレストがレオンに言う。
「分かった。引き受けるよ。講師料ははずんでくれよ。で、何をすればいいだ?」
クレストはレオンの依頼を受けることにしてその内容を尋ねた。嬉しそうな顔をしてレオンが言う。
「簡単さ。今の子供達は剣術や魔法をたしなみ程度に学んでいる。それを魔法科では『ある程度の魔物と戦えるレベル』まで上げて欲しい。お前なら簡単だろ?」
クレストは瞬時に思った。
(ああ、面倒臭せえ……)
ほぼ放置に近かった弟子を除けば、人に魔法など教えたことなどないクレスト。気は進まなかったが世話になったレオンの頼みであったし、何よりその講師料の金額を聞いて断ることができなくなった。
クレストは教壇から生徒達を眺める。
入学したてのまだ初々しい生徒達。男が多い勇者科に比べ、魔法科はほぼ女の子。講師になって数年が経つが生徒達の元気な顔を見るのは嫌いじゃなかった。一方、また日々同じ授業を繰り返すのかと考えると憂鬱にもなった。
初回と言うこともあり簡単な魔法学の説明だけで授業は終わった。
クレスト自身、ほぼ感覚だけで魔法を操って来たので、講師になってから彼なりに勉強して教壇に立つようなった。それでも魔法にはまだ未知な部分が多い。
初回の授業を終え部屋を出たクレストにひとりの女の生徒が近付いて来て言った。
「先生……」
女生徒の名前はフローラル。眼鏡をかけたおさげの大人しい感じの女の子であった。クレストが聞く。
「どうした?」
フローラルは下を向いて小声で言った。
「その、わ、私に……、個人的に魔法を教えて頂けませんか……」
フローラルは下を向いて顔を真っ赤にして言った。
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