第155話 伝説の幕開け

【緊急クエスト スタンピード警報】


【内容】聖王国首都エクシアーノが魔物の大軍に襲われる! 居合わせた冒険者たちよ、立ち上がれ! 魔物から街を守るのだ!

【開催について】準備期間は今より三時間。参加されますプレーヤーないし、パーティーは事前に参加登録をしてください。(参加人数により難易度が変わります)

【制限】プレイヤーレベル50以上。所属による制限なし。開催時間は最大三時間。

【報酬】狩った魔物の数に応じて商品を用意しております。個人またはパーティーごとに報酬がございますので奮ってご参加ください。


 夏美たちは唖然としていた。到着と同時に告知があるだなんて思いもしないことである。しかも、その告知が魔物の大量発生という緊急事態。鳴り響く警報音に愕然とさせられていた。


「おいおい、スタンピードとか面白いことになってるじゃねぇかよ?」

「タイミングが良いのか悪いのか分かんないね? アアアアさん、あたしは聖王騎士団長だから、戦わなきゃいけない。レベリングはまた今度ね?」

 彩葉はともかく夏美は聖王国の要職にある。よってログイン中であり、緊急クエストを知ってしまったのなら、参加しないわけにはならない。


「ナッちゃん、馬鹿か?」

 ところが、アアアアは聞き入れてくれない感じだ。夏美としても久しぶりにアアアアと戦ってみたいと考えていたけれど、それはもう叶わないことである。


「馬鹿ってなに? しょうがないでしょ? あたしは聖王国軍を統轄してんだから!」

 緊急クエストが始まろうというのに、レベリングなどできない。夏美が参加しないことで仲間が死に戻ってしまったならば、夏美は彼らから非難されてしまうはず。それこそ聖王国に居場所がなくなってしまうのだ。


 しかし、アアアアは首を振る。物わかりが良い方だという印象であったが、割と我を通すタイプかもしれないと夏美は思い直していた。

 ところが――――。


「俺もイベントに参加するぜ!」

 夏美は予想外の話を聞くことに。皇国の重鎮が聖王国のエリアイベントに参加するなど、考えられないことである。


「えええ!? アアアアさん裏切りとか言われないの!?」

「んなこと俺は気にしないぞ? それにイベントは制限が書いてないだろ? 居合わせた者なら参加できるはず。レベリングできそうだし、報酬もあるだろうしな!」

 どうにも理解できなかったけれど、ロークアットの捜索で大半が国外にいるはず。従ってアアアアの参戦は有り難かった。


「それに俺は運営に反発しまくってるからな。ロークアットの捜索で人員が出払ってるとこにイベントを重ねてくるなんて最悪だろ? 今もスバウメシア聖王国の戦力を削ごうとしてんじゃないのか?」

 アアアアはイベントの真意を深読みしている。三国一の戦力を有するほどになった聖王国。ガナンデル皇国移籍キャンペーンと並行し、死に戻りイベントを開催することで均衡を図ろうとしているのだと。


「とにかく入国できるんだから、参加しても文句はないはず。迷子のイベントでも皇国は協力してんだ。ここも乗っかって構わんだろう? 一旦解散して飯を食った後で再合流しようぜ?」

「ま、そうかもね……。参加してくれるのは嬉しいよ。あと二時間あるし、晩ご飯を食べたあとに迎えに行くから!」

「頼むな! 俺は二十分で風呂も済ませとくからさ!」

 慌てて解散となる。廃人プレイヤーがイベントを知ってしまえば参加しない手などない。


 アアアアもやる気満々の様子。夏美的には義務であったけれど、アアアアが手伝ってくれるというのなら、聖王騎士団としても助かる話だ。


 緊急クエストに備えて準備を始めることになっている……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 夕食のあとシャワーまでもを済ませた三人。夏美がアアアアを回収し、再びスバウメシア聖王国エクシアーノへと戻っていた。


 緊急クエストまであと五十分。準備に十分な時間が残されている。

「よっしゃ、一番を取るぞ!」

「アアアアさん、スタンピードに三人パーティはキツくない?」

 彩葉が意見した。昔のようにバランスが取れたパーティーではない。前衛職が夏美しかいないのだ。回復役もいなければ、盾役すらいない。


 しばし考えるようなアアアア。しかし、結論は直ぐに出たようで、彼はそれを口にする。

「よし、チカを呼び出せ!」

「えええ!? そりゃチカちゃんは中立国だけど……」

 チカはデカ盛りいちごパフェ団の回復役であったが、体力値の低さから早々に退団し、正教会の所属となっていた。


 夏美はフレンドチャットを使い、チカに連絡を取る。ログイン状態であることから、返事くらいはあるはずだ。

「チカちゃん、やるって! ポータルで来るみたい」

「よっしゃ! これで勝つる!」

「いやいや、待って! 前衛一人に後衛三人ってどう考えてもヤバいっしょ!?」

 彩葉は反対であるようだ。今のままではチカが死に戻ってしまうだけだと言わんばかり。夏美一人で前衛をこなすなんて無理なのだと。


「じゃあ、適当な盾役を勧誘すっか……」

 アアアアが前衛を募集しようと話した直後、


「待たれい! 勧誘などせんでもよい!」


 全身黒鎧の男が声をかけてきた。

 重厚な漆黒の鎧。一目見て盾役だと分かる。加えて装備もなかなかのものだ。懸念されるレベルも100を超えており、初心者ではなさそう。だが、彼は三人が初めて見る名前であった。


【タルト】

【重装兵・Lv101】


「誰だお前は?」

 アアアアが訝しげに聞く。有名プレイヤーであるアアアアや夏美には売り込みが多いのだ。寄生しようというプレイヤーが少なからず存在する。


「誰とは酷いな、アアアア。俺様はタルト。タルトといえば、あの超絶美味なフルーツだろう? つまり俺様はあのフルーツではなくなったのだ!」

 彼の話に、直ぐさま全員がピンと来ていた。

 タルトは顔を晒していなかったけれど、声はまさしく彼である。名前にも類似点があるし、問題を起こした甘味好きな彼が戻ってきたのだと疑わない。


「……ったく、鋼メンタルかよ? てっきりもう止めたと思ってたぞ? てか本体IDがブロックされてんのに、どうやってログインしてんだ?」

「ふはは! 社会人を舐めんな! マネーパワーでプレミア価格の本体を買ったまで! 三日後からリスタートしておる! IPも変更しておるから問題ないぞ!」

 薄い目を全員が向けていた。社会人であるのは知っていたけれど、まさか転売屋から新しく買ってしまうなんてと。


「んで、その喋りは何なんだ? 違和感を覚えて仕方ないぞ?」

「これはロールである! つまりは俺様ロールをしているに過ぎない!」

 ロールとは役割を演じることだ。タルトは前キャラと区別するために、役作りをしているらしい。


「えっと、タルトさんでいいの? 流石に大福さんとは呼べないよね?」

「如何にもタルトである! 我が輩は無類の甘味ファンなのだ!」

 役作りがブレているのは仕方がないだろう。俺様キャラは我が輩だなんて言わないと全員が思った。


「じゃあ、タルトさんが盾役してくれるんだ? ちな私はイロハだからね? 冷血な極悪令嬢に生まれ変わったのよ!」

「了解した。言っておくが、我が輩は強ステを引いてしまったのだ! 体力値の判定は前回と同じ最高ランク。今回、我が輩はDEF5であるだけでなく、ATK4の神初期値を手に入れたのである!」

「いや別に聞いてないし……」

 顔のスキャン値から算出される初期ステータス。前回もディフェンスで5を引いたタルトだが、力の値は3であったのだ。しかし、この度は力値4を引いたらしく自信満々に告げている。


「じゃあ、タルトが盾役な。正直に助かったぜ。これで十分に戦える……」

 教会の前で立ち話をしていると、不意に扉が開いて女の子が飛び出してきた。

 全員が振り返るも、それが誰であるのか分かっている。要職に就く彼女が現れたのだと全員が理解した。


「わーわー! みんな久しぶりやねぇ!」

 現れたのは立派な法衣を身に纏った小柄な女性である。早速と駆け寄っては全員と握手を交わしていた。


【チカ】

【大司教・Lv119】


「おいチカ、お前クソ強ぇな? まさかレベリングしてたのか?」

 アアアアが聞いた。それもそのはずチカは体力値が低すぎて戦えなかったのだ。従って現在のレベルが119もあるだなんて考えもしていない。


「アーちゃん、わたしは独自のレベリングを開発したんよ! 僧兵団を指示して盗賊狩りとか悪魔払いをしてたらレベルアップできたし!」

「寄生かよ……」

 喜々として語るチカであったが、アアアアは否定的である。廃プレイヤーにとって寄生は忌むべきことなのだ。


「寄生やないんよ! 僧兵を育てるのも大変なんやからね! わたしの僧兵たちはクエストこなしまくった結果、レベルキャップ上限の100揃いやねん!」

「僧兵ってNPCかよ? 良く分かってねぇんだけど……」

「大司教は十人の僧兵が与えられるねん。子供と同じように育てられるんよ。自分の僧兵は人数制限に含まれへんし、めっちゃ強いんよ!」

「じゃあ、チカはもう体力問題がないってか?」

 レベルが上がったのだからとアアアアは問いを重ねる。彼女の懸念であった体力値問題が解決したのかと。


「それがねぇ、この前にAランク体術を使ったら瀕死になってしもて! 何と殆ど上がってないんよ! まあでも、大司教になったときにもろた女神の法衣が最強やからね。後衛やったら十分に戦えるんよ」

 ケラケラと笑うチカ。少しばかり期待したアアアアであったが、残念ながら現実は甘くなかった。やはり初期値が最低であったと思われるチカの体力値は今も紙切れレベルらしい。


「よくぞ来たな、大司教チカよ!」

 ここでタルトが話しかける。当然のことながら、チカは小首を傾げていた。


「この鎧は誰なん……?」

 若干、怯えたような目でアアアアを見る。流石に初対面のプレイヤーから偉そうに名を呼ばれるとは考えていなかったようだ。


「この鎧はアレだ。ここだけの話、大馬鹿者の甘味野郎……」

「えええ!? 生きとったん!?」

 甘味野郎というだけで理解したチカ。マジマジと見つめるけれど、生憎とタルトは重厚な鎧だけでなくフルフェイスタイプの兜を装備している。


「如何にも儂が孤高の甘味鎧じゃ! バナナマフィンと悩んだ結果、タルトになったのじゃ!」

「変なロールやねぇ……」

 一同揃って大笑いしてしまう。さりとて何だか全員が楽しくなっていた。

 βテストの思い出を全員が蘇らせている。冒険に出るのが楽しかった日々を思い返していた。


「ここにクランを設立するぞ! リーダーは我が輩! そしてクラン名は……」

 仕切り出すタルトに何だか既視感を覚えてしまう。かつても強引に、いちご大福がクラン名を決めていたのだ。


「我らはマヌカハニー戦闘狂旗団!――――」


 相変わらずのネーミングセンスに全員が苦笑いするも、元より彼らはデカ盛りいちごパフェ団を受け入れた者たちだ。今さら格好良いクラン名など期待していない。


「でもよ、俺ら所属がバラバラだろ? 集まるのも一苦労だぞ?」

 ここでアアアアが意見した。かつても、それが理由で解散となっていたのだ。面白いと感じながらも現実味がないと思う。


「あまーい! シロップ漬けのアプリコットよりも甘いぞ! アアアアよ、大臣なら頭を使え! 我らには無鉄砲な無限転移装置があるだろうがっ!」

 言われてポンと手を叩くアアアア。そういえばスバウメシア聖王国にも彼女の転移魔法を使ってやって来たのだ。


「あたしは無鉄砲じゃないし、転移装置じゃない!」

 夏美は怒っている。無鉄砲はともかく転移装置だなんてと。

 しかし、夏美が本気で怒らないことを知るタルトは意に介する様子もなく続けた。


「ふはは! 勇者ナツ、天晴れである! よくぞ転移装置を獲得したな! 褒めてつかわす!」

「殿様ロールになってんじゃん?」

 再び笑い声が木霊する。もう誰も反対意見を口にしない。クランを再結成するのに問題はなかった。


「よっしゃ、盛り上がってきたな! とりま緊急クエスト頑張ろうぜ!」

「あいよ、絶対にトップ討伐するよ!」

「私はあまり期待しないでね? Aランク魔法を覚えたとこだし!」

 一人一人が手を重ねていく。クランの再結成に意気込みを口にしながら。


「体力値は悲劇やけど、魔力は無尽蔵やし! エクストラヒールかけまくるんよ!」

 次々と手を合わせたメンバーの最後を飾るのは、かつてのリーダータルトである。漆黒のガントレットが一番上に添えられていた。


「さあ、夢の続きを始めよう! 我らが成すべき事は一つ……」

 堂々とタルトがいう。自信満々に、さもそれが自然のことであるかのように……。


「今度こそ、伝説の扉を開いてやろう!――――」

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