第31話 残酷な真相

 ロークアットがワイバーンの手綱を握り、諒太は彼女の後ろへと乗り込んだ。意外と座り心地が良い。流石は王女殿下の愛騎である。鞍も最上級の品質なのだろう。


「飛びますよ!」

 王城の二階に併設された竜舎からワイバーンが飛び立つ。瞬く間に地上は遠のき、諒太たちを乗せたワイバーンは大空高く舞い上がった。


「すげぇ! 思ったより安定してるな?」

「しっかりと掴まっていてくださいね? ご遠慮なく」

 そんなロークアットの話にはフレアの説教を思い出してしまう。ロークアットが本当に自分との仲を望んでいるのか。恋仲に発展することを期待しているのかと。


 しばらくは空の旅を楽しむ。一時間程度が経過しただろうか、ワイバーンはようやく陸地を越えて海上へと到達していた。だが、ここで問題が発生する。

 突として諒太の脳裏にコール音が鳴り響いたのだ。


【着信 九重夏美】


 念話ではなく、スナイパーによる通話である。夏美もゲームを始めた頃であるだろうに、一体何の用事だというのだろうか。


「すまんが、念話が入った。独り言のように思えるだろうけど気にしないでくれ」

「どなたでしょうか……?」

 ロークアットの質問には笑って誤魔化す。相手は伝説的勇者である。三百年前の偉人と話しているなんて、口が裂けても言えそうにない。


「もしもし、俺だ……」

『あ、リョウちん、聞いてよ!』

 どうせまた愚痴を聞かされるのだと思う。若しくは自慢話のどちらかだ。残念な幼馴染みにとって諒太はストレスの発散先であり、マウントするに格好の相手である。


『とんでもないことになっちゃった! 大福さんがね……』

 ところが、夏美の愚痴ではないようだ。その内容は今朝も話をした人物のこと。ロークアットの父親であるいちご大福閣下についてらしい。


『アカウントを停止させられたの――――』


 流し気味に聞いていた諒太だが、唐突に告げられた話に絶句していた。

 アカウントの停止とはルールを守らなかったプレイヤーに対する制裁処置である。俗称をBANといい、基本的にプレイヤーはプレイを禁じられてしまう。


「どうしてだよ? 何で分かった?」

『リョウちん、ログイン後のニュース見なかったの? 不正アイテムの使用が発覚って書いてあった。キャラ名も大福さんだったし、フレンドリストも赤く表示されててメッセージを送信できないの』

 一体何がどうなったというのだろう。かなり困惑したけれど、諒太には思い当たる節が一つだけあった。


「謎の指輪……」

 鑑定すらできない謎の指輪。仮にいちご大福がBANされたというのなら、恐らくそれはゲームデータにないアイテムだ。

 基本的に全てのデータはサーバーにある。だから、それなりの知識や技量がないと不正行為は難しい。しかし、いちご大福は見事にやり遂げてしまったらしい。


『指輪じゃないよ! 大福さんが作ったのはネックレス。鎧で隠すようにして使ってたみたい』

 諒太の独り言に夏美が反応する。しかも予想とは異なる話だ。完全な壊れ装備である謎の指輪を彼は作ったはずなのに。


「本当か? そのネックレスはどうなった?」

『大福さんと一緒に消されちゃうんじゃない? 流石に残さないと思うけど』

 不正アイテムが見つかったのであれば間違いなく削除されたはず。ゲームバランスを崩すようなアイテムを残しておく理由はないのだ。


 ここで諒太はある推測をしていた。彼の目的が何であるのか。また彼が追い込まれた理由について。

 一連の話を整理すると、この一件に隠された思惑が見えてくる。望む未来からかけ離れていたとしても、不正に手を染めようとした彼の考えが……。


『王家転覆イベントは中止になっちゃうし、スバウメシアに移籍したプレイヤーが怒ってる。王配になったのも不正じゃないかって言い始めてるの……』

 確かセシリィ女王は結婚をして六年後に姿を消したと話していた。今日で諒太がプレイし始めてから六日目である。三百年前の日数経過は単純に一年換算であるのか、或いは相当に引き延ばされたものであるはずだ。


「スナイパーメッセージなら、ゲーム外で連絡が取れるんじゃないのか?」

『メッセージは直ぐに送ったよ。その返事には謝罪が書いてあった。どうしても王配の座を守りたかったって……』

 いちご大福にとって王家転覆イベントは重荷であったのだろう。手に入れた全てを失いたくないのは人の性だ。手放したくないとの思いによって、越えてはいけない一線を彼は越えてしまったのだと思う。


「それでローク……いや、娘はどうなる? まさか娘までいなかったことになるのか?」

 いちご大福は過去の人である。しかし、彼の娘であるロークアットは三百年が経過した今も生きているのだ。もしも、いちご大福に関する全てが消去されるのであれば、ロークアットもまた存在を消されてしまうはず。


『ロークアットちゃんは消されないよ。彼女は運営が最初から登場を予定していたキャラクターみたい。他のサーバーにも登場するらしいし、運営は彼女に関するイベントを用意してたらしいの。だから今後も第一王女として扱うって。まあ同一サーバーでセシリィ女王の結婚イベントはもうしないと書いてあるし、女王に子供が生まれたという事実だけで運営は良かったんじゃないかな?』

 最悪の事態は避けられたらしい。父親の不正行為によって消されてしまうなんてあんまりだ。既に諒太は深く彼女と関わっているし、次にログインしたとき何もかも忘れているだなんて考えたくもない。


「分かった。報告すまないな」

『リョウちんもチートはほどほどにしてよね?』

 言って通話を切る。溜め息が漏れた理由をロークアットに知られてはならない。父親が消息を絶った理由はとても口にできるようなものではなかったのだから。


 何とも後味の悪い報告だ。とはいえ収穫がなかったわけではない。この件に関して確認できたことが一つだけある。

 それは二つの世界の時系列。双方は明らかに影響を与え合っているけれど、基本的にセイクリッド世界が現在であり、夏美のプレイデータが過去である。しかし、その関係は一方通行ではない。現在から過去に遡る結果も存在していた。


 いちご大福は突然いなくなったと聞いたのだ。それは恐らくアカウントの停止を意味しており、夏美が経験するよりも前にアカウントの停止は確定していたと思われる。夏美がプレイする過程で、それは必ず到来する現実だったはず。

 だとすれば勇者ナツが迎える結末も自ずと見えてくる。


「やはり勇者としてクリアするのはナツだ――――」


 それは今後、夏美がプレイする結果として必ず訪れる未来。彼女は騎士団本部前にある銅像のように剣を誇らしげに掲げ、満面の笑みを浮かべることだろう。暗黒竜ルイナーを再封印することによって……。


 諒太が一人考え込んでいると、ようやく魔道塔が見えてきた。上空から見た感じは六階建て。何段にも重ねられたケーキのように、上階へ行くほど小さくなっている。


 とりあえずは気持ちを切り替えていく。いちご大福の話を引き摺っていても仕方なかった。今はリッチとの決戦に集中すべきである。

 諒太は小さく深呼吸をし、ようやく訪れた決戦に気持ちを落ち着かせていた……。

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