第15話 憧れの魔法剣士

 眼前に拡がる美しい世界をただ眺める。空を飛ぶ鳥の群れや髪を撫でる穏やかな風。これらは全て現実だった。諒太は召喚されたという事実をその身に感じている。


「リョウ、馬車を降りるぞ。帰りは徒歩になるから、怪我だけはするな」

 ようやく北の洞窟に到着したようだ。諒太はフレアの声かけにより気持ちを切り替えていた。


「了解しました……」

 フレアは剣士である。よって二人のパーティーには回復要員がいない。無理はするなとの言葉に諒太は気付かされていた。


「これが現実であれば、失われたらどうなる?」

 昨日には考えもしなかったことだ。死の瞬間はトラウマレベルだと調べていた。だが、それはゲームでの話である。確かにセイクリッド世界は改変され、ゲームの要素を過度に含んでいるけれど、それが命を保証するとは思えない。騎士団長コロンが失われたままであったように、セイクリッド世界で失われることは現実世界での死を意味するだろう。


「死にたくない……」

 急に怖じ気付いてしまう。剣を握る諒太の手は震えていた。レベリングしようとフレアをパーティに組み込んだ彼であるが、自身は戦えるのかどうかも分からない。


「どうした? 洞窟に入るぞ……」

 諒太の気も知らず、フレアは光源となる魔石を取り出してスタスタと洞窟内へと進んでいく。諒太がハイオークを蹴散らした猛者であると知っている彼女は不安など覚えていないようだ。

 仕方なく諒太は彼女を追う。彼は取り残されたくなかった。一人となったとき剣を振ることができず、泣き喚くしかないような気がして。


「リョウ、お誂え向きの魔物が現れたぞ?」

 現れたのはコボルトが二頭である。けれど、諒太はかなり動揺していた。コボルトは人型をした犬の魔物であり、決して強力な魔物ではなかったというのに。


【コボルト Lv4】


 ハイオークどころかオークとも比較にならない。いわゆる雑魚モンスターである。しかし、諒太の心臓は鼓動を早めるだけであった。


「ファ、ファイアーボール!!」

 恐怖にかられるばかり、出会い頭に魔法を撃ち放ってしまう。ここには剣術の訓練にやって来たはず。貸し与えられた長剣を振るべき場面で、情けないことに諒太は剣を握ることすらできなかった。

 瞬時に二頭は消し炭となる。あっという間の出来事。レベル差からすれば当然なのだが、諒太はまだ安心し切れていない。


「おいリョウ、剣を習うのではなかったのか? 凄まじい威力ではあったが……」

「すみません。何だか慣れなくて……」

 落ち着こうと息を吸う。フレアは少しも不安を覚えていないのだ。恐らくこの洞窟は彼女がソロで戦えるレベル。諒太が危なくなったとしても、きっとフレアが助けてくれるはずだ。

 今度は胸に手を当て大きく息を吐いた。目を瞑って考えている。一人の術士が犠牲となり、諒太がセイクリッド世界に召喚されたこと。それは何のためか。何者として自分が呼ばれたのかを。


「俺は……」

 ゲームだと信じ込んでいたのだ。よって彼は召喚された事実を深く考えていなかった。この世界に呼ばれたのは諒太だけであり、決して有象無象の一員ではない。リョウこと諒太はセイクリッド世界を救う使命を帯び、この世界に召喚されたはず。それは語るまでもなく勇者になることを期待されて……。


「フレアさん、ちゃんとフォローしてくださいよ?」

「分かっている。さっさと行け!」

 ようやく切り替えられている。自信満々のフレアに諒太は勇気付けられている。

 フレアのアタック値は28。対する諒太は既に45もあった。杖でしか戦っていないというのに、素質の差なのか物理攻撃のステータスはかなり伸びている。自分よりも弱いフレアが堂々としているのに、現状は情けないことこの上ない。


「戦うんだ……」

 決意を固めた諒太は遂に剣を抜く。ズシリと重たい感覚に更なる現実感を覚えていた。しかし、逃げようとは思わない。どれほど高難度のゲームであっても攻略してきたのだ。ゲーム要素を含むセイクリッド世界であるのなら、きっと戦えるはず。


「たとえハードモードでもベリーハードでもクリアしてやんよ……」

 今度は先頭に立ち、諒太は洞窟を進む。次に現れた魔物には剣で斬り付ける。自身の力であれば一刀両断にできるはずと信じていた。


「またコボルトだな? ここは彼らの巣になっているのかもしれない」

 フレアが溜め息混じりに言う。しかも今度はたった一頭である。再び現れたコボルトは彼女にとっても役不足らしい。


「行きます!」

 諒太はダッシュをし、先制攻撃とばかりに剣を振る。初めて剣を扱うのだが、何とか片手で操れていた。


「斬れろぉぉっ!」

 力一杯に振り下ろし、無我夢中でコボルトに斬り掛かっている。ただし、斬った感触はなく、鈍器で叩いたような手応え。どうやら刃先を上手く当てられなかったらしい。

 しかし、コボルトは倒れ込んだ。どう考えてもミスだというのに、倒れ込んだまま動かなくなっている。


「やった……」

 撲殺されたコボルト。完全なるミスアタックであったけれど、諒太は一撃で魔物を仕留めている。

 嬉々としてフレアを振り返った。今の攻撃を彼女がどう判断するのか。間違いなく呆れられたはずだが、一応は一撃で倒したのだ。


「まあ最初はこんなものだろう。柄を握る手。刃先の向きに注意しろ。素振りをし、何度も確認するんだ。違和感なく振れるようになれば、基本的な振り方を学んでいく。慣れてきたらちゃんと斬れるはずだ。スキルはなくとも、リョウならば一端の剣士となれるだろう。土手っ腹で殴り倒すだけの力があるのだからな」

 急にスキルなる単語が飛び出す。以前にフレアのステータスを確認した時には特殊技能を持っていなかったというのに。彼女は純粋にステータスだけで戦う騎士であったはずだ。


【フレア・マキシミリアン】

【アクラスフィア王国騎士団長・Lv50】

【ATK】28

【DEF】30

【INT】9

【AGI】29

【LUC】2

【特殊技能】ソニックスラッシュLv1


 なぜか再確認するとフレアはスキルを所持していた。それも夏美が使っていたものと同じソニックスラッシュという剣技を。


「フレアさんに剣技が追加されている……」

 改めてこの世界について考えさせられてしまう。諒太が想像するよりも影響を受けている。起点である夏美のデータはセイクリッド世界を蝕むかのように同質化させていた。


「ナツのプレイを見ているとき、俺のクレセントムーンは電源が入ったままだった。接続が成された状態でナツはソニックスラッシュを連発していたんだ……」

 考えすぎかもしれない。けれど、アーシェはレベルという単語すら知らなかったのだ。昨日の段階でスキルという概念がセイクリッド世界に存在したとは思えない。だとすれば濃厚となるのは夏美のプレイを逐一反映する可能性。勇者ナツがゲーム上で活躍するたびにセイクリッド世界は変貌を遂げていく……。


「プレイ中以外は電源を入れるべきじゃないってことか……」

 一体どこまで改変されているのだろう。諒太は恐ろしくなっていた。しかし、通信に電源は必須であり、勇者ナツという過去を切り離す勇気はなかった。

 夏美がプレイするほどにセイクリッド世界はゲームに近付いていく。ひょっとすると暗黒竜ルイナーでさえも、この世界には存在しなかったのかもしれない。


「リョウ、どうした? 先に進むぞ?」

 諒太が考え込んでいると、フレアが訓練の続きを急かす。彼女とて暇ではないはず。騎士団長は時間を割いてまで諒太に協力してくれているのだ。

 ここはひとまず訓練に集中しようと思う。彼女の協力を無駄にするわけにはならなかった。


「すみません。今日中にこのダンジョンを攻略しましょう」

「そう張り切るな。ルーキー冒険者でも戦えるダンジョンだが、踏破した者はいない」

 諒太の予想とは異なり、コボルトの巣と化したダンジョンは未踏破なのだという。だが、予想はできた。ここは勇者ナツにとって易しすぎるから。諒太のクレセントムーンとリンクしてから夏美はまともに戦っていないし、彼女には初級のダンジョンを踏破する必要などないからだ。


「現在は四階層まで探索が済んでいる。ただし、それ以下の階層は極端に魔物の強さが増すために挑まれていないのだ」

 フレア曰く四階層までなら比較的安全らしい。剣術を始めたばかりの諒太であっても、そこまでは戦えるみたいだ。

 ゲームの世界が反映されているならば、恐らくここは五階層まで。初心者が最初に向かうダンジョンが地下何十階も続いているはずがない。


「いきましょう!」

 コボルトの巣であるのなら、諒太は戦えるはず。少しばかり弱気になっていたけれど、今は再び戦うのだと思えていた。

 即座に戦闘が始まるも、フレアと協力をして五頭のコボルトを斬り倒していく。先ほどは剣の腹で叩いていた諒太も今回は何とか斬ることができた。


「いいぞ、リョウ! ソニックスラッシュ!」

 フレアが繰り出す剣技ソニックスラッシュに諒太は見入っている。彼はそのスキルを知っていたというのに、リアリティのある世界にあってそれは彼を魅了し続けた。


「俺もあんな風に……」

 このあとは隙あらばフレアの太刀筋を見ている。彼女がどう足を運び、どのように剣を振るのか。細かな動作を再現するのは大変だったが、諒太は同じようにスキルで戦いたいと願う。

 思わずステータスを確認する。知らぬ間にソニックスラッシュを獲得しているのではないかと。


【リョウ】

【軟派で臆病者の魔法剣士・Lv37】

【ATK】45

【DEF】32

【INT】61

【AGI】30

【LUC】2

【特殊技能】なし

【装備1】騎士団のロングソード ATK+5

【装備2】騎士団のプレートアーマー DEF+5・AGI-2


 残念ながらスキルの獲得はまだのようである。ステータスは概ね満足いくものであるが、腑に落ちない点もあった。


「幸運値は1しか上がっていないじゃないか……」

 上昇はランダムであり、初期値が高いほど上がりやすいのも分かっている。けれど、流石に酷すぎるように思う。


「フレアさんも2だったし、上がりにくいのか?」

 そうとしか考えられない。初期値が1であろうとも、少しくらいは上昇してもいいはずだ。36回の機会で1回しか上がっていないのは、上がりにくいというレベルではなかった。


「リョウ、何をしている。先に進むぞ!」

 ステータスを確認しているとフレアが急かした。時間を惜しむかのような彼女に諒太は駆け寄り、すみませんと返事をする。


 このあと二人は襲い来るコボルトを討伐しつつ、四階層の下り階段まで到達した。微笑むフレアの表情から冒険はここまでなのだと分かる。しかし、諒太は消化不良だ。大部分を彼女に任せていたから、もっと剣を振りたいと思う。


「まだいけます。進むべきです」

 諒太は鋭い視線を向けて意見した。きっと戦えるはず。魔物の強さが段違いだろうと、戦えると信じている。万が一の場合には魔法があるのだ。諒太の無詠唱魔法さえあれば、何事にも対処できるはず。何しろこのダンジョンは初心者用に作られたものである。ハイオークを殲滅した諒太であれば、ダンジョンボスでさえもノーダメージで切り抜けられるだろう。


「俺は魔法も使えますからね。問題ありません。どうか先へと進みましょう」

 再度、お願いする。仮に彼女が引き返したとしても諒太は一人で行くつもりだ。ようやく剣術が様になってきたところである。中途半端に終わらせたくなかった。


「仕方ないな……。危険と判断したら直ぐに撤退だぞ?」

「それで構いません。とりあえず最初に遭遇した魔物を殲滅して見せます。危機など少しですらないことを証明してみせますから……」

 ニヤリとする諒太にフレアは小さく笑っていた。初戦以降、剣術には何も文句を言われていない。戦うごとに成長する諒太を見ていたのだから、彼女は信じてくれるだろう。


 階段を下りるや否にエンカウント。現れた魔物は遂にコボルトではなくなった。五階層にて二人を待ち構えていたのは液体にも似た魔物である。


「スライムか……。リョウ、こいつは厄介な魔物だぞ?」

 諒太が今までプレイしてきたゲームとは異なるらしい。どうやら最弱の魔物ではないようで、スライムは割と強い部類になるみたいだ。そんなスライムのレベルは28。物理攻撃は無効化されるらしいが、諒太のレベルよりも低いし、何より彼には魔法がある。


「平気です。見ててください」

 諒太は即座に魔法を詠唱。ファイアーボールにエアカッター。まだ初級呪文しか手に入れていなかったけれど、既に無詠唱にまで熟練度を上げていた。

 先にスライムが動き出す。何らかの液体を飛散させながら諒太に襲いかかる。


「悪いが、スライムには負けたことがねぇんだよ!」

 諒太の魔法がスライムへと着弾する。二属性魔法ではなかったが、立て続けに命中した二つの呪文は混ざり合うことを拒否するかのように爆発を起こした。

 呆気にとられるのはフレアだ。彼女は放心状態である。目の前で起きた戦闘を今も頭の中で整理し続けていた。


「フレアさん、終わりましたけど?」

 諒太が呼びかけると、ようやくフレアはハッと意識を戻した。何度か頭を振ったあと彼女は言葉を絞り出す。


「いや、驚いた……。スライムを初級魔法で瞬殺する冒険者を私は初めて見たよ。やはり君は異界人なのだな……」

 今もまだ頭を振るフレア。諒太が見せた攻撃に驚きを隠せない様子である。

 諒太の魔法二発は完全なオーバーキルだった。両方が初級魔法であったけれど、同時に放たれた一撃は騎士団長であるフレアも驚愕するほどの威力を発揮している。


「大丈夫だと分かってもらえたかと思います。絶対にダンジョンを踏破しましょう。恐らくこの地下五階が最下層ですから……」

 諒太はもう一度ダンジョン攻略について口にする。強敵とされるスライムですら一撃なのだし、ここは初級ダンジョンに他ならない。


「もう異論はない。君がこの階層でも無双できるのだと理解した……」

 ここからは再び剣術を使う。物理攻撃に強い魔物は魔法で撃退するとして、それ以外は上階と同じようにフレアとのコンビネーションにて殲滅する予定だ。


「さあ、いきましょう!」

 諒太は長剣を振り続けていた。基本的な動作はマスターしつつあるが、どうしても上手くいかない。一度としてスキルが発動しないのだ。フレアが見せてくれたソニックスラッシュを真似ていたにもかかわらず。


「スキルの閃き率ってこんなに悪いのか? それとも幸運値のせいか?」

 攻略ページによるとゲームではレベル30から剣術スキルの解放とあり、スキルは戦闘中に閃くものらしい。既に習得しているプレイヤーとの共闘によって、閃く確率が上がるとも書かれていた。またSランクスキルの閃き率はないに等しく、基本的にSランクスキルは秘伝書と呼ばれるアイテムにて習得するようだ。


 少しばかり考えてみる。魔法がスクロールを介して発動しているとは思わない。スクロールには呪文が記されているだけであって、魔法の効果と発動時間に関係しているだけ。もしも暗記していたのなら、スクロールを所持していなくとも発動可能なのだ。


 ソニックスラッシュはAランクスキルであった。閃き率は低いと思われるが、既に習得可能レベルの30を超えているし、諒太は習得者と共闘している。だというのにソニックスラッシュが発動しない理由は何なのだろう。


「もしかして……」

 思いつきは実践すべきだ。諒太はある仮説を立てていた。全ての術技に発動条件があるとしても、それは複雑な要素を含まないのではないかと。


 黙々と階層を進む二人。諒太は仮説を証明しようと考えていたのに、幸か不幸か魔物には遭遇しない。しばらく歩き続けた諒太たちが辿り着いたのは巨大な扉の前だった。


「これはボス部屋だろうな……」

 フレアが一言。諒太は密かに溜め息をついていた。なぜなら、その単語はゲーム用語であり、彼女たちはそのような概念を与えられていなかったはず。


「フレアさんのレベルはどれくらいでしたっけ?」

 諒太は彼女たちの変化を改めて感じていた。やはり現在進行形で改変を受けているのだと。スキルやボス部屋なる単語を知っている今ならば、彼女たちもレベルについて知っているはずであると。


「ああ、私のレベルは50だ。50になってからは少しも上がっていないが……」

 やはりセイクリッド世界は継続的に改変を受けていると考えるべきだろう。あたかも始めから知っていたかのように語るフレアに諒太は確信していた。


「俺はこのダンジョンで38になりました。ボス戦で40になれたら良いのですけど」

 考えようによっては彼女たちがゲームに近付くのは悪いことじゃない。強さを説明したりするのには漠然と伝えるより、レベルやステータスを教えた方が早いのだ。


「そのレベルにしては動けているな。君の成長は早い。既にもう何年も剣を振っているかのように思えてしまう。我々のように凡庸ではないからこそ召喚対象になったのだろうな」

 フレアは諒太の成長を認めている。騎士団長である自身を平凡と評価してまで。


「それでスキルはいつ発現するのです? 何か媒体が必要でしょうか?」

「スキルを習得するのは極めて稀だと聞いている。基本的にスキルは天性のものであり、努力によって得られるものじゃない。何しろスキルはセイクリッド神による加護によるものだからな……」


 極めて稀とは秘伝書のことを指すのか、或いは閃きなのだろうか。またフレアは元がNPCだと考えられる。よってスキルは改変を受けた瞬間に与えられていたはずであり、能力値に見合ったスキルが個々に与えられただけであろう。NPCの流れを汲む彼女たちには後発的なスキル獲得など設定されていないのかもしれない。


「同じスキルでも魔法は加護じゃない。魔法は使用者の潜在能力に依存しているのだ。初級魔法ならば誰でも詠唱可能であるが、威力や発動時間に差が生まれてしまう。また中級魔法や無属性魔法の詠唱には資質が求められる。たとえ詠唱文を知っていようと、能力が足りなければ魔法は発動しない」


 確かに属性値の説明には適正と書いてあった。つまり魔法ごとの適正値に達していたのなら詠唱は可能なのだろう。考えるに初級魔法の適正値は1。誰でも詠唱可能ならば、最低値が発動条件に設定されているはずだ。


「じゃあ、行きましょうか。このダンジョンは絶対に踏破しますよ!」

 諒太は大扉に手をかけた。すると扉が輝きだし、ゆっくりと自動的に開いていく。この感じは夏美の部屋で見たリッチの登場を彷彿とさせる。フレアが話すようにここがボス部屋で間違いないはずだ。


 徐々に開いていく扉の向こう側。次第に巨大な影が露わとなっていく。未踏破である北の洞窟に住まうダンジョンボスが諒太たちを待ち構えていた。

 初級ダンジョンらしく、ボスの登場に特殊エフェクトはないようである。踏み込む前から諒太たちはボスが何であるのかを確認できていた。


 間違ってもコボルトではない。未だ踏破した者がいない理由を二人は知らされている。牛頭人身をした魔物は明らかに強敵であり、ゲーマーである諒太が見紛うはずもなかった。


「ミノタウロス……」

 特徴的な姿はステータスを確認するまでもない。諒太が知るままの姿でそれは現れていた。


「リョウ、すまないな……。常日頃から私は幸運に見放されているのだが、ここでも同じらしい。最悪のミノタウロスを引き当ててしまうなんて……」

 撤退も視野に入れるとフレアは嘆息しながら言った。彼女の話から推察するとボス部屋の住人は基本的にランダムなのかもしれない。最悪を引いたというのは恐らくそんなところであるはず。まあしかし、彼女の責任だけではない。幸運値に関しては諒太も同じように雀の涙である。二人して最悪を引いたのだと考えるべきだ。


「扉には盾を挟んでおく。一度閉じられるとボス部屋の扉はボスを倒すまで開かない。この強敵を前にしても君は戦うというのだろう?」

「当然ですよ! 絶対に踏破しましょう!」

 ミノタウロスは見上げるほどの巨躯である。加えてその体躯に相応しい巨大な鉄斧を持つ。アニメやゲームでもお馴染みの格好だった。


「行きます!」

 フレアよりも先に諒太が攻撃を仕掛ける。まずはファイアーボールを顔面へとぶち当て、怯んだ隙に長剣で斬り付けていく。


「倒れろっ!」

 間違いなく手応えはあったが致命傷には至らない。というより、のけ反ることすらしないミノタウロスにダメージが入っているのかは不明である。


「リョウ、援護する!」

 諒太の先制攻撃に合わせるようなフレア。流石は騎士団長である。巨大な魔物にも臆することなく立ち向かう彼女は諒太が考えるよりも勇敢であるらしい。


「もっと魔法を撃ってくれ! 剣技だけで倒そうとするな!」

 フレアの指示があり、諒太は呪文を繰り出した。いち早くソニックスラッシュを獲得したいと考えていたけれど、確かに出し惜しみをして失われてしまうのは本末転倒である。


「当たれっ! ファイアーボール!」

「畳み掛けるぞっ!」

 眼前にはソニックスラッシュを使用したフレアがいた。まるで諒太に見せつけるようにして、彼女はスキルを繰り出している。

 それはとても美しい太刀筋だった。スキルらしい完成された剣技である。フレアの華麗な攻撃に、諒太はやはりソニックスラッシュを習得したいと考えてしまう。


「俺だってソニックスラッシュさえあれば……」

 そんな独り言を呟いた瞬間、諒太の身体は意志を受け付けなくなった。無意識に大地を蹴り、どうしてかミノタウロスに飛びかかっている。


「えっ……!?」

 強制的というより自然と身体が動く。慣れ親しんだ動作のように、諒太は勢いのまま長剣を振り抜いていた。


 その動きはずっと練習していたものである。見よう見まねでフレアの動きを模していたもの。諒太は特別なことをしていなかったというのに、身体が自動的に反応しソニックスラッシュの真似事が勝手に発動していた……。


『剣技【ソニックスラッシュ】を習得しました』


 告知音と共に脳裏へ事後報告が流れている。しばし呆然としてしまう。既に身体は諒太の意識下に戻っていたけれど、彼はスキルの発動に驚いて立ち尽くしている。だが、何も問題はなかった。なぜなら危機はもう去っていたから……。


 ミノタウロスは頭と胴体が切り離されていた――――。


 今もまだ大地を掴む身体を残したまま、無惨にも頭部がゴトンと地面に叩き付けられている。これには諒太だけでなくフレアも完全に意表をつかれていた。


「お、おぅ……」

 追撃の構えをしたままフレアが固まっていた。諒太自身もわけが分からなかったけれど、フレアは諒太以上に現実を理解していない感じである。ただし、この部屋から魔物がいなくなった事実だけは明らか。彼女は徐に剣を鞘へと収めている。


「どうして君はスキルを使用できた? 君は剣技を持っていなかったのだろう?」

 元はといえばフレアもスキルを持っていなかったのだが、彼女は記憶ごと書き換えられているらしい。後天的に習得するのは極めて稀と口にした彼女はスキルを発動させた諒太に驚きを隠せない様子だ。


「まあ異界人ですから……」

 フレアの言葉を諒太は理由とした。説明したとしてNPCの血を引く彼女に真似はできない。だとすればスキルを獲得した理由には異界人との説明が最適だろうと。


「ああ、そうだったな。セイクリッド神に選ばれし君が我々と同じはずはないか……」

「さあ帰りましょう。ダンジョンを踏破できましたし」

 もうこの洞窟には用がない。経験値三倍の効果もありレベルは41となっていたし、たった一回の使用でソニックスラッシュの熟練度もLv2となった。収穫は十分すぎるほどあったと思う。


「リョウ、ドロップアイテムを確認しないのか? 剥ぎ取り部位はないようだが……」

 帰ろうとする諒太をフレアが呼び止めている。

 今もミノタウロスの身体は仁王立ちのままであったが、その足下に宝箱が出現していた。それはゲーム的な要素だ。恐らく数日前にはなかっただろう事象である。


「剥ぎ取りは角とかを折ればいいのではないのですか?」

 一応は現実の世界である。頭部は足下に転がっているのだし、幾らでも剥ぎ取りできるかと考えてしまう。


「残念だが、持って帰ることが可能な部位は限られているのだ。魔物は一定の時間が経過すれば大地へと吸収されてしまう。無理に剥ぎ取ったとして、本体が消失するとその部位も消えてしまうのだよ。持ち帰るのが可能な部位はセイクリッド神の加護が及ぶ範囲だけ。よく目を凝らせば分かる。加護の範囲にある特定の部位ならば持ち帰ることが可能だ」


 剥ぎ取り可能部位はセイクリッド神によって知らされるとフレアは言う。何とも信じがたい話であるけれど、アルカナの世界と同期しているセイクリッド世界では常識であるらしい。


「なるほど……です」

 過度にゲームと同質化する世界。一つ息を吸って諒太は気持ちを落ち着かせた。世界の改変云々は既に確定事項であり、諒太にはどうすることもできない。またゲーム要素を含んでいなければ諒太は戦えなかっただろう。従って現状こそがベストであり、それ以外の世界線など望むべきではない。


「剥ぎ取りの方が良かったですね……。俺は昔から限りなく不幸といえるほど、運がありません」

「それは私もだ……」

 苦笑する二人。フレアのステータスを知る諒太は何だかとてもおかしくて、切実な話が馬鹿馬鹿しく感じられている。主を失ったボス部屋に二人の笑い声だけが木霊していた。


「一応は確認しよう。だが、期待はするな……」

 恐らく当たりはミノタウロスが持っていた斧じゃないかと思う。それ以外なら剥ぎ取りできなかった象徴的な角が特殊素材のような気がする。

 蓋を開くと瞬く間に宝箱は消えて、濛々と立ち上った煙の中からドロップアイテムが現れていた。


「えっと……」

「まあなんだ。我々にかかれば、こんなものだろう……」


 二人してドロップアイテムに愕然としている。密かにマイナスとマイナスでプラスに働く気もしたのだが、よくよく考えれば諒太も彼女もマイナス値ではない。ただ低いだけであり、二人のステータスは正数なのだ。


「石ころ……」


 何とドロップアイテムはただの石ころだった。詳細を確認してみても宝箱から現れたのは【石ころ】で確定している。何の変哲もない丸い石ころ。ミノタウロスとは縁もゆかりもない石ころを不運なコンビは引き当てていた。


「ご丁寧に二つあるな……。私はいらないので二つとも君にあげよう」

「俺だっていりませんけどね……」

 恩を売るように話すフレアだが、諒太としてはゴミを押し付けられただけである。さりとてアイテムボックスは空っぽなので一応は戦利品として収納しておく。ただし一杯になれば、この石ころは真っ先に捨てられるだろう。


 二人はボス部屋をあとにし、来た道を戻っていく。魔物は殲滅したばかりなので面倒なエンカウントはない。ひたすら上階へと戻るだけだ。


 ドロップアイテムには落胆したけれど、諒太の収穫は十分だった。ジョブは狙い通りに魔法剣士となっていたし、加えてソニックスラッシュという剣技まで習得できたのだ。

 意気揚々と諒太は出口を目指して歩いて行く……。

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