第13話 真相
夏美の家から帰る途中、諒太はずっと考えていた。
諒太のクレセントムーンは完全に異常を来している。内容が異なっているだけでなく、プレイする感覚は現実そのもの。もしも原因があるとすれば異変は一つしか思い浮かばない。
「あの落雷……」
昨日の落雷があった瞬間に諒太のクレセントムーンはおかしくなった。停電したはずなのに起動しており、ヘッドセットには薄紫色の魔法陣が浮き上がっていたのだ。正常と思われる夏美のヘッドセットには見られない呪術的な模様が……。
「しばらくは慎重に行動しなくちゃいけないな……」
とりあえず夏美には黙っておこうと思う。もし仮に諒太の世界が現実であり、それを夏美が知ったならば、彼女は確実に興味を持つ。加えてプレイさせろと要求するのは明らか。ゲーム内の死が現実の死に繋がるかもしれないというのに、向こう見ずな夏美は興味を優先させてしまうはず。昔から行き当たりばったりであったように。
「現実である可能性があるならばナツは誘えない……」
ようやく再会した幼馴染みを危険に晒すわけにはならない。夏美のプレイスタイルはいつだってゲームオーバーを考慮しないのだから。
「でも、本当にそんなことがあり得るのか?」
クレセントムーンが異界と接続したという仮説について考えてみる。諒太のクレセントムーンを介して、夏美のデータまでもがセイクリッド世界に影響を与えている可能性について。
「ナツのアルカナは本当にゲームだった。あの画面ならば俺だって現実だとは思わない。でも仮に現実であるとすれば、おかしなことがある。セイクリッド世界はどうしてかゲームの設定が生きているんだ。メニュー画面やスキルまでもが再現されている……」
諒太がゲームだと疑わなかった理由。ステータス画面やレベルアップというゲーム要素が仮想世界であると信じた原因である。
「ナツが勇者になった翌日には銅像が建てられていたんだ。それも三百年前からあるという設定。大賢者ベノンの石碑があった場所に……」
ゲーム世界ではマスコットキャラクターのハピル像が正式サービス以前からあるらしい。けれど、セイクリッド世界には石碑が建っていて、今日になってそれは勇者ナツ像に置き換わっている。
「今さらゲームだとは思えん。でもあの世界は確実にゲームの影響を受けている。どうしてだろう……」
問題があるとすればクレセントムーンしか考えられない。本体に浮かび上がった不気味な模様こそが諒太を異世界に導いているはず。
思えばオープニングだと考えていたところから異世界であったのだろう。フレアたち王国騎士団が勇者召喚を実行し、諒太を呼び寄せたに違いない。
「キャラメイク中に召喚式が発動したってのか?」
停電前にはなかった模様がキャラメイクのあとクレセントムーンに浮き出ていた。よって召喚術のタイミングはキャラメイク中しか考えられない。
「ナツのクレセントムーンに模様はなかった。やっぱ、あれは召喚陣?」
王城の石室にあったものと同じかもしれない。複雑な模様であったけれど、ゲームなどでよく見る召喚陣であるはずだ。
「キャラメイク中だったからクレセントムーンに召喚陣が現れたのか? 俺はベッドに寝ていたんだし……」
召喚陣の発動場所について制限があるのか不明だ。ベッドの上には発動できなかったのか、或いは頭部を狙う必要があったのか。いずれにせよ召喚陣はヘッドセットへと発動している。
「あれ……?」
諒太は記憶を掘り返していた。ゲームであり、オープニングイベントだと信じていた頃の記憶を。大広場の石碑に記された内容を思い出している。
「あの石碑が真実を綴っていたのなら、セイクリッド世界の現状を説明できる……」
ゲーム要素を過度に含んだセイクリッド世界。諒太は真相に行き着こうとしていた。
【繋がった道を介して双方の世界は同質化を図ろうとする――――】
意味が分からなかった話である。それはこの現実を説明する上で欠かせぬ内容であった。
「クレセントムーンに道が繋がった……?」
そうとしか考えられない。あろうことかゲームの世界と道が繋がり、ゲームの要素を過度に反映してしまったのではないかと。
「でもどうして俺なんだ? 平凡な高校生だぞ?」
そこが問題だった。諒太は特技もなければ天才的な頭脳も持っていない。間違っても勇者として召喚されるような人間ではなかった。
「俺にはゲームくらいしかないってのに……」
武道や格闘技の経験でもあれば良かったのだが、生憎と放課後はずっとゲームをしていた。だから諒太は勇者として不適格だと思う。
「ゲームが上手いくらいじゃなぁ……」
そう漏らした瞬間、諒太は気付いた。どうしてクレセントムーンに召喚陣が現れたのか。なぜに自分が勇者としてセイクリッド世界に呼ばれたのかを。
「召喚されたのは俺自身じゃない……?」
諒太よりも勇者に相応しい人間は少なくない。寧ろ下から数えた方が早いくらいだ。よって諒太の推測は間違っていないように思えた。
「召喚されたのは【リョウ】だ――――」
飛躍した推論である。しかし、召喚の状況を考えるとそれしか考えられなかった。
なぜなら召喚術が発動した折、キャラクター【リョウ】と諒太は接続していたからだ。リョウと諒太は一対の存在として判定された可能性が高い。
「だから俺はキャラメイク通りの格好で召喚されたんだ……」
ゲームだと疑わなかった理由は冒険者的な格好であったから。もしも制服のままであれば諒太も疑っていたはずだ。
「リョウが肉体であり、俺自身はリョウの魂……」
ゲームキャラクターに魂はない。一対の存在であるリョウと諒太は二人が揃って初めて召喚されるのだろう。
「ならゲーム世界の勇者ナツじゃなく、リョウである理由は……?」
リョウよりもずっと強い勇者ナツではなく、リョウが選ばれたわけ。解答が多く用意されているはずもない。
「リョウの素質はナツよりも高いのか……」
勇者として選定される理由は恐らく強さである。成長を見込んだ最終的なもの。もしも予想が事実であれば、リョウは勇者ナツをも超える資質を有していることになる。
「じゃあ、勇者ナツが三百年前の偉人である理由はどうだ?」
夏美のデータがセイクリッド世界に反映されるわけ。ゲーム内に接点を持たぬ二人を繋ぐもの。影響を与えた原因は考える限り一つしかなかった。
「フレンド登録……?」
クレセントムーンに設定をしたスナイパーメッセージのフレンド登録。今のところ諒太と夏美を繋ぐものはそれだけだ。
「俺の本体を媒介にして、ナツのデータまで反映されているのか?」
どうしても諒太はセイクリッド世界を否定できない。あの美しい世界や、そこに生きる人々。あの世界が現実でないのであれば、現状の自分でさえも架空の存在じゃないかと思えてしまう。
「三百年の時間差はやはり通信を介しているからか……」
召喚されたのはリョウであり勇者ナツではない。けれど、セイクリッド世界は過去として勇者ナツを扱う。それも過去にルイナーを封印した偉人として。
「もはやどこからが本当のセイクリッド世界なのか分からない。セイクリッド世界はアルカナのゲーム要素を書き加えてしまったんだ。だから目的ですら本来あったものかどうかも不明……」
考えるほどに混乱してしまう。けれど、諒太には結論に至ったわけがある。根拠があってこその思考であった。
【誰も気付かぬ改変が自然と成されてしまう――――】
大賢者ベノンが残した石碑に書いてあった。勇者ナツ像に取って代わってしまったけれど、確かに諒太は読んだのだ。
「同質化のあと誰も気付かない改変が起きたんだ。こうなると、どこまでが元々の世界であるのか本当に分からない。唯一確定していることは……」
同質化がどこまで世界を改変させたのかは不明なままだ。しかし、その中でも判明していることもあった。
「セイクリッド世界が勇者召喚しなければならない事態となっていたこと……」
勇者召喚が何よりも先である。改変が成されたのは勇者召喚のせいであり、勇者召喚が行われなかったのなら改変はなかった。
「アルカナの世界に繋がった道はセイクリッド世界をゲーム世界に近付けている。ステータスやスキルが存在するほど同質化した世界では、勇者召喚の原因すら分からない。だけど間違いなく勇者召喚は行われたんだ……」
明確な事実としてあることは勇者召喚が行われたこと。加えて諒太のキャラクター【リョウ】が選ばれたことである。
「間違いなく俺はリョウと一心同体……」
ヘッドセットを装着した状態でなければリョウはセイクリッド世界に存在できない。魂の移動が召喚術式には不可欠。セイクリッド世界でリョウが戦うには諒太の魂が必要であり、ログインが必須であった。諒太のログインと同期し、キャラクター【リョウ】はセイクリッド世界に存在できるはず。
「一介の高校生である俺が勇者として選ばれるわけがないんだ……」
自身の運を考えると、最大値を引き当てたとは思えない。しかし、世界を救う役目を負うだなんて運がないともいえた。
「全てが現実なのだとしたら、やはり俺は不運だ……」
ゲームであれば素直に喜べただろう。けれど、現実であるとすれば、世界を救う役目なんて請け負いたくはない。一介の高校生が引き受けるには重責すぎた。
「やはりプレイしていくしかない……」
諒太は真実が知りたかった。既にゲームだとは思えないけれど、リョウが召喚された理由やあの世界の真実を。
勇者ナツが誕生した翌日には銅像が建てられていた。それはセイクリッド世界がゲームではない証拠であり、改変を受けたとする根拠でもあった。
夏美が勇者に選ばれたのは緊急クエストにおける戦果である。運営には彼女がイベントに参加することも、活躍するかどうかも分からなかったのだ。事前に勇者ナツ像を用意しているはずもなく、銅像が建てられた時期を三百年前とする意味だって何もない。セイクリッド世界がフレンド登録の影響を受けていたからこそ、あの勇者ナツ像はセイクリッド世界に存在する。
「確か死ぬ時は前のめりだったか……」
相容れないプレイをする夏美の信条が、なぜだか理解できた。現実かもしれないというのに諒太は逃げだそうとせず、寧ろやる気に満ちている。自分でも馬鹿だとしか思えないほど、あの世界で戦いたいと考えていた。
「要はノーコンテニュークリアをすればいいだけだ……」
ゲームだろうが現実だろうが死なずにクリアすればいいだけである。するしないではなく、諒太の基準はプレイしたいかプレイしたくないかの二つ。やはり諒太はプレイしたい。難易度が高ければ高いほどゲーマーの血が騒ぐのだから。
「最強キャラを操作できるんだ。ゲーマーとして一度だって負けられない……」
ずっと夏美よりは賢いと考えていた諒太だが、どうやら彼もまた同類だったらしい。命の危険よりも興味を優先させてしまうなんて。
「セイクリッド世界はゲームの要素を過度に含んでいる。だったら俺は攻略できるはず……」
自信過剰もいいところだ。しかし、諒太は本気だった。あの世界が現実であったとしても、メニュー画面からステータス、魔法に至るまで運命のアルカナの世界を再現している。基本がゲームであるのなら諒太が投げ出す理由はない。
「美人姉妹にも会いたいしな……」
最後の理由としてフレアとアーシェのことを考えていた。フレアには世界を救うと約束したし、アーシェにはまだ謝ってもいないのだ。諒太がセイクリッド世界に戻る理由は世界に魅せられただけじゃない。あの世界で待つ人々の元へと彼は戻らなければならなかった。
「やるからには絶対に一番のエンディングを迎えてやる……」
つくづくゲーマーなのだと思う。どれだけ思考したとしてもプレイしないという選択は出てこなかった。心の何処かにある逃げ出そうという気持ちが諒太に再考を求めているとしても、本人はそれに気付きもしないのだ。
「ホント、ナツのことはいえん。チートキャラ上等じゃねぇか……」
こんな今もプレイしたくてしょうがない。ならば諒太はゲームを始めるだけ。真実を知ったとして、やるべき事は何も変わらない。フレアが望んだ通りに強くなって、暗黒竜を再封印してやるのだと意気込んでいる。
「完全攻略してやんよ!――――」
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