第3話 再会。あの頃のように
いよいよ諒太は高校生となる。本日は
伯母山高校は賢いとまでは言えなかったけれど、地元では中の上という位置付け。かといって諒太としてはレベルよりも実家から自転車で通える範囲にあったことが主な志望理由である。通学に時間を割いていては大好きなゲームをする時間が限られてしまうからだ。
颯爽と家を飛び出し、諒太は自転車を漕ぎ出す。時間にして二十分ほどの距離である。
爽やかな優しい風が吹き抜けていく大通りは季節の移り変わりを明確にしていた。うららかな春の日差しや新緑に彩られた街路樹。もうそこに冬はない。芽吹いたばかりの若葉でさえ、諒太の新生活を祝福しているかのよう。
両親が共働きである諒太は入学式といえど一人きりの登校である。かといって中学の卒業式でさえ一人であった彼は何も気にしていない。
長ったらしいかと思えば入学式は粛々と進行し、緊張感を保ったまま約一時間ほどで閉式となっている。このあと新入生たちは貼り出されたクラス分けの一覧表を確認し、各々が自分のクラスへと向かうだけであった。
諒太は一年四組らしい。そこは古くさい校舎の一階にあった。残念ながら中学時代の知り合いはいない。まだ全員が揃っていないようで確定ではなかったものの、それでも今のところ諒太は明確にボッチである。
席順は単純にあいうえお順らしく、諒太は男子の中で最後だった。彼の後ろは女子であり、右隣もまた女子となっている。もしも新生活に出会いを求めるのならば、この席順は間違いなく大当たりだといえるだろう。
先生が来るまで大人しくしておこうと諒太は考えている。一人も知り合いがいないのだから、ここは静かに席で待つだけだった。
ところが――――。
「リョウちん!?」
隣席から諒太を呼ぶ声がした。しかも、かなり懐かしい呼び名である。かつて一人だけが彼をそう呼んでいたのだ。
焦って声の方を振り返る。このとき諒太は過度に期待していた。けれど、振り向いたそこには知らない顔があるだけ。面識のない可愛らしい女生徒が驚いた顔をして諒太を見ているだけであった。
残念ながら彼女は突然いなくなった幼馴染みではない。失礼と感じながらも、諒太は溜め息を吐いてしまう。
「リョウちんでしょ?」
だが、彼女は尚もリョウちんと呼ぶ。彼をそのあだ名で呼ぶ者は後にも先にも残念な幼馴染みしかいなかったというのに。
しかし、次の瞬間には唖然と息を呑む。よく見ると彼女には面影があった。遠い記憶の中にいた人と少しずつ重なっていく。
けたたましい蝉の鳴き声が脳裏に再生され、騒々しいあの夏が蘇っている。とても懐かしく非常に残念な思い出の中に眼前の彼女は存在していた……。
「ナツ……?」
久しぶりにその名を口にする。彼女が中一の夏に団地から引っ越して以来だ。
疑問を返した諒太であったが、見れば見るほど夏美だと思う。目鼻立ちから輪郭まで。当時はおかっぱ頭であったけれど、今は髪を伸ばしているのだろう。諒太の記憶にある夏美を少しずつ成長させていけば目の前の彼女になっていく。
「あたしだよ! 夏美!」
予想はしていたものの、答え合わせには愕然としてしまう。夏美は伯母市に隣接する香山市へと引っ越しただけであったのだが、中学一年生だった諒太にとっては外国にでも行ってしまったような感覚であった。
もう二度と会うことはないと考えていたのに、高校生になって二人は再会を果たす。懐かしい記憶を二人ともが思い出しながら。
「偶然だな! 本当に驚いたよ。てかお前が伯母山に受かるとは到底思えんのだが……」
「はっはっは、あたしは勉強したのだよ! 電車やバス通学なんて時間の無駄だもん」
夏美は外見ほど変わっていなかった。寧ろ性格はそのまんまだ。世界の半分を手に入れてしまった彼女と中身は同じである。
「リョウちん、一緒に帰ろう! 自転車通学でしょ?」
「おういいぞ。まだ隣町にいるのか?」
「あれからずっと香山市民だよ!」
あの頃の諒太には遠すぎた香山市。けれど、今となっては通えない距離ではない。伯母山高校は香山市に近い場所にあるし、ひょっとすると諒太よりも通学にかかる時間が短い可能性もあった。
程なく担任が登場。二人は雑談をやめ、先生の話を静かに聞く。本日は初日ということもあり明日以降の予定を聞かされるだけで解散となった。
諒太と夏美は揃って自転車置き場へと向かう。二人して自転車に乗り一緒に下校していく。
「リョウちんと帰るのは久しぶり! 何だか団地を思い出すね?」
「リョウちんはやめろ。俺はもう高校生だぞ? まあ県営住宅での日々は懐かしいけどな」
諒太たちが住んでいた県営住宅は去年の春に取り壊しされている。跡地には巨大なマンションタイプの県住が建てられる予定らしい。
「俺も一軒家に引っ越したんだ。団地のすぐ近くだけどな。寄ってくか?」
「ダメダメ! 今からあたしの家に行くのよ! すっごく良いもの見せてあげる!」
夏美は普通に諒太を家に呼ぶ。諒太は気にしていなかったけれど、夏美も彼の成長を少しも考慮していない感じだ。男子三日会わざればというのにもかかわらず。
聞けば学校から夏美の家は十分しかかからないらしい。やはり諒太の家より近い場所にあるようだ。
瞬く間に二人は九重家へと到着。とても綺麗な一軒家である。引っ越しをして三年未満であるのだから、真新しい感じがするのは当たり前なのだが……。
「さあどうぞ!」
夏美は鍵を開け諒太を家へと招く。九重家もまだ共働きのようで彼女は今も鍵っ子であるみたいだ。
「失礼します」
「なに他人ぶってんの? 早く! こっちよ!」
子供の頃とは違うというのに夏美は当時のまま諒太を扱う。あの頃とは違って礼儀だって諒太はそれなりにわきまえていたというのに。
階段を上がり諒太は夏美の部屋へと通されていた。団地住まいの頃は自分の部屋などなかったはず。一軒家に引っ越した彼女は自分の城を手に入れたらしい。
少しばかり緊張したけれど、夏美が当時のままなのだから過剰に意識することはない。あの頃のように恥じらうことなく諒太は夏美の部屋へと入っていく。
「うお! こんなにデカいテレビを買ってもらったのか!?」
「えへへ、いいでしょ! 高校の合格祝いに買ってもらったの!」
テレビボードの中にはゲーム機がズラリと並んでいる。どうやら今も変わらず夏美はゲーマーであるようだ。これには正直にホッとする諒太。性格と趣味が同じままであるのなら、少しばかり美少女化していようが彼女はあの残念な幼馴染みに違いない。
「このテレビを自慢したかったのかよ……」
薄い目をして諒太は夏美を見る。何かを買ってもらうたび夏美は諒太に自慢するのだ。常にマウントを取りに来る姿勢も当時から変わっていないようである。
「違う違う! テレビじゃない! こっち!」
ところが、諒太の予想は間違っていたらしい。かなり主張の激しい大画面テレビではなく、夏美はヘルメットにも似た白い物体を指さしていた。
「あっ……これ……?」
ゲーマーである諒太にはそれが何であるのか直ぐに分かった。それは受験を控えていたから予約申し込みすらできなかったもの。年末に発売されたばかりのゲーム機であるのだと。
「クレセントムーンじゃないか……?」
クレセントムーンは脳波に干渉する新タイプのVR機であり、プレイヤーはゲーム中の匂いや音、手ざわりまで感じることができた。その名の通り頭部を覆うヘッドセットが三日月状をしている。ただクレセントムーンは発売から四ヶ月が経過していたというのに、体験ソフト以外のゲームはまだ一つしか存在しない。
【運命のアルカナ】。それこそがクレセントムーン唯一のゲームソフトだ。しかし、その完成度は高く、プレイヤーからの評価もすこぶる高い。またそれはクレセントムーンの品薄が続く原因となっていた。
「すげぇな! 俺も受験が終わってから予約したけど、八月になるって言われたぞ!?」
「ははん、甘いよリョウちん! あたしはβテストからしてるもん! βテストはパソコンでのプレイだったけど、あたしはその特典で初回ロット分をゲットしてるよ!」
「だからリョウちんはやめろ!」
夏美は受験があったというのにβテストからプレイしていたという。相変わらず何も考えていない夏美に諒太は嘆息している。
「一緒にプレイしようよ! アルカナは滅茶苦茶面白いから!」
運命のアルカナは多人数参加型のオンラインゲームだ。あらゆる感覚を得られるアルカナの世界はプレイヤーを魅了し、疑似世界へと誘っていく。
「お前な、俺の話を聞いていたか? 俺は八月までクレセントムーンを入手できないんだぞ?」
正直に夏美とプレイするのは楽しみであった。だが、その環境が整っていない。幾ら望んだとしてもクレセントムーンを所有していない諒太にはプレイしようがなかった。
夏美は悪戯な笑みを向けている。またもやマウントを取りに来るつもりかもしれない。自慢話はテレビだけにしておけと諒太は思う。ゲーム機の自慢はゲーマーである彼とって何よりも苦痛なのだ。
「だから甘いよ、リョウちん! あたしはそんなことお見通し! あたしがただの美少女だと思わないことね!」
「自分で言うか……」
ちんちくりんだった夏美も今やどこへ出しても恥ずかしくない女子高生である。少し不思議な感じがしたけれど、まあ確かに否定するところはなかった。
「あたしは天使! 美少女は仮の姿なのよ! 以降は美少女天使と崇めなさい!」
「美少女を連呼するな。それでお前は何が言いたいんだ?」
「ふ、偉そうな態度はそこまでよ! リョウちんはあたしに跪くことになるから!」
いい加減にしろと諒太。どのような世界線であったとしても、自分が夏美に跪く事態など起きるはずがないのだと。
言って夏美はクローゼットを勢いよく開いた。一体何のつもりなんだと考えるも夏美の奇行はよく知るところであり、諒太はまるで相手にしていなかった。
「じゃーん! 新品のクレセントムーン! それも運命のアルカナ同梱版!」
思いもしない展開となる。確かに諒太の目の前には真新しいクレセントムーンの箱が鎮座していた。また夏美が話すように『運命のアルカナ同梱版』とある。
次の瞬間、諒太は稲妻に撃たれたかのようになっていた。呼吸すら忘れて、唖然と立ち尽くしている。
なぜなら、今朝の段階では予想すらしない現実を夏美が告げたからだ。
「これをリョウちんに進呈しましょう!――――」
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