第3話 天界にて

 レイナという女騎士が目を覚ましたのは誰かの呼びかけによってだった。


『ワタクシは女神マナリス。さあレイナ、起きなさい……。新たな旅立ちの時間です……』

 ふと目を開いたレイナは辺りを見渡す。そこは一面が光に覆われていた。地上のどこにもこのような場所は存在しないだろう。加えて正面には女神を名乗る女性がいる。神々しい光を全身から放つマナリスは間違いなく人間ではない。レイナはこの場所が天界であるのだと察した。


「そうか……。私は死んだのか……」

 エミリ殿下――――細く長い吐息は自身が失われたことよりも主の無事を見届けられなかったせいである。望むらくは今も健在であって欲しい。レイナは心の内に願った。


『そのエミリとかいう姫君は貴方が死んだあと直ぐに亡くなりましたよ?』

 女神の発言は一瞬にしてレイナを凍り付かせた。固まるレイナにニコリとするマナリス。心の内に思っただけ。レイナは解答を得ようとして回想したわけではない。


 一瞬のあと、

「うわぁぁあああ! クソ女神、勝手に人の心を読むな! そして一方的に回答するんじゃない! エミリ殿下ァァ、申し訳ありませんっ!!」

 物思いに耽る間もなく、あっさりと疑問を解消されてしまう。逃げ延びたエミリが幸せに暮らす未来をレイナは信じたかっただけなのに。


「くぅぅ……。私が未熟なばかりに……。エミリ殿下…………」

 どうやらエミリは最後までレイナを待っていたらしい。恐らくリコは退却を提案しただろうが、エミリはそれを良しとしなかった模様だ。


「リコのやつ説得しきれなかったのか……」

 レイナは結果的に騎士としての責務を全うできなかった。まあしかし、悔いはあっても今更感がある。既に役目を終えた魂であるレイナにはどうすることもできない。

 レイナは静かに手を合わせてエミリの冥福を祈るだけである。


「うおおおおお! 何だここは!?」

 そんな折、騒動しい声が響いた。何事かと目を開くレイナは瞬時に平常心を失う。あり得ないものが彼女の視界に飛び込んできたからだ。


「どうして貴様!? 天界まで追いかけて来たというのか!?」

 一瞬怯んだレイナだが、現れた誰かに大声を返している。なぜなら知らない顔ではなかった。眼前に現れたのは死ぬ直前に見たばかりの忌々しい魔物であったのだから。


「わはは! そういうお前は女騎士じゃねぇか!? 死んでもなお俺を待っているなんて健気なやつ! いいぜ、俺様が【自主規制】してやんよ!」

 どういうわけかレイナの隣に現れたのはオークキングである。勝利目前であった彼までもがなぜか天界にいた。厳密な経過時間は分からなかったけれど、レイナの体感的にはつい今し方会ったばかりである。


「やられるか! この豚野郎が!」

 今にも場外戦ならぬ世外戦が始まりそうな予感。即座に二人は取っ組み合い、壮絶な殴り合いが始まってしまう。


『やぁめぇなぁさぁい! 静かに! 騒がしいですよ!』

 刹那に暴れ回る二人へ強大な稲妻が落ちた。それは女神によって放たれた神罰に他ならないのだが物凄く既視感がある。身体の芯から焼かれるような感じは記憶にある最後の感覚と変わらなかったのだ。


 今になって二人は理解する。前世の自分が落雷によって亡くなったことを……。

「クソッ! あの時、もう少しでこの女騎士を【自主規制】できたのに。あの瞬間、俺は雷に打たれたのか……」

「危なかった……。あと一歩落雷が遅ければ、私はこの豚野郎に【自主規制】されていたのか……」

 対称的な感想を持つ。一人は悔しがり、一人は安堵した。亡くなったのは双方ともが理解していたけれど、生前の自分を口惜しく思うやら胸を撫で下ろしたりと様々だ。


『はい、無駄話はそこまでですよ! もう気付いているかもですが、お二人は残念ながら亡くなられました……』

 悲劇的な話であるというのに女神は満面の笑み。悲壮感を軽減するつもりかもしれないが死亡した二人には納得できない表情である。


「女神殿、死んだことまでは理解しましたが、どうして私がこの豚野郎と一緒なんです?」

「口の悪い女だな? 俺はオークキングだと言ったはずだ。良く覚えとけよ? このクソビッチがっ!」

 二人が言葉を発したあと張り詰めた空気が二人の間を駆け抜けた。瞬時に睨み合う二人。重々しいその雰囲気は再び取っ組み合いとなる予感を覚えさせる。


「王であろうが王女だろうが、豚は豚だろうが!」

「なんだと、このアマァァ!」

 再び喧嘩が始まってしまう。既に二人は言い争うよりも拳をぶつけ合っていた。

 女神マナリスは笑顔をキープしつつもピクリと眉を動かす。どうやら堪忍袋の緒は限界を迎えたらしい。


『黙りなさぁぁぁい!!』

 先ほどよりも強力な雷が二人を襲う。既に生を失っている二人であるから今一度死ぬという事態にはならなかった。しかしながら、なぜか痛みは生前と少しも変わらない。


「くはぁぁ……」

「ぐおぉぉぉ!」

 力業で二人を黙らせたマナリスはコホンと小さく咳をして、

『二人の死因は落雷による感電死です。まあ、ですがこれは予定にない事象でした』

 ようやく本題を切り出す。だが、何やら穏やかではない話だ。二人が眉根を寄せるに充分な内容を含んでいる。


『本来、落ちるべき雷は一本杉の辺りに一つだったのですけど、誤って貴方たちにも落としてしまいました。ゴメンネ!』

 テへっと誤魔化すマナリスに対し、再び固まるのはレイナとオークキングだ。二人はあの状況を最初から思い返している。また沈黙は二人の思考の長さだけ続く。


「ゴラァァ! 何やってくれとんじゃぁぁ!!」

「グッジョブです! 何ら問題ありません!」

 またもや対称的な返事をする二人。かといって場面が場面であったから、不満が噴出するとしても一人であるのは明らかである。

 一時は手を叩いて喜んだレイナだが、よくよく考えるとマナリスの話は何だか記憶にあるシチュエーションと重なっているように思う。


「あれ……? 一本杉……?」

 即座にあの場面を思い返した。酷い嵐の中、レイナはオークキングと戦っていたはず。手遅れとなる前にエミリを退却させたのだ。また落ち合う場所として指定したのは荒野にそびえる一本杉……。

「ああっ……!?」

 彷彿と蘇っている。あの平原に樹木は一本だけだった。故にそこが目印とされ合流地点に選ばれたのだ。

「ま……まさか…………?」


『それ正解よ! エミリとかいう姫君は一本杉の袂で落雷に遭って死亡したわ!』

 またもや瞬間的に固まるレイナ。更には笑顔を絶やさぬ女神。今度もまた整理すべき事柄に難しい内容は含まれていなかった。

 一瞬のあと、

「うわぁぁあああ! クソ女神っ! 勝手に人の心を読むなといったばかりだろうが! そして一方的に回答するんじゃない! エミリ殿下ァァ、申し訳ありませんっ!!」

 先ほどと少しも変わらぬ展開となった。


 良かれと思って避難させた先に落雷があったらしい。どうやらエミリはオークによって殺されたのではなく、レイナたちと同じく感電死であったようだ。

『まあ仕方のないことです。レイナが姫君を守れなかったこともレイナ自身が失われたことも。全ては運命だと割り切りましょう。あとワタクシの失態により落雷が増えてしまったこともです! 眠かったのですから仕方ありませんよね!?』

 自らの過失を理不尽に納得させようとするマナリス。これには流石に開いた口が塞がらない。


『失われた命はワタクシであっても生き返らせるなんて不可能です。けれど、それではあまりにも心苦しい。よってワタクシは二人にお詫びとして特例を与えようと思います!』

 旨味を匂わせた女神の話だが二人は一様に顔を顰める。どうにも悪い予感しかしない。その言動から彼女は神であっても疫病神にしか見えなかったのだ。


「俺は遠慮させてもらう……」

「わ、私もだっ!」

『あら? 遠慮することないのよ? 全てはワタクシの不手際だったのだから……。貴方たちの新しい人生に手心を加えて差し上げます! 記憶の引き継ぎと何か望みを一つ叶えて差し上げましょう……』


 女神の提案は悪くないものだった。けれど、躊躇ってしまう。美味い話がそうそうあるはずもないことを前世の結末を知る二人は分かっていた。

「いや、俺は別に……」

「私も特にないな……」

 あくまで拒否しようとする二人にマナリスの眉根がピクついている。表情は笑顔のようにも見えていたが、明らかに引きつっていた。


『なぁぁにぃぃかぁぁあるでしょう……? ねぇ……お二人さん?』

 既にマナリスの指先が放電している。バチバチと派手な音を立て今にも爆発しそうな雰囲気だ。またそれは間違いなく二人のトラウマを刺激していた。


「女神殿! 私にはこの豚と違って望みがあるぞ!」

「きたねぇ! そういや俺も望みがあったわ!」

 一転して二人は望みがあると訴えた。どうにも四度目の落雷だけは避けたかったらしい。


『よろしい! じゃあ、レイナからどうぞ!』

 機嫌を戻したマナリスはピッとレイナを指さした。だが、レイナには希望などない。恐怖のあまり思わず口にしただけである。しかし、何か希望を伝えないことにはまた神罰が……。


「で、では前回と同じ世界に転生させてください……」

 ありきたりではあったものの、何とかレイナは希望を伝えた。

 ところが、直ぐさまマナリスは嘆息する。この反応にレイナは戦慄するが、女神の溜め息は別に彼女の機嫌を損ねたからではなかった。


『ゴメンネ……。それだけは駄目なのよ。貴方たちの魂が向かう場所は決まってるの。そこはとても素敵な世界だから、その希望だけは勘弁してちょうだい……』

 魂が進むべき世界は決定しているという。割と本気で同じ世界に生まれたいと考えていたレイナであるが、彼女の望みは敢えなく却下されてしまった。


「それならば、このケダモノと出会わぬようにしてください! 本来なら同じ世界に生きるのも我慢ならないことですから!」

『あら? そんなことで良いの? 貴方は欲がないのね? お安いご用よ!』

 どうしてか、したり顔をするマナリス。やはり不安を覚えるけれど、特に希望がなかったレイナであるから突っ込みは入れずに静観している。


「じゃあ、俺様はハンサムな人族にしてくれ!」

 間髪入れずオークキングが望みを口にした。先程までマナリスを信じていなかった彼であるが、希望を伝えるだけならば損もしないだろうと思い直したようだ。


『貴方は今でもハンサムよ? オークキングにまで成長できたというのに、もうオークは嫌になったのかしら?』

「いや、俺はモテたいんだ! オークはむさ苦しいオスしかいないだろ? ハンサムな人族であれば、この生意気な女騎士だって自分から【自主規制】したはずだ!」

「そんなわけがあるはずない! 私は少なくとも人間性を見るぞ! 幾ら整った顔になろうが貴様には意味のないことだ!」

「うるせぇ! 俺だってイチャラブしたいんだよっ!」


 二人が絡むと必ず喧嘩になってしまう。その様子を眺める女神は呆れたような表情だ。

『貴方たち仲良くしなさい。もしも生きていたとすれば、レイナはオークキングの妻となっていたのよ? だからオークキングは思い遣りをもって接しないと駄目。レイナは貴方の子を百人も産んでくれる女性だったのだから……』

 ここにきてとんでもない話を聞かされる二人。本来の世界線であれば二人は夫婦となり、百人の子供を持つことになったらしい。


「ちょっと、本当ですかその話は!?」

『嘘を言ってどうするのです? 貴方たちは最初こそいがみ合っていたのですが、次第に打ち解けていきます。最終的にレイナは世界を統べるオークキングの妻として彼を支えていくはずでした……』

 どうにも信じられない。欲望丸出しのケダモノと打ち解けるだけでなく、百人の子供をもうけて彼を支えていただなんて話は……。


「ウハハ! 口では文句を言っても、やはり俺様の魅力に気付いてしまうのか!」

「うるさい! どうして私が畜生の子を百人も産まなければならんのだ!」

 女神の話はまるで理解できなかった。ともすれば失われたことこそが最高の結末だったと思えるほどに。


『そんなわけだからレイナは最後の場面をもう忘れなさい。先ほどの戦いも美しい思い出となるはずが、最悪の思い出となってしまったのはワタクシの失態です。だからこそ来世ではその分を取り戻してください。美しい思い出を幾つも重ねて欲しいと願っております』


「ならば女神殿。次の世界はどういったものだ? 同じような世界であれば問題ないけれど……」

 女神に諭されたようにレイナは前を向く。どう足掻いてもあの自分は戻ってこない。だとしたら次なる世界がどんなものであるのかを知りたいと思う。


『あまり世界の情報は与えたくはないのですけど、まあ良いでしょう。貴方たちが向かうのはチキュウ世界。ベルナルド世界よりもずっと発展しています。特に魔道工学分野の発展は数多ある世界の中でも群を抜いていますね。ですが、チキュウ世界もまた混迷期にあります。人族とは異なる勢力があり、人族とチキュウ世界の覇権争いをしている真っ只中です……』

 マナリスが言った。どうやら転生先も穏やかではない模様だ。かといってマナリスは別にどちらの勢力が勝とうが負けようが気にしていないようである。オークの軍勢がベルナルド世界を蹂躙しようとしていたときと変わらず、静観しているだけらしい。


『レイナは元々人族に転生する魂。オークキングもまた前世と同じオークとして生まれ、天主あまぬしという羽人と争う勢力に与する予定でした。ですがオークキングの希望とあらば、転生後は人族と致しましょう。人族は貴方が思うより難しい局面にありますが、それでも構わないのですか?』

「ああ、構わねぇよ。どんな苦境にあろうと俺様なら何とかなる!」

 どうやら予定とやらは女神の裁量によって、どうにでもなるようだ。オークキングは同じオークとなる予定であったけれど、希望通り人族になれるという。


「女神殿、現状の情勢はどうなっておるのでしょうか? 天主とはいったい……」

 レイナが聞く。人族と争う天主という聞き慣れない存在について。魔物であればベルナルド世界でも同じような状況であったが、チキュウ世界では異なる何かと人族は戦っているらしい。


『天主は羽を持つ亜人です。魔物を使役し人族に宣戦布告しました。天主はチキュウ世界の北端に『天軍』を建国し、破竹の勢いで人族を攻め立てているところです。とはいえ大陸の半分を奪われたあと人族は持ち堪えています。ですが長くはもたないでしょう。チキュウ世界は天主が支配する運命に傾きつつあります』

 どちらにも肩入れしない。それが女神マナリスのスタンスであるようだ。魔物も人族も天主も彼女の信徒であるかのように。


「恥丘世界とか俺様が望んだままのイカした世界じゃねぇかよ!?」

「豚畜生は黙れ!」

 口を挟んだオークキングを一喝する。これから転生する先の情勢を知っていて損などないのだ。聞き出せるだけ聞いておきたいとレイナは考えている。


「その運命とやらは決定事項でしょうか? 私が属する人族はまたも滅びる運命ですか?」

『いいえ、決まっているようで決まっていません。天主の台頭であってもイレギュラーですからね。天主は元を辿れば魔族。人族との交配の末に進化した者たちです。ワタクシでさえも天主が種として確立するなど思いもしませんでした』

 女神マナリスであっても現状は予想できなかったらしい。見守るだけの彼女はイレギュラーさえも受け入れてしまったようだ。


「では人族が安定して生活していられるのは転生してどれくらいの期間でしょう。私は準備をしておきたい」

 レイナが聞く。窮地にあるという人族への転生なのだ。然るべき時に戦えるよう準備しなければならない。


『過度に逡巡する質問ですが良いでしょう。既に人族の幾つかの国は滅んでいます。ですが、貴方が転生するキンキ共和国は地の利があり健在です。ですが平穏は二十年と持ちません。そのとき世界は一変するでしょう』

 マナリスが語る人族の未来は過酷な運命にあった。詫びとしての転生であるのだが少しも考慮されていない感じだ。元より種族間の軋轢に関与しない彼女にとっては幸も不幸もないようである。


「それで女神殿、魔道工学とは何だろうか?」

 女神マナリスの話にあった魔道工学という言葉。ベルナルド世界にはないそれが何であるのかレイナには分からなかった。魔法に関する言葉だというくらいは理解できたけれど内容は予想すらできないものだ。


『難しい言葉ですけれど基本は魔法と変わりません。今までレイナは呪文を詠唱し魔力を消費することで魔法を発動させていたでしょう? 魔道工学とは簡単にいうと道具に詠唱文が記録されているのです。よって魔力を消費するだけで魔法が発動します。ベルナルド世界でいうところの無詠唱魔法が誰にでも発動できるといった道具。魔道工学とはそれを作り出す技術のことですね。人族が世界を牛耳ったのはその技術があってこそ。天主と戦うには少しばかり改良が必要かもしれませんね』

 魔法が得意ではないレイナであったが、マナリスの話は彼女の興味を惹く。もしかすると新しい世界では魔法を自在に操れるのではないかと。


「女神殿、チキュウ世界であれば魔法が不得手な私も上手に扱えるのだろうか?」

『あら、レイナもまた自分の生き方を変えるつもり? 今の貴方はとても格好いい騎士だと思うけれど?』

「ああいや、私は転生しようと騎士でありたい。けれど、魔法にも興味があるのだ!」

 何の望みもないようなレイナであったけれど話していくうち新しい人生に希望を見出していた。

 これにはマナリスも笑みを浮かべるしかない。元はといえば彼女の失態によりレイナは失われたのだ。だからこそ新しい人生を待ち望むようなレイナの笑顔は何よりも嬉しく思えている。


『レイナ、新しい人生は貴方が自身の足で歩むもの。前世で魔法が苦手だった? じゃあキチンと努力をしなさい。苦手だと手をつけずにいたのなら、いつまで経っても習得できません。世界が変わろうとも努力の意味合いは不変です。できるできないは貴方次第ですからね。また運命は決定事項ではありません。ワタクシも予想できないほど激しく揺れ動く頼りないものです。なのでワタクシは何も危ぶんでおりません。天主が隆盛を極めることも人族が再び台頭するのかも決まっていないのですから』

「ほう、女神殿も女神らしいことをいうのだな? まあ分かった。要するにこの世界の私は怠けていたのだろう? だったらここで誓うぞ。私の次なる人生は全てをやり尽くすのだと! 天軍なるものがそれを脅かすのであれば対抗するだけだ!」


『その意気です。世界を流転する魂はその輝きによって転生の待遇が決定します。善行を積み努力したものほど魂の輝きは大きくなります。貴方が私の受け持つ世界を飛び出すとき、どこに出しても恥ずかしくない魂となっていることを期待していますからね?』

 自身が失われ、主君をも守れなかったと聞いたときには絶望していたレイナ。しかし、彼女は次の世界こそは全うしようと思い直す。やるべきことをこなし守るべきものを守れるような人間になろうと。


「おい女神、魂の輝きってのなら俺は駄目じゃねぇのか? これでも大量殺戮者だぞ?」

 ここでオークキングが問う。女神の話が真実であれば自分の望みは叶わないのではないかと。ハンサムな人族を希望した彼はそれを危惧しているようだ。


『何も問題ありません。貴方はオークキングとして模範的な行動をしただけです。役割をこなしたにすぎませんからね。また次のチキュウ世界までワタクシの管轄内です。転生した人生で役割をこなせなかった場合は虫であったり知恵のない動物に格下げもあるでしょう。人族に転生するのですから、その辺りはよく考えて行動しなさい。人族には守るべきルールや道徳といったオークにはないものが求められます。その次の人生は貴方の記憶などありませんが元は同じ魂です。次なる自分が苦労しないよう注意深く行動してください』

 なるほどとオークキング。道徳という言葉はいまいち理解できなかったけれどルールならオークにもあった。要は定められた立場に相応しい行いをするだけで良い。オークキングはそう解釈し、彼もまた次なる人生に期待をした。


『最終確認です。オークキングの望みはハンサムな人族。そしてレイナは来世にオークキングと出会わない。二人の希望はこれで間違いない?』

「ああ、頼むぜ! 女神さんよ!」

「女神殿、よろしく頼む」


 要請に頷いた女神マナリスは踊るような仕草をし二人を神秘的な光で包み込んだ。

 立ち所に意識が薄れていく。二人は深い眠りに落ちるようにして、気付けば自我から解き放たれていた――――。

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