第8話  恐怖の魔女 3

 タラシがダウンした後で、エリザがクスクス笑いながら、薄められた分の酒を瓶に入れてダンに渡す。

「あ~あ。いい気味よ」

 素材として、「アルコール度の高い酒」があったので、ダンは一計を案じて、エリザと打ち合わせしていたのだ。エリザもノリノリでタラシを騙す作戦に参加してくれた。

「でも、タラシはほとんど水しか飲んでいないのに、なんでつぶれちゃったの?」

 ダンは首を傾げる。

「大人ってねぇ。お酒がなくても、雰囲気だけでも酔いつぶれる事が出来るのよ」

 エリザは楽しそうに笑った。

「また、こんな事があったら協力するからね~」

 こうして、ダンは最後の素材を手に入れた。

「それにしても、予定の量より大分多くなっちゃったな~」

 こうまで簡単にタラシが引っかかるとは思わなかったのだ。



 次に向かったウテナ神殿で、ダンは思いも掛けない出会いをする。

「すみません。『コストリッチ』です!」

 珍しく神殿の礼拝堂に誰もいなかったので、大きな声を出す。

 すると、水色の髪をした、背の高い美しい女性が出て来た。

「は~い。いらっしゃい」

 見た事がない女の人が出て来たので、ダンは戸惑う。別のウテナ神殿の神官だろうかとも思ったが、僧衣では無く、動く度に色が変化する、真珠のような輝く薄手の衣を身につけている。

 大きな胸が強調されるデザインで、ダンがもう少し大人だったらドキドキするに違いない。


「あ、あの。パンのお裾分けをしに来たんですが、この神殿の人はいますか?」

 ダンが尋ねると、女の人は自分を指さす。

「私もこの神殿の人ですよ?」

「え?」

 当然の様に言われても、ダンは今まで何度もこの神殿に来ていたが、こんな人はいなかったはずだ。

 ・・・・・・はずなのだが、どうにも見覚えがある。ダンは首をひねる。

「あの・・・・・・。あなたは?」

「ああ!君の持っているの、結構良いお酒じゃない?」

 女性がダンの抱えた酒瓶を見て、ダンの言葉をかき消す勢いで、言うが早いか、ダンのすぐ側に、滑るようにやってくる。

 実際に、足が動いた様子が無かった。

「それは『ブラックリバー』の『エンシャント』よね?いいわね~」

 ダンの持っている瓶にはラベルは無い。ただし、少しだけお酒の匂いが外に漏れ出ている。この女性は、その微かな匂いだけでお酒のメーカーと銘柄を当ててしまったようだ。

「あ、あの。少しだけで良かったら飲みますか?」

 ダンが言うと、女性は嬉しそうに笑う。

「ありがとう!今グラスを持って来ますから!」

 そして、またしても滑るようにすごい速さで礼拝堂の奥に行く。

 

 女性はすぐにグラスを片手に滑るように・・・・・・いや、実際に地面を滑ってやって来た。

「あああ~。ちょっと待って下さい、ウテナ様!」

 その後ろから、リオが追いかけてくる。

「リオ?!今、ウテナ様って?」

 ダンは驚く。

「ああ、ダンさん。お祭り見物に、ウテナ様が見えられたんですよ」

 どうりで見た事があった気がした訳だ。この女性は天界の最上位に当たる、「第一級神」にして、「水の女神ウテナ」だったのだ。絵や彫像になっているので、ダンも間接的には何度も見ている。


 この世界エレスの神々は、あまり地上人にとって良い印象は無い。

 それぞれに何らかの物や事象を司って、様々な恩恵を与えてくれるし、救ってくれる。だからこそ、信仰されるし、神殿も建っている。

 現在では、魔法の力の源だったり、ダンジョン作成などしていて、冒険者たちにもありがたがられている。


 しかし、一方で、様々なトラブルや厄介ごとを引き起こしたりする事も、また多い。

 特に位が高くなるほどに傲慢に、怠惰になって行く傾向が強く、有り難くはあるが、なるべく関わり合いになりたくないのが神である。

 「神は気まぐれ」とは、エレスに住む者は、子どもまで言うほど定着した文言である。


 そんな中、第一級神でありながら、比較的地上人に信頼されているのが、地母神カーデラと水の神ウテナである。

 特にウテナは神の中でも珍しく真面目で、頻繁に地上にやって来ては人々の悩みを聞いたり、手助けしたりするので、かなり人気が高い。

 他の神々は、地上人からの信仰心を得ようと活動する。信仰心は、そのまま神の力や寿命になると言われている。

 つまりはそれ目当てで、時々思い出したように手助けする。


 しかし、ウテナは自分の力が消耗したとしても、積極的に地上人と関わろうとする。

 純粋に地上人が好きなのだ。


「ウテナ様でしたか。初めまして。パン屋の息子のダン・ケルナーです」

 ダンはお辞儀した。

「まあ、礼儀正しい子どもですね。よろしくダン」

 女神が微笑む。それはダンでもうっとりするような微笑みだった。惜しむらくは、物欲しそうにグラスを差し出していなければ、なお美しかったと思う。

「ウテナ様。まだ飲まれるんですか?」

 リオが困った様に言う。

「いいじゃないですか。お酒は私へのお供え物ですもの」

「でも、バッカス神殿からも、大量にお酒をもらって来たじゃないですか。あれは良いんですか?」

 リオが尋ねると、ウテナは優雅に笑う。

「私はバッカスとはとても仲良しだから良いんですよ。いつでもお酒を貰って良いって契約してるんですから」


 地上人は知らないが、第一級神「酒の神バッカス」は、酒を造ったり飲んだりしすぎて、遥か昔から酒が嫌いになっていて、今はお茶ばかり飲んでいる。

 しかし、地上人は酒の神へのお供え物は酒や酒に合いそうなこってりした料理ばかりなのだ。

 だから、バッカスは辟易しているし、神殿の神官たちは太っている。


「それに、このお酒は良いお酒ですから、一口だけ頂くんです」

 ダンに注いで貰ったお酒の香りを嗅ぎながら、ウテナはニッコリ微笑む。

「ウテナ様に飲んでいただけるなら、僕は全然大丈夫です。と言うよりも、一杯分しかあげられなくってごめんなさい」

 ダンが申し訳なさそうに頭を下げると、ウテナはダンの頭を撫でる。

「一杯で充分よ。ダンの気持ちがこもったお酒だもの。私の力になるわ。チビチビ楽しんで飲ませて貰うわね」

 そう言うと、ウテナは手を振って、礼拝堂の奥に去って行った。

「ダンさん。ありがとうございます。ウテナ様もご機嫌そうで良かった」

 リオもニコニコしてパンを受け取ると、ウテナを追いかけて礼拝堂の奥に入っていった。

 ダンは、初めて第一級神に会ったので、まだドキドキしていた。第四級神なら、この街に住んでいるのがいて、時々パンを買いに来る。

 これはいよいよ夏祭りが楽しみになってきた。

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