第8話  恐怖の魔女 1

 メグを店に残して、ダンはまず、肉屋のルッツの所に行く。

「おう。ダン!」

 ルッツは笑顔でダンを出迎える。

「ルッツ。おはよう。お肉の様子はどうかな?」

 そう言いながらも、ルッツの機嫌の良さから答えは聞く前から分かっていた。

「すげぇぜ!ばっちり新鮮だ!丸二日経ってるのに、市場で仕入れた時と変わらない鮮度だ!まだ客には出せてねぇが、これならそのうち仕入れ量を増やして商売に生かせる!」

 ルッツの答えを聞いて、ダンは満足する。

「あの子には感謝だな!」

 ルッツがパインの事を「あの子」と呼んだ事に、ダンは驚いた。ルッツにとって、パインは「邪眼の魔女」ではなくなったようだ。

 それが嬉しい。





 午前中は、ダンは山車作りの手伝いをした。

 ダンたちの赤地区は、ゾウ広場の西側、つまり海に面した一辺にある造船所の隣の、小さな物置に山車を隠して、そこで装飾を作っていた。

 

 ダンとエドは、周囲の目をはばかりながら倉庫に近づく。そして、倉庫の入り口に付くと、「コン・・・・・・コン、コン・・・・・・コン」と扉を叩く。

 すると中から声が掛かる。

「酒」

 それに対して、ダンが答える。

「もう一杯」

 すると、慎重に扉が開かれる。サインや合い言葉まで使って秘密の製作をする。大して意味があるわけでは無かったが、こうした大げさな事をみんなでしている事自体が、すでに祭りの一部であり、男たちはワクワクするのだ。


 ダンとエドが倉庫に入ると、8割方完成した山車があった。

 大きな荷車に乗せられた装飾は、竹と張り子で、高さが3メートルにもなる、吹き上がる炎の形となっていた。

 これは、初夏にマイネーが見せてくれた太鼓の演舞がモチーフになっている。

 別の場所では、巨大な虎の顔を作っていて、それは祭りの当日に炎の上に設置する事になっている。


 作業で大変なところは、細く割いた竹で、炎の形を作るところである。だが、その作業は終了して、すでにその上から紙を貼り付ける作業になっている。

 子どもでも手伝い可能な作業であり、紙を貼り終えたら、一日乾かして、色を付ける作業で、山車は完成する。

「今年はモチーフでもめることがなかったから、結構余裕だな」

 赤地区の大人たちが笑顔で話している。

「赤地区にピッタリな出来事があったからな。これを見たら、みんな『やられた!』って思うだろうよ!ハッハッハッ!!」

 例年は、この時期はみんな鬼気迫る表情で準備に励んでいるのだが、今年はかなり作業の進みが早い。

 

 ダンとエドは、作業台の下から、紙や糊を渡す仕事だ。余裕があるので、簡単なところは貼り付けもさせて貰った。

「ひっひっひっ。レオンの所は、かなり追い込まれているみたいで、夕べも深夜までもめながらやっていたらしいぞ」

 エドが小声で言う。ダンはクスリと笑う。

 レオンハルトの緑地区だけではなく、黒、青、紫、白、黄色地区それぞれ、今頃必死に製作をしているはずだ。下手すれば、まだ、モチーフでもめている地区もあるのかも知れない。




 

 午後には、引き続いてのエドに加えて、ネルケ、ブリュックが、パインの店に集まった。

「なぜ、ここに集まる?」

 パインが不快そうに言う。

「だって、『花火』作りに集まったんだ。だから、ここでいいだろ?」

 ダンが言うと、パインは素直に頷いた。

「そう言う事なら、うむ」

 花火作りは、パインがダンに依頼したものである。

「集まったのは赤地区のメンバーだけ。これは僕たちだけの秘密の任務だ」

 ダンが言うと、ブリュックが目を輝かせる。

「何か、ワクワクしてきました!」

「ちょっと辛いけど、頑張って集めよう!」

 ダンが言うと、エドだけは何を集めるのか知っているので、ものすごく嫌そうな顔をした。

 

「ブリュックは、エドを手伝って貰って・・・・・・」

 ダンが言うと、エドは首を振る。

「いや!俺は1人で充分だ!」

「・・・・・・そ、そう?じゃあ、ブリュックはシュロの木の皮を取ってきて欲しいんだ。この袋にぎゅうぎゅうになるまで」

 少し大きめの袋をブリュックに手渡す。

 シュロの木は、海沿いに良く生えている木で、細く硬い葉が、団扇のように広がって生えている特徴的な木だ。

 その皮は、硬い繊維が、毛の様に生えている。箒の材料としてもよく使われている。

「わかりました!!」

「ネルケは、僕と一緒に来て欲しいんだ。また力仕事になるし、1人じゃちょっとまずいんだ」

「いいよ!任せときなよ!」

 ネルケは嬉しそうに力こぶを見せる。

「実は、ちょうどメグにピッタリの役目があったから、メグにも集めて貰っている物があるんだ」

 ダンの言葉に、ネルケが反応する。

「・・・・・・メグの服はダンが作ったんだよね?」

 ネルケは、朝ご飯を作りにダンの家に行き、そこでメグの服を見ている。

「うん。良く出来てただろ?」

 ケロリと言うダンに、ブリュックが頭を抱える。

『ダンさんは、見ていてハラハラする・・・・・・』

「あのさ。あんなのもダンは作れるんだね?」

 ネルケの語調は強い。

「うん。まあ、体が弱かったから、作る事とかばっかりやっていたからね。・・・・・・どうかしたの?」

 不穏な空気を察したのか、ダンはネルケの様子を窺いながら尋ねる。

「・・・・・・あたしも何か作って欲しいな~」

 それを聞いて、ダンは慌てる。

「いやいや!ドワーフに何か作るなんて、そんな!」

 ドワーフは、種族的に手先が器用だ。特に男性は皆職人と言うくらいに物作りが得意である。その技術はハイエルフに近い水準だ。

「いいの!手伝うんだから、あたしも報酬が欲しいの!」

 ネルケがプクリと頬を膨らませる。

「ええ~?・・・・・・まあ、良いけど」

 ダンが渋々頷くと、ネルケは機嫌を直す。

「なら、頑張って手伝おう!」

「あ、じゃあ、俺はいいけど、ジンジャーにも」

 エドが言いかけたところを、ブリュックが慌てて野暮な兄を止める。

「兄さん!ダメだって!」

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