第7話  海の子 5

「これが保存具だ。月に一度、私が力を注げば、また一ヶ月効果を発揮する。・・・・・・ちょっと面倒だが、この辺りで採れる素材からではこんな物だろう」

 パインが言うと、見ていた子どもたちが拍手をする。

「すごいね~!」

「何だかあっという間だったね」

 普通の魔具師は、苦労して素材を加工して作る。それでも、狙ったとおりの効果など出せない。だから、希少だし、価値がある。

 パインの能力はこの世界の常識の埒外だった。魔法道具について勉強したダンは、その事が良く分かっている。だから、あまりこの特別な能力を広めたくはなかった。

 特に物の価値が分かっていないパインが使うと危険な気がした。

 レオンハルトがダンに耳打ちする。

「ダン。これはちょっと気を付けた方がいいかもね」

 さすがレオンハルトは分かっている。ダンは頷いた。


 絶望した様子のルッツに、パインが魔法道具を渡す。

「それでは、約束通り、一ヶ月ごとに肉を届けて貰う。その時に、この筒の部分だけ抜いて持ってくればいい」

 ルッツは絶句する。

「・・・・・・え?それだけ?」

「何だ?不満か?」

 パインが手を引っ込めかけるので、ルッツは慌てて魔法道具を手に受け取る。

「いえ!不満などありません!」

 そう言いつつも、ルッツはまだこの魔法道具の性能を信じてはいない。

「ルッツ。まずは一日使ってみて。それから、少しずつ使ってみて、効果が確かなら肉を届けてあげて」

 ダンが言うと、パインが不服そうに鼻を鳴らす。

「疑うのか?!」

 睨まれたような気がしてルッツはまたしても小さく叫ぶ。

 だが、ダンは柔らかく笑う。

「僕は全く疑っていないよ。だけど、人は不思議な物は簡単には信じられないんだよ。ルッツも使ってみたらパインを完全に信じてくれるようになるよ」

 その言葉に、少し考えた後、パインは頷いた。

「確かに、私もそいつのことを何も知らんからな。あと、肉が必要かどうかも疑わしい」

 言われて、ルッツが小さくうなる。

「お、俺の仕入れる肉は間違いない」

 ルッツは自分が売る肉の品質に誇りを持っていた。

「わかった!この道具に満足したなら、最高の肉を届けるぜ!」

 そう言う事になった。




 翌朝、ダンは、また学校に行く前にルッツの肉屋に寄った。

「おはよう、ルッツ」

「おう、ダン!」

 ルッツの機嫌は良さそうだ。

「肉はどう?」

 ダンが尋ねる。

「さすがにまだ何とも言えねぇよ!」

 ルッツは笑った。しかし、機嫌が良いのには理由があった。

「とは言え、確かに昨夜から肉の鮮度は落ちていない。今朝、ちょっとだけ多めに肉を仕入れてきた。それの鮮度が明日まで変わらないなら、かなり期待できるぜ」

 ダンは、ルッツに笑いかける。

「その調子で様子を見てみて。それと、何度も言っているけど・・・・・・」

 ダンの言葉にルッツは頷く。

「分かってるって。こんな事が知れ渡ったら、流通自体がとんでもないことになる。商人の商売の仕方が全部変わっちまう。便利だけど、それだけじゃ済まない話だからな。場合によっては俺も命が危ないから、バカ儲けしようとも思わねぇよ。地道に堅実に、ちょっと楽して商売するさ」

 ルッツの言葉に、ダンは気が重くなる。

「そうなんだよなぁ~。マイネーからもっと話を聞けたら良かったんだけどなぁ~」

 口の中で呟いて、ダンは学校に向かった。



 

 ダンたちは、学校の帰りに、みんなで冒険者ギルドに行ってみた。理由は勿論、人魚のメグの様子を見に行くためだ。

 

 基本的に冒険者ギルドは国際的な組織で、各国、各主要な街には支部が設置されている、国に属さない組織である。

 冒険者がクエストを受けたり、報酬を得たりするほか、図書館が設置されていたり、魔法による治療院が併設されている。

 ダンも、図書館で魔法道具について調べてみたり、利用したことはある。

 単に冒険者の姿を見に行くこともあった。

 

 ギルドの建物に入ってすぐの受付で、マーメイドの子の事を尋ねると、医務局にいることを伝えられる。

 

 そして、みんなで医務局に行くと、衝立で仕切られた一カ所にマーメイドのメグがいた。

「あ~。みんな!昨日はありがとな~。メッチャ助かったわ~!」

 すっかり怪我は治っているようで、ベッドの上で、長い尻尾をビッタンビッタンさせる。ベッドが軋んで、メグ本人もギョッとした顔になる。

「メグちゃん!元気になってよかった!」

 第一発見者のアンナマリーとリオが駆け寄る。

 初めて会うネルケとブリュックは、珍しそうに目を輝かせて見ている。


 そうしていると、ダンたちに、職員らしい人が笑顔で声を掛けてきた。

「やあ。君たちが彼女を助けたんだってね」

 眼鏡を掛けた背の高いおじさんだった。

「はい」

 ダンが答えると、その男性はダンの肩を優しく叩く。

「それは偉かったね。人として、素晴らしい精神だ」

 褒められて、ダンとエドは誇らしい気分になった。   「でだ。彼女の治療費は誰が支払うのかな?」

 男性の目は笑っていない。それでダンは全てを悟った。

『あのタラシめ!!』

 

 冒険者ギルドの治療院は、冒険者用の治療施設で、一般人も利用できるが、冒険者と違って無料では無い。冒険者でも怪我の程度によっては料金が発生する。

 だが、魔法治療は本来多少の値は張るものだ。

 考えてもみれば、回復魔法使いなら、兵士の詰め所なりに行けば必ずいるはずだ。だが、タラシは直ぐに冒険者ギルドに行くことを提案した。ゴリラ隊長は、多分何も考えずにその案を受け入れたのだろうが、兵士の詰め所に担ぎ込んだら、この後の保護責任があの3人に課せられる。

 時間も手間も金も掛かってしまうことになる。

 それを避けるために、タラシは冒険者ギルドに運び込んだ。そして、さっさといなくなり、保護責任と支払い義務をダンたちに押しつけたのだ。

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