第6話  素材集め 6

「それでさ。パインに料理の仕方を少しで良いから教えてあげて欲しいんだよ」

「はあ!?」

 ニコニコしていたネルケの顔が一瞬で曇った。ダンはそれに気づいていない。汗をかいた額をタオルでぬぐっている。

「パインはさ。味付けとか全く知らないし、理解していないから、魔法道具みたいな食事を作っちゃうけど、メチャクチャまずいんだよ。だから、少しでも味付けを知ったら、自分でもおいしい物を作れるんじゃ無いかと思って」

「・・・・・・そのために、今素材集めをしているの?」

 ネルケが下を向きながら尋ねる。

「う~ん」

 ダンが唸る。水筒から水を一口飲んでから答える。

「素材集めは、今回はルッツと僕の為かな。勿論、パインが近所の人と仲良くなる助けになるのが一番の狙いだけどね」

「ダンの為って?」

 ダンが笑う。

「ルッツに毎度のように『嫁見つけてきたか?』って言われないためにだよ。自分で探せって言いたいんだ」

 スプリガンの女性を見かける度に、ダンがジ~~~ッと見つめていたので、ネルケはその理由をちゃんと聞いて知っていた。

「それよりも、料理に関しては、ネルケがパインともっと仲良くなって欲しいからってのもあるんだ」

 それを聞いて、ネルケがモゴモゴと言う。

「そ、そりゃあ、あたしだって、もっとパインとは仲良くなりたいけどさ・・・・・・」

 ネルケらしくない歯切れの悪い返事に、ダンはようやく後ろを向いてネルケの顔を見る。そして、首を傾げた。

「ネルケ?」

「う~~~~~~・・・・・・」

 ネルケが唸ってダンを睨む。だが、ネルケの思いはダンには通じない。

「・・・・・・もう!分かったよ!!パインに味付けのイロハを教えてあげるわよ!!」

 ネルケの叫びに驚きながらも、ダンはニッコリ笑う。

「ありがとう。ネルケはいつも頼りになるな」

「・・・・・・」




 エドはすぐにマムシ取りに出掛けた。

 以前にダンが松ヤニを採りに行った林の近くの斜面だ。

 エドは迷う事無く、手入れのされていない、草木の生い茂る斜面を登り始めた。

 狙い目は、倒木や岩などの影である。

 マムシは捕まえると、自分の家の食堂でもメニューとして出せるので、遊びのついでに捕まえたりしていた。

 咬まれるようなヘマなど一度もした事が無い。

「この辺にいるな~~~」

 エドのそれは、最早嗅覚である。ほとんど迷う事無くマムシのいる倒木のを発見した。

「ヒヒヒ。ビビッてるビビッてる」

 威嚇のために「シャー、シャー」音を立てるが、エドには全く効果が無い。

 途中で拾った枝で、マムシの首を地面に押さえつけると、素早くマムシの首を掴み、袋に放り込んで口を絞る。

「一丁上がりだ!」

 そして、斜面を降る途中で、ついでにもう一匹マムシを捕まえて、さっさと街に戻っていった。


 家に戻ると、いつもマムシを入れておく壺に、捕まえてきたマムシを放り込むと、食堂の母親に声を掛ける。

「母ちゃん!マムシ、壺に入れて置くけど、一匹は予約済みだから使っちゃダメだからな!」

 母親以外の家族が、うっかり壺を開けないように、マムシがいる時にはいつもしている様に、蓋の上に、赤い布を被せて縛る。

「ごくろうさん!」

 調理場の母親の返答は短くあっさりしたものである。


 エドはさっさと家を飛び出して、市場に向かう。

 市場の清掃を手伝って、貝殻を手に入れるのが目的だ。




「いや~~~!リオ、近付けないでね~~!」

 アンナマリーがいちいち「きゃっきゃっ」と反応するので、リオは面白がる。

「幼虫は怖くないですよ。咬まないし、悪さしないですから」

 リオが穏やかに言いながらも、瓶をアンナマリーに見せつける。

 既に瓶の半分まで、乳白色で節が多い幼虫が集まっていた。

 透明な瓶に、無数の幼虫が蠢く様に、アンナマリーが悲鳴を上げる。

「きゃああああああっ!!リオの意地悪ぅ!!」

 実際には、幼虫は多少噛むのだが、リオのドラゴニュートの肌(鱗?)には全く感じない程度だった。

 

 セワニナは、砂浜の近くの斜面の土の中にいる。

 根を広げる植物を、根っこごと引き抜くと、根っこに絡まるようにして数匹付いてくる。

 土から出されると、慌てて逃げようとワシャワシャ動き出すので、それをヒョイと捕まえては瓶に放り込んでいく。

 かなり気持ち悪いので、アンナマリーじゃなくても叫ぶ人は多いはずだ。

 リオにとっては、生で食べられおやつである。

 実際に食べたかったが、アンナマリーに嫌な顔をされるだろうから我慢していた。



 多少は時間が掛かったが、セワニナの幼虫が集まったので、灯台に向かった。

 灯台は、ヘルネ市の北側の岬の上に建っている。

 南の湾の入り口にももう一つあるが、そっちは小さく、漁師たちが主に使うので、漁師の集落のすぐ近くにある。



 丘を登っていくと、周囲にすっかり家は無くなった。

「ね、ねえ。灯台の話知ってる?」 

 アンナマリーがリオにしがみつくようにしながら震える声で言う。

「う、うん」

 リオも不安そうにしながら答える。ただ、アンナマリーの知っている話よりも、リオの知っている話の方が確実に多いだろう。

 灯台にまつわる怖い話は、ヘルネの子どもたちの間では有名で、いくつも語られている。


 赤い服の怪人が現れて、大きな枝切りばさみを持って追いかけてくる。

 灯台の上に、白い服を着た女の人が立っている。または、人が近づくと、灯台から海に飛び込んでいく。

 灯台への道で、びしょびしょに濡れた女の人が現れ、体を引きずって追いかけてくる。

 灯台に近づくと、岬のしたから白い手が伸びてきて、近づいた人を捕まえて、海に引きずり込む。

 灯台の光が、急に赤い色になり、気がつくと、別の世界に迷い込んで、生きて帰れても頭がおかしくなってしまう。


 多分他にもある。

 アンナマリーの知っている話は、一体どれのことだろうかと、リオは思う。思いながら、話を全部思い出したことを後悔する。


「ま、まだ明るいから平気ですよ!早くキンモクセイ探しましょう」

 リオは、縮こまりそうになる長い首を振るわせて、小さなアンナマリーの肩を抱いて、灯台への道を登って行った。

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