第4話  ダンとエド 5

「エド。ちょっと驚くと思うけど、あまり気にしないで」

 店の入り口まで来たところで、唾を飲み込むエドに、ダンはそう告げる。

 エドに先にパインの店に行って貰う案も考えたが、初対面のパインと美味く話が出来るとは思えなかった。ダンも、毎日会っているが、会話が上手くいかない事など珍しくも無いのだ。


 ダンの後を、材料を持ったエドが続き、階段を上る。

 階段から右に曲がり、次に左に曲がると、玄関ポーチに着く。三段の階段を上がってポーチの入り口から、店の中に入った。

「パイン!パイン!材料を持ってきたよ!!」

 ダンが店の奥に声を掛ける。

「パインって何だよ?」

 エドが小声で尋ねる。

「店主の名前だよ」

 答えたものの、ダンは体力的にも痛み的にも限界が近かった。

 その時、店の奥の廊下から、パインがやって来た。

 ただし、その登場の仕方には、ダンですらも悲鳴を上げそうになった。

 ショルダーアーマーの不定形の怪物(竜の複合体)ギイと、黒ヒョウのアイが、大きく体を伸ばして、ガシャガシャと出て来たのだ。パイン自身は、ショルダーアーマーにぶら下げられるように、両足は宙に浮いていた。

 そのせいで、背の小さいパインが、まるで天井にまで届く身長のように見えた。

「うわあああああああああああっっっ!!!!!」

 エドは大声で叫んだ。逃げなかったのは大したものだが、足がすくんで動けなかったのかも知れない。


「ダンか。そっちのは何だ?」

 高いところからパインがエドを見る。見ただけなのだろうが、凄まじい目つきで睨み付けた様に感じる。

 ダンも、咄嗟に言葉が出ない。

 すると、パインは「ククク」と笑う。

「客か?ならば、貴様の最も大切なものを寄越せば、願いを聞いてやろう!」

 この台詞は決まっているのか?ダンが最初に言われたことと、同じ事をエドに言う。

 言われたエドは、恐怖のあまり、ついに床にへたり込んでしまう。

「客じゃ無いよ。僕の友達で、材料集めを手伝ってくれたんだ」

 ダンは、ようやく衝撃から立ち直って、床にへたり込んでいるエドから袋を取って、パインに差し出す。

「ふむ。そうか」

 ギイが伸びてきて袋を受け取り、その中から器用に1つずつ材料を出して、パインの目の前まで持っていく。

 パインはそれを確かめると頷く。

「ふむ。確かに材料はあるな。これでいい」

「じゃあ、早く薬を作って欲しいんだけど、どの位で出来るんだい?」

 薬を作るには、それなりに時間が掛かるはずだ。

 刻んだり、炒ったり、煮たり、混ぜたりするのだろう。

 

 ところがパインは無表情で首を傾げる。

「すぐに出来る」

「え?」

 ダンはどういう事か分からず、呆気にとられる。

 そんなダンの事も、床にへたり込んだままのエドの事も気にする事無く、大きくため息を付いた。

「それよりダン。お前は『せっかち』だ。どうやらスズメバチに刺されたようだな?!」

 パインの言葉に、エドが驚く。

「え?!ダン!それ、本当か?!」

 上着を着ているのに、なぜパインに分かったのか不思議に思ったが、ダンは認めた。

「うん。まあ・・・・・・」

「馬鹿!!無茶しやがって!見せてみろ!」

 そう言うが、エドは腰を抜かしたようで、上手く立ち上がれない。

 すると、ギイが素早く、正確に動く。

 目にもとまらぬ速さで伸びてきて、皮膚を一切傷つける事無く、上半身に身に着けていた服を切り刻む。

 ダンの裸の上半身の右腕と、背中が、大きく腫れ上がっていた。

 ダンもエドも、ギイの動きとそれによって成された事に驚いた。しかし、ダンの刺された痕を見て、エドが涙声で叫ぶ。

「こんなになってるじゃねぇか!!」

 ダンは無理して苦笑する。

「エドが刺されるよりはいいよ」

「良くねぇ!!」

 

 2人のやり取りを無視して、パインが言う。

「ダンが『せっかち』だから怪我をする」

 そして、奇妙な小さな玉を懐から差し出す。

「これがあれば、ハチだけを全部気絶させる事が出来たのに、取りに行っている間にいなくなってた」

 ダンはあの時の状況を思い出す。

 パインは片付けを放棄して休みに行ったものだと思っていたが、そんな魔法道具を取りに行っていたのか。それなら安全に巣が採れたと言う事になる。

「そこの小僧はうるさいから黙っていろ。ダンの傷は治してやる」

 パインがそう言うと、左肩のアイが、両手で上手に大きな瓶を持ってショルダーアーマーから体を出す。

 アイがそれを上手に両手で持ったまま、口で瓶の蓋を開ける。

 そして、ギイがその中の白い軟膏を掬い取って、ダンの傷口に塗った。ついでに、顔の腫れているところと、切れた唇にも塗った。

 次の瞬間、ダンの傷は完全に癒えた。

 多分、ポーションや、回復魔法よりも素早く治った。後引く痛みも全く無い。

 その間、パインはずっとぶら下げられたままだ。

「あ、ありがとう、パイン」

 ダンが驚きと感嘆の思いと共に、礼を述べる。

「すげぇ。お前、本当に大丈夫なのか?」

 パインにうるさいと言われたので、エドが小さな声で囁きかける。

「うん。全く何ともないよ!」

「これも、契約の内だ」

 パインが事も無げに言う。確かに、ダンが怪我をしていては、明日片付けを手伝う事は出来ない。

「ああ、パイン。その契約の事なんだけど・・・・・・」

 ダンがそう言うと、パインはギョッとしたような表情でダンを見る。

「お前、今更無かった事になど出来んぞ!!」

 片付けが終わらない事がよほど重大事のようだ。

「いや。こっちのエドも手伝う事になったんだ」

 それを聞いて、パインは怪訝そうに眉を顰める。同じくエドも、今更ながらに生唾を飲み込む。

「貴様・・・・・・。使えるんだろうな?」

 パインの言葉に、エドは青ざめる。何をするのかまだ知らないのだ。

「大丈夫だよ。僕より体は丈夫だから」

 ダンはワザと不安を煽るような言い方をする。

「お、おい。何かの実験台にでもなるって契約をしたのか?」

 エドがこそこそ聞いてくるが、ダンは聞こえなかったふりをする。

 笑いを堪えるのに必死だ。

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