闇夜の君に朝日が差すまでは

@CRUISE-O

私は探偵

 私は探偵である。出張でロンドンから京都へとやって来た。


 今、私は追われている。


 追っ手は二人だ。どちらも長身で男装している。化けの皮を剥げば、こんな出会い方でなければ、一瞬のうちに絆されるだろう。


 彼女らを撒くのは簡単ではない。歩幅を見るに、体力に自信がありそうだ。こちらが疲れるのを待つつもりなのだろう。嘗められたものだが、歳の差に抗うのは賢明ではないか。


 しかし、歩き回っていても何かあるわけではない。少し驚かしてやろう。


 その前に、次の角を曲がれば中継地の花屋がある。仕掛けるのはそのあとだ。


「バラを二本ください。色は、黄色にしようかな」


 こぢんまりとした店内は花の香りが充満しており、警戒心が緩んでしまう。やはりこういう場は、私には合わないようだ。


 店を出る直前につと振り返ると、店員の初老の女性は優しく微笑んでいた。思いやりに溢れた顔つきだ。


――あなたがこの店一番のハナですね。


 そんなことを言うのはあいつの役割で、私には言えない。


 追っ手の二人は姿を隠して待っていた。さあ、続きを始めよう。

 後ろに一人、40メートルはあるか、交差点を挟んでいる。もう1人はおそらく、西側の隣の筋の角にでもいるのだろう。


 ならば、私は振り返って戻ってみよう。


 やはり曲がったか。配置交替だ。


 自然な道を選んで進み、少しして再び、間違えたかのように一角だけ戻る。それを何度も繰り返す。


 陽がすっかり山に入ったのだろう、町全体に闇が降りてきた。足を止め振り返っても、そこにはまだ誰もいない。


 ここは人気の無い袋小路で、追われている身としてはこの上ない危機であるが、同時に、好機でもある。


 後衛は角に身を隠し、前衛はいたって自然に歩いてきた。私を探しているが、見回したりはしない、目と耳で探している。もう少し近づくんだ。そして振り返り、合図を送る。


「あっ!」


 後衛は私の指向性の強い特製懐中電灯に照らされて目を細め、前衛は襟首を取られて動けない。私の勝ちだ。


「いったいどこにおったん?」


 私は引っ込み思案な居酒屋の置き看板を指した。景観を損ねぬための謙虚さが、うまく匿ってくれた。腕立て伏せで伏せるようにして隠れていたのだ。


「ふぅ、そこまでする?」


 解放してやると彼女たちは、解けた笑顔を向けてくれた。


「サングラスを外すの、早っかったんかなぁ?」

「いや、このライトは一般的なサングラスでは遮れないほどに眩しいのさ」


 一人ずつハグをした。すっかり大きくなってしまったものだ。薄闇の中でもはっきりと分かる。あいつの双子たちは、やはり美人になった。


「突然呼び出すんやから、もうちょっと余裕もって連絡してほしいわぁ」


 一週間前、警察庁の外事課次長のコウちゃんから連絡があり、急遽帰国することになった。久しぶりに本国での仕事だ。何年振りか忘れるほどに。


 かねてより追っていた男の情報を入手したのだ。我が国と友好的な国々の情報機関は世界中に監視網をもっているが、男は20年のあいだ掻い潜り続けてきた。


 渡英中の私にこの話が来た時点で、浮かび上がる人間は一人だけだ。私は確信している。しかし、奴が現在使っている名前も顔も分からない。覚えているのはあのときの表情だけだ。


 通りの車のライトが気まぐれに照らし出したあの眼だ。私と相棒が標的を追いかけているとき、突然現れた奴は躊躇なく撃った。勝ち誇るかのような笑みを浮かべながら。


 あのとき、私があいつより前にいれば、私が銃を所持していれば、私が逮捕を急がなければ――この娘たちの目の前には私ではなく父親がいたはずだったのだ。


「一週間前に決まったんだ。仕方ないさ」


 褒めて欲しいのだろう。嬉しそうにハニカミながら視線と顎を下げている。


「どっちが解いたんだい?無理かもしれないと思っていたが、その様子だと簡単だったみたいだな」

「いつもより難しかったけど、別々でやって、二人とも解けたで」

「ほぼ同時やったよね」


 急拵えだがそれを感じさせない関西弁といい、二人とも合格だ。追い風だよ。これならば、奴らに勝てそうだ。


「まずはあいつのところへ行こうか」

「だと思った」

「すぐそこやもんね」


 墓参りだ。


 本当は、あいつの骨はどこにも無い。あいつは確かに俺の腕の中で息を引き取った。しかし、奴を追いかけて少し離れた隙に血痕を残して遺体は消えていた。


「なんでバラなん?なんで二本なん?」


 そういうエリの顔には、分かっていますよと書いてある。


「墓参りのあとには、エリとユリにあげようと思ってね」

「やっぱり」

「あたしら、どっちがどっちかわかるん?」

「もちろん。君がエリで君がユリだ」


 二人は同時に正解と答えた。悔しがるところまで同じ、癖をよく制している、見事だ。しかし、私を欺くことはできない。


「そういえば、もう20歳になったんだったな?」


 背筋を伸ばして凛と立つ二人は、同時に無言のまま小さく頷いた。緊張するのも無理はない。初任務なのだから。


 墓地は冷えるのが早い。じっとしていては寒気がするだけだ。

 他愛のない話をしながら、歩いて英国人マスターのいるバーに向かった。なに、お祝いのためさ、二人が二十歳になった。


「マスターは日本通ぶっているが、本当は日本が大嫌いなんだ。くれぐれも言葉を間違えないように」

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