第7節 靭やかな強さ
「やっぱりか」
予想した通りの展開に、レオは大きな溜息を吐いた。
[――第二学年研究戦。栄光の一位通過は、騎士棟のランス・ニューマン!]
元同級生にしてかつての悪友の名前が呼ばれた瞬間、レオは現在の同級生たちの表情を盗み見る。
その声が響いた瞬間。
アレンは口をあんぐりと開け、アイリスは「まあ」と口に手を当て、風鈴は良く分からないがはしゃぐように手を叩いている。
[制限時間を三十分も残し、満点で試験終了です。認めたくはないですが、文武両道とはこの男のことを言うのでしょうか]
[認めたくない気持ちは私も良く分かります。そしてこの展開も二年目になると飽きてきましたね]
解説者席の拡声器からは、およそ祝福する声ではない感想が漏れる。
「えー。なんすかそれー。俺一位っすよー。酷くないっすかー?」
当事者のランスは観客席との仕切り塀に身を乗り出し、三年生の学生解説員の女生徒と研究棟教員に向けて抗議している。
そんな緩んだ空気の茶番が繰り広げられる競技場を、アレンはなおも目を白黒させながら凝視していた。
――一番良い反応をしているのはアレンだな。アレンは可愛気があるよな。
レオはなぜか実家にいる弟たちの顔を思い浮かべた。
「――っ。――っ。――えっ!?」
アレンはやっと驚きの声を上げた後、口をぱくぱくさせながら、
それを見たレオとフランは互いに目配せをして満足気に笑った。
「まあ、言いたいことは分かる」
「言ったでしょ。『衝撃的』だって」
「ああ……いや、失礼かもしれないけど、意外で……」
アレンの反応にレオやフランだけでなく、クラスメイトたちもにやにやと面白がる視線を向けている。それを見たアレンは、拗ねたように頬を小さく膨らませた。
「みんなして俺の反応を面白がって……」
そういう素直で子供っぽい仕草も、レオの弟たちにそっくりだ。レオが悪戯を仕掛けた直後の弟たちに。
レオは思い出して更に顔がにやけてしまう。すると、アレンはレオを恨みがましく見つめてきた。
「レオは笑いすぎだから」
アレンはレオに怒ったように見せながら、隣のアイリスの表情を見て問いかけた。
「……あれ、アイリスはあんまり驚かないんだな」
すると、アイリスは申し訳なさそうにアレンを見上げた。
「実はね。私は魔術棟の団体戦の会議でちょっとだけ聞いていたの。流石に研究棟の先輩たちをあれだけ引き離して一位になるとは思わなかったけど。……びっくりはしたのよ」
アイリスの言葉に、アレンはなんだか一人だけ置いて行かれた、みたいな顔をしている。
「『吃驚』で『衝撃』ダネ、アレン!」
「みんな敢えて知らない人には言おうとしないのよ。驚く顔が見たいから」
風鈴が大きく身振りをしてアレンを励ますように笑わせ、セレーナはフォローするように言う。
すると他の女生徒たちもそれに乗っかるように口々に男性陣を責めだしたりなんだりし始めた。
「もう! 本当に男子は面白がりすぎよ」
「そうよお。アレン君拗ねちゃってるじゃない」
「アレン君。拗ねてる顔もかわいい……」
「なんだよ! 自分たちだって黙ってただろ!」
「そうだぞ! 同罪だろう」
「おい、ミーナ。なんでアレンが拗ねてるのを見て顔を赤らめてるんだ」
担任の雅治はその騒がしい様子を見て「皆さん、きちんと残りの人たちの試験の様子も見てくださいね」と苦笑いで言っている。
――この人、実は面白がってるだろ。
競技場中が騒がしいから、雅治も本気では注意していない。
そして、当然のようにジェダイト教室の面々は静かにはならなかった。
「女子はなんだかんだでアレンに対して甘いよね」
「顔じゃねーの? ほら、女子は綺麗な顔してるのが好きだろ」
フランとレオがそう言い合うと、アレンが心底不思議そうな顔をしてこちらを見つめてきた。
「レオもフランも、みんなも何の話をしてるんだ。俺の顔がどうかしたのか?」
その反応を予想はしていたものの、レオはアレンの言葉にがっくりと体勢を崩した。
――アレンはなんで、自分の双子の妹が人目を惹く外見をしていることを知ってる癖に、それとそっくりな自分の顔が『綺麗』だって自覚が無いんだ……。
同じことを思ったのか、
そして、そんな賑やかなジェダイト教室の生徒たちが座る一角に、来訪者が現れた。
「楽しそうな話をしていますのね。ねえ、レオナルドさん」
自分の肩に手を乗せるその人物の声に、レオは長い間の癖で思わず身を強張らせた。
しかし、それはあくまでも『反射』だとレオは自分自身に言い訳をした。
◇ ◇ ◇
ランスが試験終了した十分後、再び試験結果が動き出した。
[続いて試験終了したのは、研究棟の
[そして何よりもめちゃくちゃなランス君とは違い、手堅いところが実に、実に、素晴らしいです]
「えー。俺の時とぜんぜん違くないですかー?」
解説の二人は一瞬ランスを見たものの、無視を決め込んでいる。
[あー、続きまして第三位は研究棟のファナ・ジョエル・ピーターソンさん。そして第四位に魔術棟のメアリ・シラソル・カラーさんが僅差で試験終了です]
「おーい。ノーラ先輩にパストゥール先生ー。無視ですかー?」
[ランス。静かにしてください]
[ランス君。静かにしなさい]
「ちぇー。なんだよー」
息ぴったりな解説担当にランスは口を尖らせると、つまらなそうに試験終了者が集まる一角へと向かっていった。
そして、そんなランスを見ながら、来訪者――クラーラがしみじみと言った。
「私の可愛い一番弟子のランスさんは優秀でしょう? ねえ、二番弟子のレオナルドさん」
アレンはクラーラの言葉を聞き、交互にレオとランスを見て、首を傾げて言った。
「じゃあ、ランス先輩もレオも俺の兄弟子なんですね」
「俺は弟子になった覚えはない! ……――です!」
「と、ところでクラーラ先輩はどうしてここに?」
レオが声を大きくして慌てると、フランがすかさずフォローを入れる。
「三年生は自由参加だから、ちょっと後輩たちと交流しに来たのよ」
そう言うとクラーラは笑顔のまま、さり気なく周囲を見渡す。
何かを警戒するような密かなその仕草を見て、アレンは何か違和感を感じた。
しかし、それは一瞬のことだった。
「ランスは凄いでしょう」
クラーラは自慢するようにアレンに言う。
「え、ええ。なんというか、完全に武闘派だと思っていました。普段もなんだか……リラックスした方なので」
「アレン。気を遣わなくていいんだよ。みんな思ってることだから『ふざけた人』とか『おちゃらけた人』だって」
「だけどあれで、武術も勉強も魔法もなんでもできる不動の首席なんだよ」
レオは結果発表の列に並ぶランスを見ながら「認めたくない」という感情を隠さずに言う。
「あいつは、あんなんでも西大陸の騎士王国の騎士家系出身のサラブレッドにして、正真正銘の『天才』なんだよ。しかもあいつは、よちよち歩きの頃から一流の英才教育を受けているんだからな」
西大陸の『騎士王国』。
そう呼ばれるのは、西大陸の湖の国――ラグーナ王国。
大海に面した海の国とも呼ばれる大陸第三位のマーレ皇国に対して、大陸最大の湖を抱く同じ水の国にして、大陸第四位の国だ。
アレン自身は直接交流を持ったことはないが、国同士の交流があること位は知っている。
「私も物心ついたときから剣を握っていたけれど、ランスもそうみたいよ。おかげで時々一本取られるんじゃないかと冷や冷やするわ」
「え……そんなに凄いんですか」
それはクラーラにもランスにも掛かる言葉だった。
「あいつは本物の天才なんだよ。あいつは阿呆だけど、その才能と実力は本物だ。阿呆だけど」
レオは憎まれ口を叩いているが、ランスのことを認めていることが透けて見えた。
アレンはそういう二人の関係に憧れつつも、羨ましく感じた。
「ランス先輩とは何度か手合わせはしましたけど、ここまでとは思ってなかったです。確かに手加減されてるのは感じてましたけど」
「ランスはあれで結構周りに合わせられる広い視野を持った子なんですのよ。だから相手の実力や与えられた課題に対して、
「確かにいつも課題を敢えて気付かせてくれるような試合をしてくれます」
「器用だし良い子でしょう? 私の後輩たちは本当に優秀で良い子たちばかりで本当に鼻が高いわ」
やはりクラーラは自慢げにランスのことを語る。
騎士棟のエリート同士通じるものもあるのだろう。
「はい。ますます尊敬しました」
「そうでしょう。そうでしょう?」
「アレンって本当に素直だよねえ」
「アレンが毒されてやがる」
「レオナルドさんにもこの素直さが欲しいものですわ」
「いや、俺は間に合ってます。もうそういう年じゃあないので。二回目の一年生なんで」
レオは嫌そうな顔をして見せながらも、自分の留年をネタに笑っていた。
「そうよね。あなた、『お兄さん』ぶりたいんですものね」
「なんですか、それ?」
レオは怪訝な顔をする。
「だって、あなたの顔に書いてありますもの。『アレンも他のみんなも弟や妹みたいでかわいいー』って」
「気持ち悪い感じに言わないでください」
レオはそう言いながら、なぜか顔を赤くしていた。
そしてジェダイト教室の皆も、それを見て笑っていた。
この時は、そんな和やかな時間だった。
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