第5節 金と銀の魔法鳥


 ――時は僅かに遡り、その日の夕方。


 黄金色の夕暮れの中、学院内には魔法で創られた魔法鳥が飛び交う。その軌跡には魔力の粒子が輝いていた。

 この光景は、団体戦選手登録締め切り日の放課後恒例の光景だった。


 選手登録は昼休憩終了の鐘と同時に締め切られる。そして、それが受理され正式に登録されたという結果が、この魔法鳥によって知らされる。

 終礼の鐘の音と共に、魔法鳥は学院中を飛び廻り、自身が『伝令』する対象者の元へと向かう。


 ――そして。

 アレンとアイリスが所属するジェダイト教室クラスには、の魔法鳥が舞い降りた。五羽の金色の魔法鳥と一羽の銀色の魔法鳥。

 アレンの右腕には、補欠登録の選手の証である銀色の鳥が舞い降りる。

 金色の魔法鳥の行方は――アイリスの両手の上に。レオの左肩に。雛姫の右手。セレーナの左手に。そして風鈴の頭の上に舞い降りる。


「この教室には六羽も来たのですね」

 この教室の担任教師である雅治・榊・ジェダイトは、舞い降りた鳥の姿を目で追って呟いた。

「今年の一年生は本当に粒揃いですね。お隣のハーゲン教室にも沢山飛んできているみたいですしね」

 雅治の茶色の虹彩は、まるで学院中の魔法鳥を観測するように、どこか遠くを彷徨っている。


 教室中の学生たちが魔法鳥の美しさに魅せられた。しかし、しばらくするとその鳥たちは光の粒となって、舞い降りた六人の身体に溶け込んだ。

 その光の粒が身体に溶け込んだ瞬間、彼らの中に魔法鳥が告げに来た内容と、魔力の欠片が一緒に溶け込む。

 雅治はその様子を見届けると、代表に選ばれた六人に微笑んで見せた。

「その魔法鳥は新人戦団体戦が終わるまで、君たちの一部となります。その魔力によって、彼らは君たちが団体戦の選手であることを証明します。簡単に言うと、変身魔法等による不正防止のための本人確認の手段ですね」

 選ばれた六人は蜜を飲み込むように、声も出さずにこくりと頷いた。

「では、選ばれた人たちはこれからその魔法鳥が告げた集合場所まで行ってくださいね」

 続けて、雅治は選ばれなかった者たちへと視線を向ける。

「他の皆さんは、天球棟のエントランスホールに行ってみてください。団体戦選手名が掲示されていますから、良く見ておいてください。どういう人が選ばれているのかを知ることは、これからとても参考になりますよ」

 雅治は慈悲ではなく、期待の眼差しで選ばれなかった彼らを見つめた。





    ◇ ◇ ◇





 アイリスは緊張しながらその場所にいた。

 そこは魔術棟の一室。大きな円卓に十四人の学生が座っている。


 アイリスはあまり挙動不審にならないように、こっそりと他の学生たちの顔を見る。

 ――お顔は知っていても、挨拶も交わしたことのない方たちもいるわね。

 その円卓の中心、玉座に座るのは当然、魔術棟首席のシン・クロウリーだった。

 彼の大きな特徴とも言える闇を思わせる色彩は、その部屋にはお世辞にも似合わなかった。

「随分と可愛らしいお部屋ですね」

「そうだネ」

 アイリスは隣に座る風鈴と一緒になって部屋を見回す。

 白い色調の部屋にはピンクや白、淡い黄色の花々が飾られ、まるでお城でお姫様がお茶会を開く一室のように華やかだ。

 ――それに不思議ね。この部屋には『良くない物』がないみたい。

 アイリスは左手中指にはめられている魔術棟所属の証であるパープルフローライトの指輪を見る。

 これを受け取った魔術棟のホールから感じられた魔術棟内にある魔術具や漂う魔力の中には、確かに良くない物も混ざっていた。

 しかし、この部屋に入った途端、アイリスはそれを一切感じられなくなった。

 アイリスと同じように良くない物に敏感に反応する学生がいるということはアストルム老師から授業中の雑談で聞いていたが、そういう人のための魔術が施されているのかもしれない。


 アイリスは世界に漂うマナと自身の膨大な魔力を生命力に換えて生きている。

 動物の中には綺麗な空気や水の中でしか生きられないものがいるように、アイリスは他の人よりも澄んだマナや魔力を好む。そして反対に、濁った力は毒になる。


 アイリスは、この『良くないもの』を遮断する魔術を参考にしたいと思い、術の痕跡に目を凝らす。魔力を追い始めて少しすると、「もしかして」と思う。

 アイリスはこの室内に飾られた花や金色の燭台とその配置とその魔力の流れを辿った。

 ――これは、きっとシン先輩の魔術ね。


 シン・クロウリーの出身地である東大陸には、『風水』と呼ばれる魔術があると本で読んだことがある。アイリスの知識に間違いがなければ、これはおそらくその一種だ。

 初めて実物を見る術に興味を惹かれていると、アイリスはその術者と思われるシンと目が合った。薄く微笑まれ、アイリスは「やっぱり」と思い、察する。

 ――シン先輩は、アストルム老師と同じように良くない物に敏感な私の体質に気が付いているのね。

 アイリスは小さく頭を垂れ、視線で配慮に対するお礼を伝えた。


 シンの提案で全員が自己紹介をした後、アイリスも知っている人物が明るく場を和ませた。

「今年の魔術棟一年は編入組が多いよね。新しい編成とか、色々挑戦できそうで楽しみだよねー」

 メアリ・シラソル・カラー――フランの姉で二年生の生徒会役員だ。

 フランと同じ小麦色の肌に赤い髪に灰茶色の瞳。明るく人懐っこい性格で、方向性は違えど周りから大きな信頼を得ているところはフランとそっくりだ。

 他の先輩たちも彼女の雰囲気に動かされ、張り切り出す。


「シン、今回はどんな感じで行くんだ」

「ここしばらく魔術棟は二位続きですからね、今回こそは優勝しないと」

「でも、やっぱりクラーラ先輩を何とかしないとね。対抗案を考えないと」

「いや、でも今年は研究棟にあの『姫』がいるからな、油断ならないぞ」


 場は活気付き、皆は期待の視線でシンを見る。

 普段はクラーラの圧倒的カリスマの後ろに隠れがちだが、魔術棟においてはシンは絶対的な王だ。

 シンは皆の期待に視線で応える。その眼差しは静かだが、その風格を十分に感じさせる。

「では、これから皆にどの競技に参加してもらうのかとそれぞれの役割を伝える。変更希望でもなんでも、何か異論があれば言ってくれ。まずは第一種目から――――」


 そして魔術棟の作戦会議が始まった。





    ◇ ◇ ◇





「アイリス・ロードナイトさん」

 魔術棟での集いが終わり、棟の外に出たところでアイリスは一人の少女に呼び止められた。

 ――彼女は確か、カトレアさんだったわね。


 アイリスは吹く風に目を細める。空はすでに紫色を帯びていて、カトレアの綺麗に手入れされた長い髪が夕風になびいていた。

 銀糸に青を溶かしたような彼女の髪は、ちょうど秋の青空のような色をしているが、今はそこに夜の色が架かって、青い月のように見える。

 カトレアはアイリスと同じ一年生で、もう一つの一年生の教室であるハーゲン教室クラスの生徒だ。

 まだ一年生は各棟に分かれての授業はないため、顔は知っているものの、まだ言葉を交わしたことはなかった。

 アイリスとカトレアは、先程の作戦会議で同じ種目に出場することになっていた。これを期に仲良くなれたらと、アイリスは勝手に思っていた。


「はい。カトレアさん、なんでしょうか」

 アイリスはにこりと微笑んで返事をすると、カトレアは一瞬だけ黙し、それでも言葉を続けた。

「……アイリスさん。私、あなたの事が苦手だわ」

「え……?」

 アイリスは突然の言葉に驚く。

「私、あなたと同じ種目でチームメイトとして戦える自信がないの」

 アイリスは彼女の真意を確かめるように彼女の瞳の奥を覗く。その瞳は水晶のように澄んでいて、真っ直ぐにアイリスを見つめていた。


「あなた、最初は団体戦出場を断ったんでしょ?」

「はい、そうです」

 アイリスは彼女の真っ直ぐな瞳に答えるように、真っ直ぐに答える。ただ、彼女の問いかけに対して、心には後ろめたさが在るのは確かだ。

「私、人が、苦手なの。だから、先に謝っておこうと思って。私は、私の全力で勿論戦うけれど、チームメイトとして上手くやれなかったらごめんなさい」

 アイリスが黙っていると、カトレアは「じゃあね」とだけ言い残し、真っ直ぐに寮へと向かっていった。


「アイリス? ダイジョウブ?」

 カトレアの背中をしばらく見つめていると、風鈴がそっと肩に触れてきた。

 アイリスは静かな闘志を瞳に宿し、風鈴に微笑んでみせた。

「大丈夫ですよ。私はカトレアさんのこと、好きになっちゃいましたから。きっと仲良くなれます」

 風鈴はアイリスのことを心配そうに見つめていたが、アイリスは本当にそう確信していた。

 そして、運命のようなものすら感じていた。


 



    ◇ ◇ ◇





 アイリス・ロードナイトに背を向けて歩き出してからしばらくすると、カトレアの後ろから軽やかな足音が二人分聞こえてきた。

「カトレア、聞いてたよ。あんなこと言って良かったの?」

「そうだよ。同じ編入組同士、普通に仲良くすれば良いのに」

「…………」


 カトレア・サン・ディルフィニウムはじっとりと目の前の少年たちを見つめる。

 彼ら二人はカトレアのクラスメイトのノアとリアムで、カトレアと同じく魔術棟の団体戦の選手に選ばれている。

 二人はハーゲン教室の委員長と副委員長をしており、高等部からサンクチュアーリオ学院に編入してきたカトレアに対して、何かとお節介を焼いてくる存在だ。

 彼らは従兄弟同士で、実家は近所にあるらしく、常に二人一緒で行動しており、団体戦では二人仲良く補欠選手に登録されている。


「「ねえ、カトレア聞いてる?」」

 カトレアはノアとリアムの催促に、先程一方的に話をしてしまったシルバーブロンドの少女の表情を思い浮かべた。

「私、自分のことを卑下したり、自分のことが嫌いな子が苦手なのよ。どうしてあんなに才能に恵まれているのに、自分に自信がないのかしら。もっと堂々としていればいいのに」

 カトレアは自分のことではないのに、それがなぜか腹立たしく感じてしまう。

 そんなカトレアを見て、ノアとリアムは顔を見合わせる。

「「なーんだ」」

 ノアとリアムはニヤニヤと笑ってみせる。


「本当は気に入ってるんじゃないか」「本当は気になってるんじゃないか」

「別にそういうのじゃないわ」

 カトレアは唇を尖らせてそっぽを向く。


「カトレアって本当に面倒くさい性格をしてるよねー」「カトレアって本当にアマノジャクだよねー」

「私は面倒くさくもアマノジャクでもないわよ!」


「なんだよ、照れてんのー? 素直じゃないなー」 「なんだよ、普通に仲良くしてって言えばいいのにー」

 カトレアが不機嫌になって言い返す度に、ノアとリアムは上機嫌になる。

「うるさいわよ! あなたたちって、本当にお節介!」


 カトレアが爆発すると、二人は蜘蛛の子を散らすように寮の中に逃げ込んでいった。

 カトレアは何故か苛立つ自分自身に溜息を吐きながら、その背中をゆっくりと追った。

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