第Ⅱ部 新人戦編

Interlude One

「虹の雲」


 ――――暗い。暗い水の中にいた。


 今宵は呪い子の少女が魔力を生命力に変換する『儀式』の夜。

 夜空には満月が浮かんでいるはずだ。しかし、少女の対となる呪い子の少年が見ている景色に満月はない。

 少年は夢を見ているのだ。


 ――――おそらくこれは少女が見ている夢の世界。

 少年は不思議とそれが少女の夢の世界だと分かった。少年が昔からその世界に迷い込むことが時々あった。

 これも呪いの影響なのかもしれない。呪いは彼らの力を交わらせたから――――


 少年の身体は水の中にあり、には水面があった。

 少年は意識を呼び覚まし、瞼を開ける。

 少年のつま先は水面を離れて水底へと沈んでいく。深く深く沈んでいく。

 不思議と水の中でも息は苦しくない。まるで少年もその水の一部になったようだった。

 流れに身を任せ、決して抗わない。『出口』は水面ではなく、水底にあると知っているから。

 だから少年は落ちていく。


 逆らわずに沈んでいくと、暗闇に砂のように小さな光の粒たちが現れる。

 手を伸ばして届かない場所に現れたそれは、さらさらと細い筋を描いて流れ落ちていく。それは雪の結晶あるいは星屑のような。その光は砂時計の砂が落ちていくように、少年を導く。

 暗かった水底を見れば、光の粒が積もり、その周囲に漂っているのが見える。


 やがて少年もその水底にたどり着く。そして手を伸ばし、光に触れる。

 瞬間。暗い水底はまばゆい光に包まれ、白い世界へと反転した。


 ――――世界は変わる。

 少年はゆるりと視線を上げる。

 空の青と海の青、そこに白い雲が浮かぶ世界。陽光の世界。 


 水に浸かっていた身体が風で乾いていく。視界がひらけていく。

 少年は空を自由に飛び、自由に歌っていた。

 風は心地良く、空気は少年を押し上げる。少年は風を読み、自身の身体を降下させる。

 光り輝く海面に沿うように飛び、水面に映る自分の姿を見る。

 ――――今の少年は、『少年の姿』をしていない。その姿は母国に魔法をもたらした霊鳥――アンジェラス・バードの姿。

 それは向こうの世界で、少年が常に腰に下げている長剣の鍔に施された装飾と良く似た姿。母国の皇宮内で潜んで眺めた絵画に描かれている姿。

 藍玉の瞳の神秘の鳥。


 そんな自分の姿を少年はもう見慣れていた。その歌声を聞き慣れていた。

 ――――しかし、少年は初めての光景に出遭った。

 少年は風を切りながら空を見上げる。

 空は朝焼けの色彩。時間が止まったような薄雲はまるで飾りのよう。彼方には虹色の雲が浮かび、夢の中でも夢のようだった。


 虹色の雲を見て、少年は『虹の橋のたもとの宝』という話を思い出す。

 それは少年の対となる少女から聞いたことがある話。

 少年は好奇心のままに、その『虹色』に飛び込んだ。


 ――――少年は変わり、少女も変わった。

 そして、これからも変わっていく。

 だから、の形が変わるのも当然なのかもしれない、とふわりと浮かぶ。


 白い尾をたなびかせる少年は『虹色』の中で、水底で見た輝く光の粒を見つけた。

 そしてその光の粒に吸い寄せられるように飛んでいく。


 ――――ゴーン、ゴーン。


 で鐘の音が鳴る。

 少年は光の粒に触れる。

 目を醒ませば、再び時は動き出す――――


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