舌は禍いのもと
藤ともみ
第1話
「性病だねえ」
「……はあ?」
目の前の医者の言葉に耳を疑った。
「適当なこと抜かしてんじゃねえよ、ヤブ医者」
ここ一年ほど、恋人どころか風俗にもお世話になってない俺が性病なんか罹るわけ無えだろうが。あ、やべ、なんか悲しくなってきた。
「えー、じゃあ最近誰かとキスしたことは。この病気は粘膜接触で感染するからね」
「無えわ!」
「そんなに恥ずかしがって隠さなくても」
「するか。本当に覚えが無えんだって。見立て違いじゃねえのかよ」
「そうは言ってもねえ」
俺の抗議に、医者はため息を吐いて言った。
「口から花を吐くなんて病気、他にありませんよ」
昨夜、胃がムカムカしたので台所の流しで嘔吐したら、ゲロじゃなくて、なんか薄い赤色をした花が出てきた。嫌な夢でも見たんだろうと思って昨夜は無理矢理布団の中に潜ったのだが、今朝、顔を洗おうとして再び吐き気を催し、嘔吐物を見たら、やっぱり赤色の花だった。
こんな馬鹿げた話、普通の病院なら相手にもしてくれないだろう。目の前のジジイは、表で普通の開業医をやりながら、人間に紛れるバケモノたちの診療もこなし、怪奇染みた身体の異変も診察する変な医者だ。
このジジイも人間のフリしたバケモノなんじゃねえかと思うが、そこはまだ確証が無い。
「空気感染はほとんどしないんだけどねえ。菌をもってる人と粘膜接触すると、その人と同じ花を吐く性病だよ」
「性病性病って言うなや」
「あんた酒癖悪いからねえ。酔っぱらって記憶がないままいつの間にか風俗行っていつの間にか帰ってきたとか無いですか」
「そんなことある?」
「まあ安心なさい。今は良い薬が出ているから。三日間飲んでみて、それでも良くならなかったら、またいらっしゃい」
どうも納得いかないが、こんなおかしな病気を相談できる医者など他にいないので、仕方なく、薬をもらっておとなしく帰ることにした。
熱があるから安静にしろと言われたが、日給制の仕事だ、なるべく休みたくない。
そう思って出勤したのが良くなかった。
ホテルの廊下を掃除しているうちに、俺は意識を失ったらしい。
気がついたときには自分の部屋に帰ってきていて、そして。
「あ、気がついたんですね。良かった」
人気俳優顔負けの爽やかな笑顔で、コイツが俺の顔を覗き込んでいたのだった。
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