見習い期間の始まり フェイブル視点

昨日、勢いに任せて完成させたデザイン画を朝の冷静な目で見直す。

騎士としての職務の際に邪魔にならないよう、白金の柔らかい金属を平らにすることで足にフィットするようにデザインした。装飾も邪魔になってしまう為、あるのは留め具部分の小粒のピンクダイヤモンドのみだ。


宝石と呼ばれるものはどんなものであっても必ずなんらかの魔力を帯びている。研究として石に携わる者こそ魔石と呼んでいるが、魔法のようなことに使えるほど強い力を持つ石は数えるほどしか存在せず、大半はささやかなおまじない程度の力しか持っていない。そのため、ほとんどの人は宝石には装飾品としての価値しか見出していない。

ただ、石の持つ力に自身の気持ちを託すことができるので、自身を着飾るために使われる頻度と同じくらいに贈り物としても重宝される。家族、友人、恋人、仕事仲間など様々な間柄で贈られる。

とは言っても身に纏う宝石を贈るのは家族や恋人のように特別な関係にある場合だけで、友人などには普段使いの小物などに宝石をあしらったものを贈るのが常識である。


ピンクダイヤモンドには互いの絆を強め相手を守ろうとする意味合いがある。そのため、同じ原石から対になるような装飾品を作ることが多い。

クロウには可愛らしい色になってしまうけど、私の色でもあり意味合いもぴったりだったからピンクダイヤモンドを使うことにした。対となる石で自分用にはピアスをデザインした。

そう言えば、クロウから貰ったアンクレットの宝石はイエローダイヤモンドだ。身に付ける者に力を持たせ悪いものからの影響を受けることがないよう守ってくれる意味合いがある。自分が傍にいない時でも全力で守ろうとしてくれるとてもクロウらしい石で見る度に嬉しくなってしまう。


装飾加工を担うカートイット家と宝石採掘を担うシャーレッツオ家はどちらも石に関わりが強い。

父に関しては力の強い希少な石も扱うことがある。主に王族案件となるものだ。そのため、石の扱いや利用には注意を払うよう何度も言われた。希少価値の高い強い力を持つ石がどのようなものかは私にはわからないが、カートイット領にはそういった希少な石も含め数え切れない石が存在しているので慎重になる必要がある。クロウも同じだろう。

いつかは石の全てを父に教えて貰うことができるだろうか。そんな日が父に認められる日がはやく来ればと思う。


留め具のデザインに若干の訂正を加えた他は問題がないことを確認すると、侍女のジーンに専属に発注するよう指示した。

カートイット家の専属とはすなわち、この国で一番の細工師に他ならない。

間違いなくクロウにぴったりのアンクレットが出来上がるだろう。



今日から王宮に勤めることとなる。

私は王宮家庭教師の見習いではあるが、半年の見習い期間中にはその任に就くことはまずない。

王宮家庭教師にはまずその基礎能力として、側仕えの技術を求められる。

さらに見習い期間の言動は全て監視され当人の思考や人間関係を徹底的に洗われる。

これはこの職の特異性のためだ。王族に教育を施すということは、未来の施政者の思想に少なからず自身の思想の影響を与えるおそれがある。

例え、当人の人格が既に確立されており影響が少ない状況下であっても、知識を与えるという行為の中で、その影響を0にすることはできない。

また、王族の思考傾向や知識量、思想などを詳細に知りうる立場でもある。

業務中は秘匿すべき情報が多く点在する状況であるため、王宮家庭教師は護衛騎士の守る部屋で側仕えを排した状況で教師二人組で職務にあたる。秘密を知る人間の人数をできるだけ減らすためと、教師同士が互いに監視しあう目的もある。

当人の倫理観や人間性、側仕えとしての能力が必要なのはそういった訳である。ただ学習教科の知識が優れているだけでは勤まらないのだ。

王宮で採用されなかったものは貴族院の教師として働いたり、教師の職自体を諦めて研究者に転向したりする。

半年に渡る適格試験に合格して初めて王宮家庭教師見習いとして勤めることになる。

そのため見習い後に定年や自己都合による退職以外でその任を解かれたものは存在しない。


「挨拶の機会を頂き有難く存じます。カートイット伯爵家のフェイブルと申します。本日以降御指導よろしく申し上げます」


昨日ヨークに確認したが、ヨークがマストリサ侯爵に挨拶した時点では特に何も起きていなかったらしい。普通に挨拶をしただけだよーと言っていたから、ヨークが挨拶を終えた後に緊急で席を立たれたようだ。

側仕え配属の者には挨拶する時間があったとなると今日挨拶の必要があるのは私とアイリーンくらいだろう。

しかしアイリーンの姿は見当たらない。既に朝早く挨拶を終えたのだろうか。


「王宮筆頭側仕えのマストリサだ。昨日は失礼したね。野生動物が逃げ出したと報告があってね、対応せざるを得なかったのだ」


マストリサ侯爵はやや細身ではあるが肩幅も広く健康美に溢れ騎士としても通用しそうな紳士だ。白髪の混じる濃紺の髪を上品に後ろに流されて筆頭側仕えとして申し分ない洗練された着こなしをされている。


「王宮に野生動物ですか……。騎士ではなくマストリサ様が対応されたのですか?」

「ああ、騎士だけで対応できれば良かったのだが、扱いずらく大変貴重な動物のためコツが必要なんだよ。そう心配しなくても害はない。君も出くわすかも知れないが、その場で直ちに連絡することさえ忘れなければ、あとは自分が思った通りに対応してくれれば良い」

「かしこまりました。特徴などすぐにそれと判断できる情報を伺っても宜しいでしょうか」

「出会えば、わかる」


そういうと意味ありげにマストリサ様は口角を上げられた。

適格試験の一部なのかも知れない。そのままの意味の野生動物ではないのだろう。騎士として力がない私にも害がないというのだから。気にはなるが、出会ってからの対応しか求められていないのだから今の状況ではどうしようもない。

頭の隅にだけ置いておき、本日の業務指示を得るため、側仕えのミーティングが行われる部屋に向かった。


指示された位置に着くと向かい側にアイリーンがいた。距離がある為、微笑みだけで挨拶を交わす。その際のアイリーンの笑顔が気になった、優越感と期待感を含んだ表情というのだろうか……

とはいえ、アイリーンとは昨日初めて会ったばかりで王宮での同僚としての関係も今日から始まるのだから、表情の意味することなど検討がつかない。

今は仕事に集中すべきだと、業務指示に現れた筆頭側仕えのマストリサ侯爵に礼を取った。


初日は、先輩側仕えと見習いがペアになり、指示を受けながらの業務に当たった。

王宮の構造や一日の流れを頭に入れること。それが私達見習いに今日求められていることだ。二度教えられる事がないよう集中して業務に当たる。

集中していると時間の進みははやい。

アイリーンとは朝以降は会うことも無く、一日を終え帰宅した。

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