第40話 前世(むかし)は昔 3

「……王女様?」


 ラダが目を覚ますと紫色の瞳とかちあう。

 思わずそう聞いてしまい、笑われてしまった。


「アレシュ様ですね」


 どういう状況はまったく彼女は理解できなかったが、目の前に彼がいるだけで嬉しさが込み上げてくる。


「気が付いてよかった。本当に」

「すみません。というか、ここは?私はなんで……」


 体を起こして、ラダはやけに綺麗な部屋にいることに気が付いた。ベッドも家のよりもふかふかで柔らかい。


「とりあえず実家に連れてきたんだ」

「実家?!なんてこと、なんでまた」


 トンデモナイことを答えられ、ラダは徐々に思い出す。


「あの、あの人は?私はなんで」

「イオラは別の部屋にいる。ちょっと兄上と話をしている」

「イオラ。兄上?」


王太子ゾルターン様の今の名前はイオラ……だった。でもなんで、アレシュ様の兄上と話なんて。まさか処罰されるとか?だって、あれは)


「アレシュ様!あの人は何も悪くないです。あの人が私を殺そうとしたのも理解できますし」

「俺は理解できない。理解したくない。あなたが殺されるべきなら、俺もだ」

「あなたは違う!」

「違わない。今日は、覚悟を決めてきた。前世むかしの話をしましょう。ヤルミル」

「……王女様」


 ヤルミルと呼ばれ、ラダは背筋を伸ばした。そうしてアレシュを見つめ返す。

 

(死ぬことまで覚悟したんだ。そう、王女様の話を聞こう。結局、僕は彼女を悲しませて死んでしまった。笑顔でいてほしいと願ったのに、やったことは別だった)


「ヤルミル。私は、ウルシュアはあなたを初めて見た時に恋に落ちた」

「お、王女様?!」


 (今、なんて……)


 突然の告白にラダは驚いてまじまじとアレシュを見つめてしまった。すると彼の目元がほんのりと薔薇色にそまっていて、男性なのに妙な色気を覚えて目のやり場にこまってしまった。直接見るのは目の毒に思えてラダは視線を胸元に落とす。

 そんな彼女の気持ちなど気づく様子もなく、彼は言葉を続けた。



「あなたの銀色の瞳はとても綺麗で、ウルシュアは一目で好きになってしまった。城まで送ってくれるというあなたの申し出に、私は心を躍らせた。結局、別れてしまったけど、ウルシュアはあなたのことを忘れることはなかった」


(そんな……王女様も、僕と同じ気持ちだったんだ)


 ラダはヤルミルの気持ちに完全に同調していて、アレシュが目の前にいるのにウルシュアの幻影を見ていた。顔を上げると、ウルシュアに微笑まれている、そんな幻に囚われる。


「あなたが城に現れた時、嬉しかった。同時に連れてきたマクシムを恨んだ。あなたの力を借りようとしているのがわかったから。マクシムは私の傍についていた騎士で兄のような存在だったから、あなたのことを話してしまった。だから、サイハリに攻めたてられるのを知って、あなたを頼った」


(それは知ってる。マクシムが僕に話したから)


「私はあなたに頼ってはいけなかった。あなたを失った時、私も死にたかった。あなたと一緒に森に帰ればよかったかもしれない。ヤルミル。私はあなたを本当に好きだった。愛していた。だけど王女としての立場を選択してしまい、あなたを死に追いやった。それは償うべきこと」

「償いなんて必要ありません。僕はあなたが本当に好きで、隣国に渡したくなかったから戦った。本当は、死ぬまで戦わなくてもよかったのです。だけど僕は堪えられなかった。殺してしまった人のことを思うと。そして、あなたがマクシムと結ばれる、そう思うと生きているのが辛かった。だから精気をすべて精霊たちに捧げて、死を選んだ」

「ヤルミル……」


 ウルシュアの幻はまだそこにいて、紫色の瞳が濡れていて今にでも泣きそうな顔に見えた。


「生まれ変わった僕は、私は普通の人として生きるつもりだった。けど、あの人が現れて、それはだめだと気が付いた。私は償いをしないといけない」

「ヤルミル……。ラダ。あの戦争は過去のことなんだ。私は、ウルシュアはマクシムと共にサイハリの復興に力を尽くした。犠牲は大きかったが、救われた命もあったんだ。悪政からあなたは民を救ったんだ」

「でも多くの人を殺しました。この手で」

「それは私の、俺のためだ」

「……僕のためです。僕はあなたの英雄になりたかった。だから」

「ヤルミル。あなたは私の英雄です。森で救ってくれた時から。ウルシュアにとって、ヤルミルはずっと英雄だったんだ。だからお願いだ。もう苦しまないで。前世かこはもう終わったことなんだ」


 ウルシュアの幻が消えて、現れたのはアレシュだった。


「アレシュ様……」

「ラダ。前世むかしは昔なんだ。今のこの時を精一杯生きよう。だけど、忘れないで。ウルシュアは本当にヤルミルを愛していたんだ。この気持ちだけは忘れないで」

「……はい」


 それ以外にどう返事をしていいかわからず、ラダは頷く。

 様々な気持ちが込み上げてきて、涙が溢れ出てきた。


「ア、アレシュ様?」

「今、この時だけ抱きしめさせて」



 ウルシュアとは異なる低い声、逞しい腕、厚い胸板。

 それはどれもラダに、今を感じさせる。

 父以外の男性に抱きしめられるなんて初めてのことで、恥ずかしい思いが込み上げてきたが、アレシュの腕の中はとても温かくて、ラダはその暖かさに浸って泣き続けた。

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