第10話 あの騎士の名前


 紳士はお店が忙しいだろうからと、お礼をしようとするラダ達に手を振って店を出て行ってしまった。

 いつか何かの形でお礼をしようと家族で言い合い、お昼の繁盛時を終え、家族で遅めの昼食を取る。


「どうしたんだい?」

「なんでもない」


 母の問いにラダは首を横に振った。


 彼女は助けてくれた紳士の顔に見覚えがあった。


(あの騎士の名前は確か、マクシム・ベルカ……。似ている)


「ラダ。本当にどうしたんだい?最近様子がおかしいし、何かあったら話してくれないかい?」

「そうだよ。ラダ。お父さんもお母さんも何があってもお前の味方なんだから」


 二人は神妙にラダに語り掛けてくる。

 突飛な行動、言葉が多いラダをかなり受け入れてくれている両親だが、やはりここ二日突然庭に現れたりする行動を不思議がっている様子だった。それは悪い意味ではなく、心配しているという気持ちが含まれていることを、ラダはわかっている。


(だけど、前世があのヤルミルとか、精霊と話せるとか、信じてくれるわけがない。信じてくれたとして、態度が変わってしまったら?)


 ヤルミルは悲劇の青年と讃えられるが、その力に関しては恐れを抱いているものも多い。

 

(お父さんも、お母さんも、私の力を知って嫌ったりはしないだろうけど……)


 両親の態度が変わることは避けたいと、彼女はやはり話せないと再度心に決める。


「本当になんでもないの。ちょっと疲れているだけ」

「そうかい?だったら、午後から上にいって休んだらどうだい」

「ラダ。そうしなさい。店は父さんと母さん二人で大丈夫だから」

「でも……」

「心配ないよ。看板娘がどうしたんだいって聞かれるだろうけど。そことなく伝えておくからさ」

「そうそう。まあ、ラダのことを見れなくて残念がる奴もいるだろうけど知ったことじゃないからな」

「父さん、そんなこと言っているとラダがお嫁にいけなくなっちゃうじゃないか」

「母さん、可愛いラダはまだ十五歳だ。そんな奴らは蹴散らしてしまったほうがいい」

「父さん、母さん。なんで、そんな。いないからそんな人」

「ラダは知らないんだよ。まったくあいつらに辛子たっぷりの料理を食わせてやりたいものだ」


 ラダの父は急に思い出したように立ち上がり、辛子を取りに行く勢いだ。


「お父さん。わかったから。とりあえず今日は大人しく上で休むね。お父さんもお店で暴れないように。お母さん、よろしくね」

「わかってるよ。そうは言っても大事なお客さんだ。辛子たっぷりの料理なんて出されたら大変だ」


 母が宥める様にその背中をさすり、父は再び席に座り直す。


「ラダ。片付けなんてしなくていいから。そのまま部屋に戻るといいよ。母さんがやっておくから」

「うん。ありがとう。明日は元気に頑張るから」

「無理はしなくていいからね」

「そうだぞ」

「うん。ありがとう」


 洗い場に持って行きかけた食器をテーブルに置き、彼女は部屋に戻った。


『ラダ。なんで止めたんだ!あんな奴、火炙りにしてやったのに』

『ソレ、ダメ。店まで燃えちゃうゾ。氷漬けがイイ』


 部屋に入った途端、声が聞こえてきた。

 狭い空間なので、実体化などしてなくて声だけなのだが、ラダはどっと疲れる。


「火の精霊も、水の精霊も。余計なことしたら駄目だからね。今度は、私、人を殺したくないんだ。だから、絶対駄目だから。お願いね」

『殺さないよ。ちょっと脅かすだけだよ』

『そうダヨ。チョット凍らせるだけで、後で元に戻すカラ』

「それでも駄目。わかった?」

『ちぇ』

『わかったヨ』


 火と水の精霊は気分を壊したようで、そう言ったきり何も言わなくなった。恐らくどこかに行ってしまったのだろうと、ラダは息を吐くとベッドに身を投げ出す。


 ふと浮かんでくるのは、あの紳士の顔だ。

 あの騎士マクシム・ベルカに似ている。体格はマクシムと異なり少し華奢な印象だったが、顔の作りが似ていた。


(マクシムの生まれ変わりがあの人とか?それともマクシムの子孫とか?)


 どちらにしても関わりたくないと目を閉じる。

 助けてもらったのだからお礼はすべきだと思っていた。

 けれども正直二度と会いたくないという感情が先に来ていた。


「……マクシムは、王女様を愛していた。そして王女様も……」


 二人が並ぶとお似合いで、皆が祝福していた。

 

「僕はお邪魔虫だったんだ。それでも……」


 思考がヤルミルの物に変わっていく。


『ラダ!』


 落ちていく感覚から、ラダは我に返る。


『空の散歩をしようよ!』


 それは風の精霊で、いつのまにか窓が開けられ、風が入り込んでいた。

 滅多に形をとらない風の精霊が少年の姿に変化する。

 何もかも透明だが、手と分かるものを彼女に差しだしていた。


『大丈夫。精気なんてとらないから。暇なんだよね。付き合って』

「それじゃあ」


 このまま部屋にいても気分が落ち込んだままだ。

 それならばと、彼女は体を起こすとその手を取った。


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