第9話 金髪碧眼の紳士
「よかったっすね。アレシュ様。でもよかったんすか?」
トウモロコシを食べ終え、今度はソーセージをむしゃむしゃしながら、ホンザが聞いてくる。
師匠のデニスが見たら、きっと庭バサミで髪を切り取られるくらいの無作法ぶりなのだが、アレシュは全く気にしなかった。
「今はな。ちょっと心の準備も必要だし」
少女の姿は消えたが店の主人から彼女の事を聞き出し、彼はラダの名前と店の場所の情報を得た。
突然現れた美青年にお得意様の事を聞かれ、最初は戸惑っていたが店主だが、隣のホンザから話を明かされ、それならばと店の名前と住所まで教えてしまった。
「でも、あんな話よく思いついたな」
「アレシュ様の美貌があってこそっすよ」
「美貌とか……恥ずかしいことをいうな」
アレシュは前世によく似た自身の容貌が好きではない。美しいと言われるたびに寒気が覚えるくらいだ。
前世でもやたらめったら褒められた。
――君はとても綺麗だね。友達の精霊たちよりずっと綺麗だよ。
ヤルミルにも褒められたことがあった。
他の者は彼の銀色の瞳を怖がっていたが、王女ウルシュア――アレシュからしたら彼の瞳のほうが美しかった。
「まあ、ラダちゃんでしたっけ。いい子みたいっすね。性悪な子だったら店主が信じてくれなかったっすからね」
ホンザの話とは、ラダが彼の落とした財布を拾って渡してくれたおかげで、彼の弟アレシュがお店に売られないで済んだという作り話なのだが、よくよく考えればアレシュにとっては不名誉な話だ。
恐らく庭師のデニスがこのでっち上げた話を聞いたならば、ホンザは庭の木に括りつけらえることになるだろう。
彼自身も自覚しているので、アレシュにはもちろん口止めはしている。
「ホンザは、聞かないんだな。俺がなぜ彼女を探しているのか」
「うーん。まあ、気になるところっすけど。言いたかったらすでに話してくれてるでしょうしね。まあ、何か行き詰まったら相談に乗りまっす!」
ホンダはへらへら笑いながらそう答え、ソーセージにまたかぶりついた。
ヤルミルの生まれ変わりかもしれない少女の名前と居場所を掴んだ。
けれども、いざ会う段階になるとアレシュは躊躇していた。
最初の出会い、ヤルミルと呼んでしまった時の、彼女の動揺を覚えている。そうして自身の顔を認識した時の表情は……。
「怖がられている?」
「アレシュ様?」
「なんでもない」
思わず口に出してしまい、彼は苦笑する。
ヤルミルは、自分――王女ウルシュアのために死んだ。
償いをしたいと思っているが、怖がられているなら、会わないほうがいいかもしれない。
昨日、今日と忽然と消えてしまった彼女。
それは拒絶の意味を表しているようで、アレシュは一歩を踏み出せないでいた。
☆
「おい。先に俺に寄こせ」
目つきの悪い、しかし身なりは騎士の男がラダの腕を掴む。
思わず手に持っているお盆を料理ごと落としそうになったが、彼女はどうにか耐えた。
『ラダ!こいつ吹き飛ばしていい?』
風の精霊がすかさず聞いてくるがラダは首を横に振った。
「なんだ、その態度は?俺の方が急いでいるから、先にいただくだけだ。支払いは少し弾んでやる」
彼女の態度は男の申し出を断ったものと勘違いされている。けれども元々から了承するつもりはなかったので、彼女は自力で男の腕から逃れ、注文通り別のお客へ料理を運んだ。
「おい。娘!聞いているのか?」
「お客様は先ほど注文されたばかりです。すぐに出来上がるのでお待ち下さい」
ラダは自分よりもかなり大きな粗暴な男に向かって、丁寧に返した。
料理を運ぶ優先順位はその注文の順番だ。
ラダの父はそれをモットーに商売しており、通い詰めているお客にとっては常識となっている。けれども、この男は今日初めての客、しかも騎士という身分を過信しているようだった。元々騎士に良い印象を頂いていないラダは、丁寧な口調を心掛けながら視線はかなり冷たい。
「待てねぇっていってるんだよ!この生意気な娘が!」
「ラダ!」
騒ぎを聞きつけてラダの父も母も厨房から出てきていた。
「お客様。その子の言う通りでございます。席に戻ってもう少々お待ちください」
「もう少々ってどれくらいなんだよ!」
ラダの父が説明するが、男が聞き入れない。
料理人がこうして出てきているのだから、それで注文がますます遅れることを全く考えもせず、ただ自分の感情をむき出しにしていた。
『オレッチ、我慢できねぇ!』
『ココはオイラが!』
火、水の精霊の声が同時に聞こえて、ラダは必死で止める。
「駄目!」
それぞれの舌打ちが聞こえたが、力を出すのはやめたようで、彼女は安堵した。
「何だ。娘?駄目って、どういう意味だ?」
「えっと、いやあのですね」
「お客様。娘に乱暴をするのはやめてください」
男から庇うようにラダの前に父が立つ。怯えながらも背中を伸ばし、男を睨みつけた。
「この!」
「いい加減にしませんか」
険悪な雰囲気が流れる中、身なりのよい紳士が声を上げた。父の背中越しに紳士の顔を見て、驚愕のあまり父の服を掴む。
「騎士ともあろうものがあり得ない醜態ですね。あなたは、確か第五分隊の騎士ではなかったですか?」
「な、なんでそれを!」
「さあ。上司に言いつけますよ。大人しく戻ったらどうですか?」
「くう。覚えておけよ!」
男は悔し紛れの捨て台詞を言うと店を荒々しく出て行く。
「ありがとうございました!」
「いえいえ、とんでもないですよ」
紳士は金髪碧眼で年齢は二十代前半くらい。男には刺すような視線をむけていたが、ラダや両親には優しく微笑みかけていた。
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