第3章 SERIKA

3ー0

─広島県・呉市


 かつて、古くは日本海軍、数年前までは海上自衛隊呉基地となっていた歴史と由緒ある軍港に、一隻の艦船が停泊していた。それはまるで、小さめの島であり、人呼んで『動く要塞』。全長四百メートルのその鋼の塊は名を航空母艦・香山かやま


「艦長、幹です」


 香山の艦長室ドアをノックしたのは、白い軍服に身を包んだ40代ほどの男。この艦の副艦長、幹 霞みき かすみ中佐。


「入りたまえ」


 ドアの向こうから聞こえたのは女性の声だった。


「失礼します」


 霞が入室し、執務机に鎮座していた50代前半くらいの女性に近付くと、彼女は椅子から立った。それに伴い霞は敬礼する。脱帽状態なので、挙手ではなく、上半身を前方に傾ける『御辞儀』に似た動作だ。女性も同じ様に答礼すると、再び席に座る。


「お呼びですか?瀬田艦長」


 霞の問いに対し、空母香山艦長─瀬田祥子せた しょうこ大佐はフラットファイルに綴じられた紙束を手渡す。


「先ほど、国防省から届いたものだ。先日、静岡に二度現れたエゲツナー帝国、及びその際に現れた所属不明機体についてだ」


 祥子の説明を聞きながら、霞はファイルを閲覧する。


「何と…」


 あまりの情報量と突拍子の無さに、霞はそう漏らすしかなかった。


 曰く、静岡に現れたのはエゲツナー帝国の軍勢に間違いない事。その際、迎撃に当たった駿河基地部隊は壊滅的打撃を受けるも幸いにして死傷者を出さなかった事、そして…


「駿河基地の整備兵が予備保管していたメタルディフェンサー乙型で出撃し、エゲツナーロボ数機を撃墜……?」


 国防軍の主力MMSメタルディフェンサーシリーズは今や丙型が主流であり、更に後継機である丁型すら開発中である。旧型機である乙型は数える程しか残っておらず、そんなオンボロでエゲツナーロボを倒せる者など、この世にただ一人。


「……その後、エゲツナー帝国とは別勢力の四機が異世界より出現、その内の黒いMMSの様な人型ロボットに先の乙型パイロットが搭乗し異世界の人間たちと協力の上、現れたエゲツナー帝国機を殲滅……」


 霞は更にページを捲る。そこには先ほどの四機が合体した姿の巨大ロボットの写真すら載っている。まるで小学生男児が考えた様な、若しくはそんな子供を対象に作られたテレビアニメの様な『合体メカ』だった。


「滅茶苦茶だろう?」


 祥子が霞に問う。


「エゲツナー帝国の再来にヒーローロボット……?冗談の様な話ですな……」


 霞は捲った次のページに記載された文を読むと、薄々気が付いていた事実を目の当たりにした。


 国防陸軍大尉 来満英雄

 異世界人協力者

  ユリーナ・ライマン

  夏姫・ライマン

  来満えつ子

  セリカ・ライマン

 以上五名及び四機を貴艦への転属とする。

         日本国防大臣 棚馳浩至たなはせひろし


「来満英雄……彼なら無茶苦茶も納得ですよ。何せ男ですから」


 霞はフラットファイルを閉じると、両手で祥子へと返却する。


「エゲツナー帝国の奴らも我々も、彼にはとことん縁があるようだな」


 祥子は左手で受け取ったフラットファイルの巻末を眺める。そこには英雄と娘達、計五人の顔写真が印刷されている。皆、顔が強ばっている中で狐耳を生やした少女のみ緊張感の無い笑顔をしているのがやたら目に付いた。


「……歓迎してやろうじゃあないか。我々なりのやり方でな!」


 祥子は不敵な笑みを浮かべる。


「(艦長、またよからぬ事を考えてますな…?)」


 そう思った霞の顔も心配ではなく笑みを帯びていた。


 空母香山……国防軍最強の艦船にして、最凶の乗組員クルー達で構成された集団である。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る