2ー⑥

─駿河湾


 英雄たちが浜まで到達すると、 駿河湾沖上空に開いた次元穴からはエゲツナー帝国戦艦が姿を現そうとしていた。 昨日、ホアホーマ将軍が搭乗していたものとは色や形状が異なるが、巨体過ぎるが故に穴から出てくるまでに四苦八苦する様子は変わらな かった。


「奴ら、 昨日と同じ失敗をするつもりでござるか?」


 えつ子が言う。 次元穴から転移させる物体は質量が大きくなるほど転移に時間とエネルギー消費を要するらしく、 昨日のエゲツナー戦艦がその隙を突かれて幻舞の最大火力武装であるブ ラックマンバを被弾させられ、撤退したのは記憶に新しい。


「罠かもしれませんわね…」


 ユリーナが心配そうに言った。それには英雄も同意だ。奴らが同じ過ちをするとは思えない。


「しかし、アレに近づく前に穴から出ちゃったらこっちが不利だよ。 飛べる皆はいいけど、ライゲルはここから先へは行けないんだ」


 シアの言う事も、もっともだ。 亜音速で飛行可能なケツァールでもエゲツナー戦艦に接近するまで多少の時間はかかる。 更に幻舞を搭載している状態ではスピードが落ちる。飛行不可能且つ水中戦が不得手なライゲルを欠いた戦力で戦艦を相手にするのも不利である。


「ここから撃っても有効な攻撃手段はブラックマンバだけですよ」


 セリカの言う通り、現在の英雄たちの武装で遠距離攻撃が可能なのは、ドラガォンのミサイル『カンディール』とレールガン 『エレクトロポルス』、ライゲルの『ライゲルキャノン』、 そして幻舞の『ブラックマンバ』のみであり、射程距離・威力ともに戦艦にダメージを与えられそうなのはブラックマンバだけだ。


「よし、ここからブラックマンパを撃ち込もう」


 英雄は、あらゆる要素を総合的に判断し、 そう決めた。


「はい。……でも、 ブラックマンバは1回撃つとしばらく使えませんよ?」


 英雄はセリカから既に説明を受けていたが、彼女が言うにはブラックマンバはその高威力が故に砲身がエゲツニウムの衝撃に耐えられないらしく、発射後は約1時間の冷却期間を置かずに使用すれば破損するとの事なのだ。


「因みに、今の地球の技術と資材で壊れた砲身を直すのはほぼ不可能だよ」


  と、シアも警告する。


「......それでも、アレが穴から出てくるのを指咥えて待ってるわけにはいかない。守る為に攻めるぞ!」


 英雄が命じると、娘たちは口々に了解と返答し、更にセリカは幻舞にブラックマンバの使用を告げる。 セリカの声に応えた幻舞は砲身を肩に担ぐと、背部のエゲツニウム炉から銃身へとエネルギーを注いでゆく。


「えつ子、かなり反動が来るぞ。 気を付けろよ」


 英雄は幻舞の足場となっているケツァールのコクピットに座るえつ子に伝える。 地球人と比べ物にならない耐久力を持つ獣人の体でも、不意にあの威力を食らえば舌を噛むくらいの事になりかねない。


「了解でござる!」


 えつ子の返答を聞くと、英雄は幻舞の指を動かし、引き金を引かせた。


「行けえっ!ブラックマンバ!!」


 英雄が叫ぶと、砲身から射出された紫色のビームは敵戦艦めがけて真っすぐに進んでゆく。


『そうはいきませんよ?』


 突如、 英雄と娘達の乗る機体に音声通信が入ると、同時に海面から巨大な水柱が上がる。 そして、海面から無数のエゲツナーロボ達が飛び出した。


「海の中から!?」


 シアが驚くのも束の間、 ブラックマンバから放たれたビームは水柱を貫通し、威力の落ちた状態でその射線以上にいたエゲツナーロボに当たると、大爆発を起こして消えた。


「しまった!奴ら、先にロボを送り込んで待ち伏せてやがったんだ!!」


 英雄は敵の策に嵌まり、判断を誤った事に気付いた。エゲツナー帝国は海上と海底のそれぞれに次元穴を開き、海底側からエゲツナーロボを待機させていたのだ。


『その通りですよ。私がホアホーマさんと同じ失態をすると思いましたか?ヒデオ・クルミ!』


 無線機からは慇懃無礼な音声が流れる。


「相変わらず嫌らしい声と喋り方だな、ミスター・ベーター」


 通信の主はエゲツナー帝国の大幹部・ベーター丞相。 知略に長け、先の大戦でも地球人類側の軍隊は散々苦しめられた。


『覚えていて下さって何よりですよ。我々も貴方の憎たらしい顔と声を一時ひとときも忘れた事はありませんのでね!』


 音声とともにエゲツナー戦艦ブリッジ内に鎮座するベーターの様子が映像で映し出された。


「これが...」


「奴らの姿でござるか・・・?」


 ユリーナとえつ子は映像に映るベーターと、ブリッジ内にいたエゲツナー人達の姿を見て言った。


「フフフ・・・お嬢さんがたは我々の姿を見るのは初めてですか? この黄金の瞳と紫色の頭髪は我ら誇り高きエゲツナー人の証!!」


 ベーターは己の言葉に陶酔しながら声高らかに言う。


「今日でこの『地球』は偉大なるウンババ大帝のものとなるのです!その為には貴様達には死んでいただきますよ?そして、 そこの黒いロボット!」


 ベーターが画面越しに指さしたのは幻舞の事だろう。


「どういうわけか、エゲツニウムを使っているみたいですが、 それは貴様らのような薄汚い蛮族が使っていいモノではありません。その 醜い姿を跡形も無く破壊し、エゲツニウムを盗用した愚行を地獄の果てまで後悔させてあげましょう!!」


 ベーターの言葉にセリカは唇を噛み、眉間に皺を寄せる。 母が造り、父が命と引き換えに守った機体を愚弄されたのだ。普段は大人しい彼女も我慢の限界だ。


「・・・・・うるせえぞ」


 口を開いたのはセリカではなく英雄。


「三年前、その蛮族に負けて逃げ帰ったのはどこのどいつだ、ああ!?ムラサキオカマ!!」


 英雄は紫色の長髪に、男性でありながら化粧まで施されたベーターの顔を揶揄して言い放つ。


「今回の戦いも俺たちの勝ちだ!何故なら今の俺には、異世界の娘たちと、その希望を乗せたマシンがある!てめえらがどんだけパワーアップしようが、俺たちの敵じゃねえ!後悔するんはてめえらじゃこんダラズボケェ!!」


 ヒートアップした英雄の言葉は後半に訛りが混じった。


「ダラズって何でござるか?」


 えつ子が言う。


「『バカ』って意味だよ」


 と、セリカが説明する。


「セリカさん、なぜ知ってますの?」


 と、ユリーナ。英雄の罵倒と、娘達の会話にベーターは激高し、部下に攻撃を命じる。すると、空中で静止していた無人機達は一斉に動き出した。


「みんな、やるぞ!」


 英雄の合図に続いて娘たちは了解!と答え、各々の機体を動かし始めた。

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