2ー①
英雄の夢は起床ラッパの音で終わらされた。そして、どんな夢を見ていたか思い出せない。かろうじて覚えている事は、その夢に自分はおらず、セリカがいた事。
昨日の戦いで損壊したメタルディフェンサー乙型とともに、異世界の娘たちとその乗機たるメカ4機を帯同して駿河基地に帰還した英雄は、状況説明に多大な時間を取られ、更に今後のエゲツナー帝国襲来に備え、3年ぶりに基地へ泊まり込む事になった。急きょ拵えられた独身寮の空き部屋は、布団と着替え以外何も無い殺風景な空間だった。ああ、自宅アパートに残された水槽の中のアピストグラマ達は元気だろうか。そんな事を考えながら、英雄は重い体を無理矢理動かして制服に着替え始める。なにせ3年ぶりに実戦を行い、しかも異世界文明のハチャメチャなロボットで荒唐無稽の死闘を演じたのだ。精神的・肉体的に相当な反動が押し寄せている。
「いかん。 せめて湿布くらいはもらって来よう」
色んな場所でしこたま打ち付け、至る箇所が打撲した体で英雄は医務室へと向か った。
リノリウムの床をキュッキュと革靴が音を立て、英雄は隊舎内の医務室へと近づいた。
すると、医務室からは若いMMS乗り2名が軍人らしからぬだらけた笑顔で話しながら退室してくるのが目についた。
「お前たち、何て顔してるんだ。というか怪我は大丈夫なのか?」
昨日のエゲツナーロボ達との戦いで、国防軍のMMS 部隊は手ひどい被害を被った。死傷者こそ出なかったものの、戦闘に参加した隊員たちは手ひどい怪我を負っているはすである。
「おはようございます、来満大尉!大尉の知人のあの娘のお陰でバッチリ完治ですよ!!」
と、パイロットAは両腕を振り回してみせる。
「いやあ羨ましい限りですよ!美人でこんな力を持ってる子がお知り合いだなんて」
言い終わると、隊員達は敬礼してそのまま去っていった。 英雄は二人が何の事を言っているのかよく解らないまま、 医務室の扉を開けた。
「あら、おじ様。 お目覚めになりまして?」
英雄に声を掛けたのは、昨日現れた娘たちの一人、ユリーナだった。 先日は元居た世界の民族衣装の様な服装だったが、今は白いTシャツにカーキ色のカーゴパンツと いう出で立ちだった。軍の備品を借りたのだろう。そんな格好でも、綺麗な金髪と白い肌に青い瞳、そして尖った耳の妖艶な異彩は健在だ。
「何してるんだ?」
英雄が問う。 ユリーナは椅子に座る女性隊員の鎖骨に掌を添えると、その掌から青白い光が微かに現れた。
「治療ですわ。こちらの隊舎に泊めていただいたのですから、何かお返しをしなくては なりません」
ユリーナが掌を離すと、女性隊員は鎖骨に自らの手を当て骨の具合を確認した 。
「痛くない……治ってる!!」
女性隊員は折れたはずの右鎖骨を、信じられないという表情でさすり、ユリーナに深々と頭を下げ、感謝を伝え部屋を後にした。
「いやはや凄いもんですな、魔法というのは、完治に数か月は懸かる骨折や筋断裂すら一瞬で治してしまうのですから」
ユリーナの傍に座っていた初老の軍医が言う。
「ふふふ。 でも、先生が怪我や病気の箇所を特定してくれたから効率よく治せたのですわ」
ユリーナはにこりと微笑むと、 英雄に目の前の丸椅子に座るように促した。 英雄がユリーナ達に相対するように座ると、軍医がまず触診する。 そして、指示された箇所にユリーナが掌から溢れ出す魔力を押し当てる。 すると、 内出血していた筋組織が体内で高速再生してゆく妙な感触が感じられた。左前腕にユリーナの掌が移動する。 そこは摩擦で擦り剥けた肌だが、魔法の光が当たるや傷口が塞がり真新しい皮膚に替わる様子を視認出来た。身体の代謝を強制的に加速させているのだろうか。だとすれば代謝に必要な栄養はどこから……等と考えたが、 科学では説明がつかないから魔法や奇跡なのだろう。英雄は無理矢理納得するしかなかった。
「本当にすごいな……君のいた世界では当たり前の事なのか?」
魔法を使うエルフの少女。そう聞くとまるでゲームや小説に登場する空想上の人物だ。しかし、 その幻想の住人が眼前にいる。 少年時代から
て、彼女の故郷は実に興味深い対象だった。
「全ての人達が魔法を使えるわけではありませんし、 この世界には魔法より便利なものが沢山あって、わたくしはそちらの方が素敵だと思いましたわ。『でんしれんじ』や『ぱそこん』なんて特に 」
英雄は治療中、ユリーナに彼女の故郷・アラパイムについて沢山尋ねた。 曰く、竜が飛び、妖精が舞い、剣と魔法により治められている世界なのだとか。
「おじ様の背中、お父様にそっくりですわ」
ユリーナが英雄の背骨を治しながら言った。彼女の父ーアラパイムにおける英雄は、名をヒーロ・ライマンといい、かつてアラパイムには魔獣達を率い世界の支配を企んだ巨悪がおり、ヒーロ・ライマンはそれを討ち、世界に平和をもたらしたのだという。 まるで魔王を倒した勇者だ、と英雄は思った。並行世界の自分自身が、かつて架空の物語で自らを投影していた勇者と同じ境遇だった。何とも奇妙な話であろうか。
そうこうしている間にユリーナの魔法による治療は終わり、英雄の全身から傷と痛みは消え去った。
「如何に無敵の『メサイア』 とはいえ、おじ様も生身の生物ですもの。 怪我もするのですから無理はなさらないでくださいね」
ユリーナは柔和な表情を少し厳しくし、 英雄に言った。
「ああ。 すまない。……ところで、その『メサイア』ってのは何なんだ?」
英雄はユリーナに問う。 昨日、 シアが少しだけ説明したその名称は、曰く並行宇宙に おける英雄と同じ存在である……という事なのだが、詳しいことがよく解っていない。
「それはですね……」
ユリーナが口を開き、語ろうとしたが、
「大尉どの! 後がつかえております!!」
「ユリーナさんを独占するのはいけませんぞー!」
英雄の後ろには怪我の治療に来た隊員達が長蛇の列を成していた。
「悪い!…ありがとう、ユリーナ。その話はまた今度だ」
椅子から立ち上がると、 英雄はその場を去ろうとする。 すると、ユリーナは英雄を呼 び止めた。
「この話でしたら、たぶんシアさんが一番知っていると思いますので、 彼女に聞くとよろしいでしょう。 せいびどっぐ ? なる所にいるはずですわ」
英雄はユリーナの言う通り整備ドックのある格納庫に向かう。 というよりも、英雄が本来行くべき職場がそこなのだ。
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