イラストレーターのぼくはコーヒーチェーンのお姉さんに恋をする。した。

爪木庸平

第1話

「あー今日まじむりっす もう手うごかせる感じしない」送信。

「カフェ行こ。チェーンの安心感ってあるよな」送信。

 おっマサさんいいねつけてくれた。この人いっつもいるなー。仕事とか何してるんだろう。

 フリーランスでやっていくメリットの一つは、ネガティブな投稿をしても人事評価や人間関係に響かないことだろう。取引先は投稿をチェックしているらしいが、メンヘラ系には寛容で、炎上しそうな発言や自殺・自傷行為が見られなければ全面的にスルーしてくれる。会社勤めをしている友人らに話を聞くとこうはいかないらしい。鍵垢やクローズドなサーバーで表現を濁しながら投稿しなければならない友人らより、ずいぶん気楽な身分だと思う。

 まとまった収入が入った時に家の作業環境をこだわりぬいて構築したので、正直出先のカフェよりも家にいる方が作業は捗る。カフェに行く理由は、気分転換のスイッチを入れるためだ

 ……いや最近もう一つ理由ができた。ぼくはカフェのお姉さんに会いに行っている。

 正直キモいと思う。コーヒーの受け渡し以外で会話したことのないお姉さんに一目惚れしたのは。落ち着いた振る舞いと丁寧な話し方からお姉さんと心の中で呼んでいるが、もしかしたら年下かもしれない。なにもわからないまま、好きだと思う。

「いらっしゃいませ。こんにちは。店内でご利用ですか?」

「店内でお願いします」

「ご注文お決まりでしょうか?」

「ラテのスモールで。ホットで」

「かしこまりました」

 支払いをする。

「ありがとうございました。あちらのカウンターに並んでお待ちください。次のお客さまどうぞ」

 カウンターでラテを受け取る。席を探す。

 カウンター内の店員が作業している様子が見える位置に陣取る。お姉さんの所作を定点から観測する。好きだ、と言っても店内でハキハキと動き回ってる姿が好きなのであって、彼女が店の外でどう生きているかを知る必要はない。

 彼女の生き方、それは知り得ない。それはぼくの妄想の世界で補完される。

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