番外編:幼馴染みはVtuber

 高校二年生の夏休み。

 それはきっと充実した物になるんだろうな……そんな事を思ったのは今から約一年前の夏。

 海に行ったり、彼氏を作ったり、友達とキャンプしたり、この年齢では言うのは恥ずかしいけどよくあるライトノベルみたいな運命的な出会いが待っていたり……と、そんな事を妄想していたが、現実は非情であり学年が上がったからといって何か変化があるという事はなかったのだ。


 ただ今私の前にある現実は、夏休みの補習という地獄だけで何も楽しいことはない。

 いや分かってはいるのだ。遊んでばかりで勉強を疎かにした私が悪いということは……でもあれだよね、仕方ないじゃん? だって高二なんて遊んでなんぼみたいなとこあるし――――と、私こと加茂葛葉かもくずはは思うのです。


「で、そこの所どう思うかすみん?」

「その渾名は止めてって言ってるでしょ葛葉――結局何が言いたいのかしら」

「いやあれなの、こんな地獄みたいな補習はやめてパーッと遊びに行こうぜ! ってやつだよ」

「…………それが付き合ってあげてる幼馴染み対する態度? 帰るわよ私」

「あ、待ってそれは待ってお高いアイス奢ったじゃん! ……あ、さてはあれだね? ケーキも追加で! みたいな感じだね! もぉ、最初から言ってよこの卑しんぼうめっ」

「――帰るわ」

「いやごめん謝るから待ってよ、ウェイトウェイトそしてステイ」


 渾身のお巫山戯はどうやら幼馴染みには通用しなかったようで、彼女はそのまま鞄を持って教室から出て行こうとしてしまった。流石にそれだと私は死ぬと思ったので、全力で彼女の腕を掴んで椅子に座らせる。


「おーけー霞? 私ピンチ、補習ヤバくてガチ瀕死――十年の付き合いがある幼馴染みを助けると思ってさ? せめて最後まで助けようぜ? そしたらみんなハッピーよ」

「それ私に良いことないわよね……」


 心底疲れた様子で、そうツッコむ私の愛しい幼馴染み。

 今の様子だと、確かにかすみんにはメリットがなく見えるだろう。

 ふふふ、だけど甘いよ。多分パキスタンのグラブジャムンにオリゴ糖と蜂蜜を流し込んだ時より甘い、だって貴方を買収するのは私の特技だから。

 そんな事を私は思いながら、ふっふっふとラスボスみたいに笑い横にかけてある鞄から二枚のチケットを取り出した。


「控えよかすみん、これが目に入らぬか!」


 私が取り出したのは今をときめく巫女系アイドルのサマーライブチケット。

 それは私が用意できる最高峰の彼女に対する切り札。昔の英雄達が出てくる作品的に言えば、彼女に対する特攻付きの宝具。


「…………で、何が分からないのかしら? 教えるから早く終わらせるわよ」

「え、あの流石に早くない? あと乗ってよ、私がやばい奴みたいじゃん」

「それは昔からよ、今更気にする必要ないでしょ? それよりよく当たったわね、倍率大変な事になってたのに」


 急かしてくる幼馴染みに頬を膨らませながら抗議したが無情にもそう返されて、私が分からない部分を丁寧に説明してくれた。いつも何だかんだ真剣に手伝ってくれる彼女だが、今だけはやる気が段違い。背後に修羅すら見える覇気で、私に勉強を教えてくれる。


「そういえばさー、今日二期生の酒猫さんとコラボするんでしょ何やるとか決まってるの?」


 今は私達の貸し切り状態みたいになっている場所で、一通り出された課題を終わらせた私はペンを回しながらそんな事をきいてみた。

 

「決まってないわね、内容的には何かゲームで戦うらしいのだけど私は聞かされてないわ」

「対戦ゲームって……かすみん大丈夫? 昔一緒にやったレースゲームでずっと逆走してたけど」

「流石にもうそんなプレイはしないわよ、今はダートに飛び込むぐらいね」

「それを克服すればもう敵なしじゃん!」


 大体何でも出来るのに何故かゲームだと弱くなる幼馴染みは、帰る支度をしながらそう答えてくれて、その返答にいつも通りだなぁとそんな感想を私は持った。そのまま自分も鞄を持って、今やった課題を先生の所に持って行くことに……。


「そうだ葛葉、私ちょっと弓道部に忘れ物取ってくるわ」

「あ、おっけー! じゃあ購買で合流ね」


 提出する直前、用事を思い出したのか幼馴染みは所属している部活に向かうことにしたようだ。

 結構大事な物なのか、少し急ぎ足で向かう彼女を見送りながら職員室に向かうことにしたのだが、それだけではつまらないのであまり人のいない校舎を探索しながら進んでいくことにした。


「あ、そういえば期末テストの結果見てなかったじゃん」


 色々見ながら歩いていると、まだ学校の掲示板に貼られている期末テストの結果が目に入った。

 学年別のそれには一位の場所に私の幼馴染みである蘆屋霞の名前が堂々と載っていて、それに鼻が高くなりながらも下の方にあった自分の順位を見て心が死んだ。


「くっ思わぬ伏兵が――いや、自分の順位なんだけどさ、下から数えて三十位はやばいくない?」


 そんな事を呟きながら夏の校舎を探索し終えて、私は職員室にいる担任の先生に課題を提出し幼馴染みが待っているだろう購買へと向かう。

 一階にある食堂に着いてみるとそこはやっぱりガラガラで、周りを見渡せば端っこの席の方に近寄り難い雰囲気の霞がいた。


「はいはい、私さん参上ですよ。かすみんかすみん帰ろうぜ」

「そうね、用事もあるし少し急いで帰りましょ?」


 その後は彼女の日課であるパトロールに付き合いながらも、霞の実家である神社に足を運び途中で買ってきたケーキなどを食べることにした。

 私はもう親に寄っていくと伝えておいたし結構遊んでも問題なし。まあでも流石にコラボの時間が来たら邪魔しちゃ悪いし帰るけどね。


「そうだ葛葉テレビ見るかしら?」

「あ、みるみるー今何やってたっけ?」

「えーっと、今はアレ……丁度白銀妲己しろがねだっきさんのインタビューのようね、今度のライブのプロモーションかしら?」


 テレビを付けてみれば、そこに映るのは銀髪の超絶美少女。

 彼女の公式設定曰く、今は二十四歳ぐらいらしいが……どうみても高校生ぐらいにしか見えないほどに若々しい。

 一切の不純物を感じさせないほどに綺麗な銀の髪に、老若男女全てに愛されるほどに整った容姿。

 笑顔や溜息一つで全てを虜にする人間離れした現代最強のアイドル――そんな彼女は画面越しだというのに、存在感が桁違いでこれは直視していいのか? と思う程の魅力があった。

 あまりの美少女度に私は女なのか? と思うことが彼女を推しているとあるけど……最近は吹っ切れて彼女は別次元の生物だろうという事で割り切ってる。


「ライブは二十五日のだったわよね」

「そだね、二十五日の日曜……で確か夜八時から」

「ならその日は配信休まないといけないわ。今のうちにスケジュール調整しておかないと……」


 頭の中で予定を組み立て始めた彼女を見ながら、後で頭痛を起こすだろう彼女の事を思い少し私はキッチンを借りてお菓子でも作ることにする。

 軽くパンケーキでもとそう考えながら、もう完全に場所を覚えてしまった材料を棚などから出して四枚程パンケーキを焼けば、それに気付いたのか彼女がキッチンにやってきた。

 

「紅茶飲むかしら?」

「ありがと、ミルクティーで頼むぜ」


 そんな事をしながら時間を潰していけば、気付けば時間は午後八時。

 彼女の配信が始まるのは八時四十五分、流石にそれまでには帰らないと行けないので、私はすぐに徒歩二十分ぐらいにある家へと帰り、少しワクワクしながらパソコンの電源を入れて彼女のチャンネルを開いた。

 ライブ画面に表示されるのは、妖狐モチーフのキャラと他の妖ぷろメンバーとは違う少し現代風の見た目の猫の妖怪。だけど彼女にはちゃんと和を感じさせるような要素が詰め込まれており、細かい事にパーカーのポケットには御札が何枚か詰め込まれていた。


「やっぱり、拘り凄いなぁ……」


 翡翠の色をした大きな目に長い髪とふかふかの尻尾……自分が狐好きという事もあり現実でその尻尾に触りたいという感情が溢れてくるがそれは置いておく。

 とりあえず私はとりあえずいつものようにコメントを打ち込んで、他の人達の反応を確認しながら今日の配信を一視聴者として楽しむことにした。


[待ってた]

[やっぱり九十又ちゃん可愛い]

[なんか既に赤面してるけど、もう酔ってる?]

[七尾様は既にめっちゃ笑顔]

[二人共うっきうきじゃん]

[可愛い]

[どっちが勝つんだろう?]


「皆さんこんばんにゃー! 妖ぷろ二期生所属だった気がする仙魈せんしょうだにゃん!」

「子狐の皆と、一升瓶の皆さんこんにちわ? 初見の方はよろしくするわね、妖ぷろ三期生所属の七尾玲那よ――ねえ先輩、前から聞きたかったのだけど一升瓶の由来ってなんなのかしら?」


 始まった挨拶を見ながら、容易に混乱している霞の姿が想像できて少し私は笑ってしまった。今頃彼女は大真面目に答えを待ってるんだろうなぁ。


「ふふふ……その質問を待ってたニャンよ! そうウチの一升瓶の由来は……どうしよう忘れたニャン」

「えぇ……」 

 

 えぇ……忘れたんだ。

 勿体ぶったのに忘れたという霞の先輩に同じ反応をしてしまった私。

 流石七尾の先輩だなぁと思いながらもコメントを打ち込んで、今日はどんな配信をやるか質問してみることにする。


[いや草]

[やっぱり酔ってる]

[平常運転]

[確か由来は決めるときに一番最初に目に入ったからとかだった気がする]

[ガチ困惑七尾様BB]

[後で作るわ]

[今日は何やるの?]


「……まあさっきのはなかったことにして、とりあえず今日やることの説明をするにゃー! 頼むニャンよ、七尾ちゃん」

「任されたわ先輩。今日やっていくのは少し前に流行った竹おじというゲームよ」

「一応初見の方とかいると思うからあらすじ的なのを説明するにゃー。確かかぐや姫に憧れたおじさんが巨大な竹を見つけたらから入ってみたら出られなくなったみたいな感じにゃーね!」


 私が知らないゲームだが、なんだろうそのあらすじだけでカオスなゲームは……あ、そういえば霞がこのゲームを面白いわよと教えてくれたゲームがそれだった気がする。今更だけどやっとけば良かったかも……。


「とりあえず月を目指すのが目的のゲームなんだけど、それだけじゃつまらないから今日は先に着いた方が勝ちの罰ゲームありのルールでやっていくわ」

「罰ゲームは安直にゃけど、お互いの言うことを一つ聞くという物を用意してるニャン! ちなみにウチは七尾ちゃんには今度の大型コラボで辛いものを食べさせようかと思ってるにゃーね」

「ッ――絶対に負けられないわね」


 あ、火が付いた……というより負けられなくなったのかな?

 確か霞って凄く辛いものが苦手だったし、林檎と蜂蜜の結構甘いカレーの中辛でもギリギリだし、辛味に強い仙魈さんが辛いという物とか食べたらきっと霞は泣くだろう。


[なんで七尾様燃えてるんだろ?]

[そういえば七尾様って辛いもの苦手じゃ]

[辛いの駄目なの?]

[なんか前の鴉様が呟きで、七尾は中辛のケバブで泣いてたって言ってたような……]


「そうにゃ、ウチはもう三期生に着いて調べ済み! 弱点は全部把握してるし、負ける要素も揺さぶりも完璧なのにゃ!」

「そうね分かったわ先輩――なら私も遠慮しないわよ」

「ふっ、かかってくるニャン!」

「じゃあ、先輩への罰ゲームは……山盛りわさびを入れた大トロを今度の料理企画で食べて貰うわ」

「え?」

「決まりね、じゃあ早速やっていくわ」

「ちょっ!? 待って七尾ちゃん! ウチわさび無理!」


 そんな感じで始まった配信。

 どっちが勝っても、叫び声が聞けそうな罰ゲームに私は期待しながら、竹おじ配信を楽しむことにした。

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