切り抜き師


「如月先輩、進捗どうですか?」


 自分が一日前に出した動画を再度視聴しながら、妖ぷろのスレッドを見てた私は氷風呂で休んでる二つ年上の先輩に声をかけた。


「んー……そうだね、確認頼んでもいい? 四つほど新しいの描けたから」

「ありがとうございます……氷追加しますね」

「ありがと、優しいね」


 だらーっと、風呂を楽しみながら自分の氷で作った分身でペンタブを手渡してきた先輩。

 そんな彼女が新しく描いた彼の姿を確認して、不満な点を7カ所ほど見つけた私はそれを伝えてから、今日の昼頃までやっていた公式チャンネルの動画を切り抜いて編集を始めた。

 

「そういえばさ、私も彼の絵を描くときはかなり拘ってるけど、やっぱり段違いだね。言われたらそっちの方がいいって思う箇所すぐ見つけてくれる」

「それほどでもないですよ? ただ昔から見てますから違和感を見つけられるだけです」


 神様状態の彼のヤンデレモード部分を今回は投稿する事に決めた時、如月先輩が声をかけてきたので、そんな風に淡々と私は返事をした。

 ただずっと見てきたから、些細な違いに気づけるだけなのだ。

 私と同じ時間を彼と過ごしたヒトがいれば、多分気付く違いだったし、誇れることではない。


「というか私は言い過ぎではありませんか? 先輩の絵ですし、私が口出す必要ないと思います」

「駄目だね、私ってちゃんとやらないと気が済まないの。妥協したくないんだ……特に彼に関することはね、その為に君が必要だから手伝って貰ってるんだよ? 雫ちゃん」

「……そういう事なら、これからも手伝わせていただきます」

「うん任せるね」


 それなら期待に応えなければいけませんね。

 如月氷華きさらぎひょうか先輩……というか雪椿先生には漫画風の動画の作り方を教えて貰っていますし、その恩は返さないといけませんから。

 


「ふふっ、楽しそうですね神様」

「どうしたの雫ちゃん?」

「……なんでもありませんよ、如月先輩」

「そうなの? あ、アイス貰える……糖分欲しい」

「了解しましたちょっと持ってきますね」


 いけない、彼の楽しむ姿を見てたせいで気が緩んでいたみたいです。

 今日の配信での彼の楽しみながら仲間と遊ぶ姿や、スレッドやコメント欄で彼によって感情を動かされた人達……それを思い出してしまったせいでどうにも今日は自分を抑えれそうにない。

 普段使わないようにしている表情筋が、凄い働いてしまってる。


「まぁ、鴉様が帰ってくるのは深夜でしょうし……それまでに落ち着けばいい話ですね」


 メッセージには「打ち上げあるから遅くなる」と来ていましたし、今日は先輩と二人きりで作業だろう。それなら見られる心配もないので、今日ぐらいは笑ってみてもいいですよね?

 

「アイス……バニラ味のこれですね」


 氷菓子専用の冷蔵庫の中から常備されているアイスを取り出して、とても冷え込んでいる部屋に私は戻ることにした。中に戻れば氷風呂のおかげで回復した先輩が先程の2倍の速度で作業していたので、私は邪魔にならないように彼女の近くにアイスを置いておく。


「音声の編集はしましたし、あと今日は描くのを進めますか……あ、このシーンいいですね」


 編集した音声を何度か聞き返しながら、拘りたい場面を頭の中で選んでおく。

 今回の切り抜きでは貧乏神に病む鴉様の所に力を入れないといけないし、目のハイライトの勉強もしなければいけませんね。

 願望になってしまいますが、私だったら暗いジト目で見られたいですし、そこは手が抜けません。それにそれが終わったら三日後に出すつもりでいる予定の、メイド服の話を出されて机を叩くやつも作らないといけませんし――――。


「あぁ、やりたいことが多すぎますね。明日は学校で時間ないのに」


 それもこれも、鴉様が頑張るのが悪い。

 数年ぶりにやる気を出して頑張ってる姿見せられたらこっちも頑張っちゃうじゃないですか……本当に酷い神様ですよね。



「あ、明日の朝ご飯の仕込み……忘れてましたね」


 午後9時頃、一通りの作業を終えて先輩で涼んでいるとそんな事を思い出す。

 明日は和食を作る予定だったが、ちょっと拘りすぎちゃって作る時間がなくなってしまった。

 …………今から作るとなると寝坊してしまうかもしれませんが、まぁ寝坊したらしたで仕方ないです。


「きっと次はホラーゲームの配信ですし、普段見せない面が見れるはず……そう思うとやる気が湧いてきましたよ」


 今度の配信の事を思い出してそんな事を口に出し、やる気を出してご飯を作る事にする。


「そっか、次ホラーゲームだね……さっき怯える浮世君の絵描いたけど見る?」

「見ます! あっ、見せてください」

 

 立ち上がってみれば、独り言に反応した先輩がそんな事を言ってきた。

 普段絶対に私には見せないような姿だが、この先輩にかかれば絵として完全に再現されてしまう。圧倒的画力から描かれるのは、まるでそこに本物がいるような絵。そんな鴉様の絵なんて見たいに決まってるので、時間がないのにちょっと私は声をあらげてしまった。

 そんな私を微笑ましそうに見ながら、彼女は完成した絵をパソコンに送ってくれたので、すぐに私は保存した。


「はいはい――――そういえば何やるんだろうね? 私的には雪女が出ると嬉しいな、実質コラボだし」

「それじゃあ多分怖がりませんよ? あのヒトは幽霊以外なら基本大丈夫ですから……むしろ妖怪や都市伝説が出てきてしまえば凄く解説します」

「そうなんだ……じゃあ尚更出てこないかな、私の種族を解説されるのってなんか興奮するから」

「……先輩のお母様もそうですが、何故性癖を拗らせてる雪女の方が多いのですか?」

「……種族的にかな? 雪女って基本拗らせてるから……というか拗らせた原因雫ちゃんだからね?」

「…………覚えてないですね」


 ……私は覚えていない。

 先輩が鴉様の存在を知った時に写真を見せる事になって、間違えて子鴉状態の彼を見せた事など覚えていない。それから今まで描いていたイケメンキャラを全部捨てて、ショタに走った彼女の事なんて一切記憶にない。


「そんな事を掘り返すより、今は先の話でもしませんか? ほらSNSのアンケートでやるホラーゲーム受け付けてますよ」

「露骨に話変えたね、まあいいけど――へぇ、なんでこの三つ選んだんだろうね」

「多分鶫さんのチョイスでしょう……私は勿論一番上を選びます」

「私もそうする――楽しみだね」


 二十二時に更新された彼の呟きのアンケート。

 とても怖がる姿が見たかった私は、一切の迷いも持たず三つ目を選び今日は彼女と一緒に寝ることにした。

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