【質問】面接の時の服装はスーツであるべきなのか

 休日の午後三時頃、突如として届いた一件のメール。

 普段届かないメールという時点で期待していたのだが、まだはっきりと希望のメールなのかは分からない。開くのが怖い、ただの一次審査だというのに、どうしてこんなにもドキドキするのだろうか。

 いや分かってる緊張してるからだ。

 一度の深呼吸、そしてメールを開き俺はその結果を確認する。


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 こんにちはVTuber事務所『妖ぷろ』の採用担当です。

 この度は弊社のオーディションに動画をご提出していただき、誠にありがとうございました。

 動画選考の結果夜神楽紡様には、ぜひ次の面接に進んでいただきたいと考えております。

 面接に進んでいただける場合は、メールにてご返信いただければ、面接日時を追ってご連絡いたします。

それでは、引き続き何卒よろしくお願い致します。

 何かご不明な点などございましたら、お気軽にお問合せください。何卒宜しくお願い致します。                         採用担当

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 一度瞬きをしてから、ゆっくりと再度深呼吸。

 自分の目を疑いたくないが、その文字はどうしても信じることが出来ない――だって信じたら叫ぶからだ。そしてもう一度深呼吸してメールを再確認。


「ッ―――よっしゃー!」

 

 確認の為に、頬を抓ってみれば実際に痛みを感じることが出来てこれが夢じゃないという事を確認することが出来た。本当に嬉しくてまた叫びそうになるが、だけどこれ以上は喜べない。だってこれは一次審査、まだ二次審査が残っているし、実際にVTuberになれるかは別だからだ。

 一端落ち着こう、とりあえず次は面接なのだ。

 今の俺の髪は全く切っていないせいで伸び放題、それに気が楽だからという理由でずっと元の姿になっているから、俺の見た目は少年でしかない。こんな姿で面接を受ければたぶん面接に落ちるから、大人バージョンでやらないといけない。


「ともかくよかったな……」

「鴉様何をそんなに喜んでいるのですか? ソシャゲで何かいいキャラでも当たったのですか?」

「普段お前が俺の事をどう思っているか分かったよ雫――いや違う違う、雫受かった一次審査受かったぞ!」

「はぁ……そうですか」


 俺の嬉しそうな声とは対照的に心底どうでも良さそうな声の雫。

 むしろそれが何かともいいたげな彼女は、すぐに興味を失うどころか最初から持ってないような態度でこう伝えてきた。


「まあ良かったです。ここ一ヵ月間ずっと慌てていたようですし、これでやっと落ち着いてくれそうですから」

「ほんとお前毒吐くよな、中学生まではもうちょっと優しかっただろ……」

「そうですか……私は昔からこんな感じですよ? とにかくまだ何かあるようですし頑張ってくださいね――受かったら焼肉行きましょう。では私はこれで」


 そんな風にちょっと素直じゃないが応援された俺は、焼肉のためにも絶対に受かる事を決めて、出来るだけ丁寧な文章で、妖ぷろ本社へと行く日時を伝えることにした。



 そして一週間後の面接当日。俺はどういう訳か、メイド服を着て妖ぷろ本社のソファーに腰を下ろしていた。そうメイド服だ。そのメイドはソファーに腰掛け、どこか哀愁の漂う表情でそこに佇んでいる。

 もっと具体的に言えば少し和テイストでそういう和カフェに居そうなポニテメイドというか俺がいる。注がれる視線は驚きを含んだもの、なんでここにメイドが!? と言いたそうな視線がめっちゃこっちに注がれている。 

 …………いや、言い訳をさせて欲しい。

 俺だって最初はスーツをちゃんと着てたんだ。

 それもこの日のために用意した結構いいやつ。だけどなんの因果かこの場に向かう時に、そのスーツは水溜まりの泥水をかけられたことでビショビショに、偶然通りかかった人に助けて貰うも選ばれたのはメイド服。断ろうとも時間がなく、もう向かうしかなくて――――。


「あぁやばいなすっごい浮いてるぞ……コレ」


 確かに俺は髪を整えたといえ髪はまだ長いし容姿もかなり中性的。

 助けてくれた人間が女性だと思ってもしかたないが、どうして選んだのがメイド服なのだろうか? たぶんこの謎はこれからも続く生の中で一生解けないだろうし、解く気とかも起きないだろう。

 一応秋葉に本社があるからこの中に入るまでは、あぁコスプレしてる人なんだな程度にしか思われなかっただろうが、ここは別。しかも面接の日に性別不詳メイド服着た奴とか浮きまくってる。


「夜神楽紡さん、前の方の面接が終わりましたのでどうぞお入りください」


 とても落ち着くような声でそう知らされ、来てしまった面接時間。

 もう戻れないという現実に一度深く息を吐いて、面接室の扉を四回ノックする。

 あぁもうこうなったら、出来るだけこの格好をツッコまれないように、出来るだけ取り繕おうじゃないか。問題はない、メイドのマナーなど昔に取得済みだ。本職のメイド以上に演じきってやる。


「夜神楽紡と申します。本日はよろしくお願いしますお嬢様」


 開幕一番、何処に出ても問題ないようなメイドのような雰囲気を出しながら、角度等に気を付けて俺は丁寧にお辞儀をしてから相手の反応を待つ事にした。

 

「……本日面接を担当させていただく、語部八雲です。どうぞおかけになってください」


 目の前に居るのはとても長い金髪の女性、どこか胡散臭い雰囲気を纏う彼女は一瞬俺の格好に戸惑ったようだが、すぐに表情を戻し椅子に座ることを許可してくれた。

 最悪メイド服を見られた瞬間に帰らされるとか思ったが、この様子だときっと場を乗り切ったんだろう。

 それからは何処かで聞いた面接のように今までの経歴や一つ一つされる質問に失礼にならないように答えていく。相手がどんな心情で聞いているのかは分からないが、表情を曇らせたりはしていないので希望はまだまだある筈だ。


「それでこれはちょっと今までの質問とは変わってくるのですが、何故……メイド服なのですか?」

「そうですね本来ならここにはスーツで来ていたのですが、とある事情でダメにしてしまいまして……親切な方に助けられこの服をいただき、もう時間もなかったのでこの服装でやってきた感じです」

「ッはは、いや……そうはならんやろ――んんッ、続いての質問です。事前に送って貰った履歴書には男性と書かれていたのですが今の声は?」

「はいメイドをやる以上元の声では失礼だと思いまして……それならいっそ、女性の声で面接に臨もうかと」

「阿呆だ……阿呆がいる――メイド服の時点で思ったけど、阿呆すぎるでしょ」


 失礼な俺はもう全力でメイドを演じているんだぞ?

 これならツッコミどころは……いやツッコミどころしかないだろう。

 今まで緊張で色々ごちゃごちゃになってた思考だったが、今思えば自分はなんという格好をしているのだろうか? 黒を基調とした和風なメイド服、それを着こなす性別不詳。演じる態度は完璧で、どんな質問にも動じずまるで本物のメイドがいるような錯覚を覚えさせる相手。うん阿呆としか思えないわこれ。この人何も悪くねぇ。


「アハハハ、君いいね……本当に阿呆で面白いよ。私としてはもう合格でいいんだけどさ、最後に最初送ってくれた動画の声でちょっとあの自己紹介してくれない? 色々演劇部とかでやってたらしいしいけるでしょ?」


 演劇部とは怪しまれないように人間に用意した仮の経歴だが、俺としては実際生きている限り演劇部的な事はあるし、嘘ではないのでいくらでもこの偽の過去を使えるのだ。

 という事はここからが本番。

 本来の自分、浮世鴉であった頃の自分の名乗りをまた使えばいいだけだ。

 

「分かりました八雲お嬢様……ふぅ――儂の名は浮世鴉! 噂より生まれ、噂によって姿を変える、全てを演じる渡り鳥。人間よ主らに儂の生を魅せてやろう――と、こんな感じです」

「うんいいよ、合格でいい。でもよかったね君、あそこまで徹底したメイドの演技に、変わった時の本物の妖怪がいると思わせるような圧。本来なら用意してたキャラを使わず応募した阿呆の事は面接だけ受けさせて落とすつもりだったんだけど、君が面白かったら採用しようと思ってね――良かったね私を楽しませることが出来てさ」


 そんな今更すぎる真実を告げられた俺は、え? 応募されてるキャラとかあったのかってなってしまい、自分に対して阿呆すぎるだろうとツッコミを入れてしまう程に動揺してしまった。


「え、あ……まじ? それで合格でいいのか?」

「マジのマジで合格だよ――――でさ、早速なんだけど、やるのはさっきの浮世鴉ってのでいい?」

「あぁ、それで全然構わないというか、むしろそれを頼みたいのだが」

「ならあの元々オーディション動画で使ってた絵を参考にこれから発注する感じでいいね」

「えっと、それで頼む」

「あ、そうそう契約書とかは後日送るから。やめたかったらやっぱりやめるでもいいよ、デザインの発注するのは君がこの会社の仲間になってからやるからさ」

「そう簡単に辞めるとか辞めないとかいいのか? そういうのは社長とかと相談して」

「大丈夫私が社長だから――改めてコレ名刺ね」

 

 渡された名刺は百鬼夜行をモチーフにされたようで、所々に妖怪が描かれていてその中には【妖ぷろ】社長という肩書きがあった……え、つまり? 俺はずっと所属する事務所の社長にメイド状態で接してたと? ……阿呆じゃん。

 ちょっとというか、かなり恥ずかしくなった俺に目の前の彼女は笑いかける。

 そして、

 

「まぁ君ならどうせ来るだろうから、先に言わせて貰うね。ようこそ浮世鴉、君も今日から妖ぷろ夜行の一員さ!」

 

 俺の事を祝福するようにそう宣言して、この手を取ってきた。


「よろしく……お願いします」

 

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