兄から弟へ

でずな

弟……


「よう兄弟元気だったか?」


 突然男の声と同時に後ろから肩を叩かれ、何事かと思い振り向く。


「誰ですかあなた。私には兄弟はいませんよ」


 私の家族は母と父の3人暮らし。

 兄弟などいない。

 

「………おいおい。俺だよ俺。兄の明人だぞ!! ここ数年会ってないだけで忘れちまったのか!?」


 目の前の男。

 自称兄、明人は私の肩を両手で掴み目を血走りながら叫んでいる。


「だから、私には兄弟なんていません!! ではさようなら!!」


 突然知らない男に目の前で兄だと叫ばれ鬱陶しくなり、肩を掴んでいる両手を振りほどき再び歩き出す。


「待ってくれ! 俺は本当にお前の兄だ!!」


 しばらく歩いてどうなったのかとふと気になり、後ろを振り返ったが変質者は、私の背中を追いかけもせずただその場で叫んでいた。その姿は、久しぶりに会った兄弟に兄だと認めてもらえず叫んでいるのではなく、何かを嘆いているように見えた。


 哀れに思い少し話を聞こうかと思ったが、その凶気じみた顔を見て自分の身の危険を感じ、再び前を向き歩き出す。


 今日の夕飯何にしようかな。などと脳天気なことを考えながら。



   ◆



「――プー!!」


 聞くに堪えない甲高いクラクションが、シャッターがしまった店が立ち並ぶ商店街で響き渡る。


 地面が歪んで見えるほど暑い夏の日、俺は固く真っ黒なコンクリートで出来た道路の真ん中で目覚めた。


「危ねぇじゃねぇか!! こんなとこにいて……死にてぇのか!?」


 正面には、白いタンクトップを着たM字ハゲのおじさんが運転席の窓からの身を乗り出し、喉を潰したような声で怒鳴っている。


 戸惑いはしない。

 ……これも、もう慣れた。


「すいませんでした」


 腰を折りつむじを相手に見せ誠心誠意、心を込め謝罪をする。

 これがこの場での運転手が怒らない最善の行動。


「では」

「お、おう……」


 運転席のハゲは、若者に自分の体験談を話しながら生きていることの素晴らしさを語ろうと思っていたのだろう。

 少し残念そうに目を丸くしながら頷き、素っ気ない返事をした。


 そして俺は、重くないが軽くもない足を動かしその場から去る。男が車から降りて俺を叱ると言う事はない。


 なぜならこれは運命で確定した事なのだから。



   ◆



 最初は楽しかった。

 ずっと好きなことをして過ごして、その時が来るまでの時間をバカみたいにつぶしていた。


 ずっとこうしていたい。

 だが、そうはいかなかった。


 俺の時間は無限で繰り返し、終わりがないのだ。

 どんなうれしいことが起こっても、どんないやなことが起こってもその運命は覆すことはできない。

 そんな時間のループに嫌気がさし、何度も自殺をした。


 首吊り

 高所からの落下

 断食

 切腹 

 服毒


 どれも死ぬと思う程の痛みを感じた。そして意識がうすれ死ぬ間際いつも、どこか見た事のある男の顔と、親への謝罪の気持ちでいっぱいになった。


 これが走馬灯なのだろうか。


 体が動かなくなりこれで俺は死ぬのだと、これでやっとループから開放され自由になるのだとそう思った。


 だがその願いは叶わなかった。

 変わることのない繰り返しの日々。

 一週間が経ったらまた、男の怒鳴り声。

 それは、何度も何度も……。



   ◆



 俺がこうなったのはいつからだろう。もう、記憶があいまいで自分でも何がなんだか分からない。

 ただ覚えていることは俺の弟の顔。そして、俺はその弟に会わなければならないと言う事だけ。


 なぜ、同じ時間を繰り返しているのか分からない。


『もしかして何度もタイムリープを繰り返しても、覚えているという事は、その弟がなにか秘密を知っているのではないか?』

 

 なんの根拠もないが自分には希望があると

 必ずこのループに終わりがあると

 そう思い弟を探すことにした。


 まず初めは、たまたま近くにあった探偵事務所に依頼をした。 

 事務の人に行方不明として、走馬灯で見た弟の顔の似顔絵を元に頼んだ。


 捜索は翌日から始まった。


 1週間、額から汗を流し様々な店やその街の人に聞き込んだがその捜索はなんの成果もなく、強制的に終わりをつげた。

 そう、タイムリープをしてしまったのだ。


 今度は捜索手段を変え、SNSを中心に探すことに。 

 そして今回はSNSを中心に捜索をしている探偵事務所にした。


『SNS』


 それは世界中に投稿された写真から俺が書いた弟の似顔絵らしき人物を探す。

 その数も膨大だ。


「明人さん。これ見てください。もしかしてこの人が、弟さんではないでしょうか?」


 何度も呼ばれそれも違う。と繰り返し、イライラし始めた時に見せられたのはあるサッカースタジアムの写真。

 その写真に写っている人達は、全員同じ赤い帽子を被っていて全員叫んでいるなんとも不気味な写真。そんな写真の右端を指しながら、探偵事務所の人間は言ってきた。


「……それだ」


 髪を後ろで束ねており、少し柄が悪そうな顎髭がある男。そして、右目の下にホクロがあるのが特徴的。



 ――だがその瞬間タイムリープをした

 


 もう1週間経ったのか?

 疑問に思ったがきっと気疲れしていて時間感覚がおかしくなっていたんだろう。

 

 進歩はあった。

 弟の顔が写っている写真を見つけられたのだ。


『あと少しで自由になる』


 運転手の怒鳴り声と、子供の鳴き声を聞き俺は足早に前のリープで役に立った探偵事務所を目指す。



 ――その時だった

 


 反対車線の歩道に黒いスーツに赤いネクタイ。無造作に髪を後ろで束ねていて、右目の下にホクロ。


(――弟だ)


 本来この場所にいるはずがない。

 だが、今の俺にはそんな疑問どうでも良かった。


「お……」


 呼ぼうとしたその時、目の前の空間が歪んだ。

 否

 景色が変わった。


 目の前には所々に傷がついている年季の入った軽トラック。


「死にてぇのか!?」


 聞こえるのは男の怒鳴り声。

 どうやらまたタイムリープしてしまったようだ。



   ◆



 あれから繰り返し色んな場所で弟を見かけることが多くなった。

 だが、声をかけようとしたら警察に捕まったり、ある時は道端のお婆さんに謎のお叱りを受けたりと、声をかけようとすると、まるで運命が邪魔しているかのように周りの人間が邪魔をしてくる。


 自暴自棄になった時もあった。

 だが、弟だ。

 弟に会えばすべて解決するのだと、そう思った。



   ◆



 正面に見覚えのある背中があった。


 見覚えのある髪の毛

 見覚えのあるバック

 見覚えのある靴

 嗅ぎ覚えのある匂い

 聞き覚えのある声


(――あぁ……弟だ)


 何度繰り返していても、弟を見つけた時の感動は変わらない。

 そして、弟を探すことしかない空っぽの脳みそを捻り出し口から出た言葉は……


「よう兄弟元気だったか?」



   ◆



 なんでなんで


 どうしてなんだ弟


 教えてくれよ弟


 助けてくれよ弟


 慰めてくれよ弟

 

 勇気をくれよ弟


 希望をくれよ弟


 自信をくれよ弟

 

 弟……


 弟……


 弟……



   ◆



「どうだ、様子は?」


 薄暗く周りに空き缶が転がっている汚い部屋の中、画面の光を放っている席に座っている男の頭に寄りかかりながら白いひげを生やした老人が問いかける。


「それが……。何者かのウイルスが入り込んで数値が異常に高くなってるんです……」


 男は手元にあるキーボードをカタカタと巧みに動かし、額に汗を浮かばせながら余裕のない表情で答える。そんな男の様子を見て老人はくすりと笑い、温かみのある声でつつみ込むように言う。


「なに、焦ることはない。やり直せばいい。私達はこの男とは違い何度でもやり直せることができるのだから」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

兄から弟へ でずな @Dezuna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ