100.家庭円満、大黒柱怒りの火
「
「まあ、ボチボチやっとりますわァ!」
深夜、こっそり外出する毘沙門天は、半遮羅の誘導のもと雑木林に連れられた。
赤天幕に入れば、隅に敷いた
そしてその真横には漆塗りの
「相変わらず、肝の冷える趣味だな……」
「えへへ。見栄えする良質な骨をあと三つ集めたら、首飾りにしようかと」
内部を一望する毘沙門天、今度は出入り口付近に設置された長机が目にとまった。机上には刀が八振り、律儀に陳列している。
毘沙門天が、「あれは?」と尋ねるつもりで指差した。しかし刹那、唐突に半遮羅が盛大な拍手を始めたのである。続いて彼の言い放った言葉が、毘沙門天の胸騒ぎを一瞬にして消滅させるのだった。
「ビシャモさまご即位十劫と十周年記念、おめでとうございまぁぁ〜!じゃじゃーん!」
夜叉王即位記念にちなんだ
「……あ、ありがとさん。もうそんなに月日が経つのかね」
「だいぶ経ちまっセ!ほら、早速お召しになってごらんあそばし!我ら八将軍の想いを込めた八本ですけ!」
「お、重い……」
半遮羅は心躍らせながら一振りずつ手に取ると、それぞれ刀が重なり合わぬように腰紐肩紐を調節しつつ、毘沙門天の
「ああでも、これだけたくさんあれば、一本くらい欠けたって
「ビシャモさん。ソレ、粗末に扱ったら許しまへんで」
「アい……」
半遮羅が、最後の一振りの
以降の毘沙門天は、抜刀素振りを繰り返して手加減を測るうちに、満更でもなくこの贈り物を気に入る。散支があらかじめ
それから数刻経った頃のことである。
突如としてどこからともなく、大勢の騒ぎ立てる声が雑木林へと響き届いた。
「……何事?」
散支もこれに気がついたようで、
揃う三神、互い顔を見合わせて様子をうかがうも、やはり妙に甚だしき騒動の正体が気に掛かって仕方なく、一緒になってつられるように音鳴る方向へと走り行くのであった。
さてそうすれば、雑木林を突き抜けた先の浜辺にて、
これに
「ああ、毘沙門さま!そっちにおられたか!あ、なんだその刀、参戦するのかい?」
「ん?い、いや……」
そこへ、寝癖にまみれた大国主命が駆け寄ってきた。毘沙門天は、上空に目を向けたまま事情を訊く。
「
「ああ。
「へぇ、そうか。幕府がこれまで幾度となく人々に禁教政策を試みてきたが、
「まことに。隠れてまで耶蘇の力にならんとする人の子もおるゆえ、こちらもほとほと困り果てておってな。あんまり神域を削がれては
目前に広がる光景とて毘沙門天にとってはもはや見慣れた境遇だったが、かたや大国主命は異宗同士の攻防に心底憂鬱げな表情を見せる。そこには、人類によるめまぐるしい信心の移り変わりに、追いつけず取り残される神々の苦悩があった。
常無き世界を永遠という合理の皮で
毘沙門天は、天竺にて婆羅門勢力の拡大に抗う須弥山の現状を思い描いた。
「あやつらの目に映る我々は、ただ
「かもしれん。だがこうして、同じ浜をともに踏みしめるに至った今が、断じて奇跡の為せた
大国主命が、やるせなくかすかに笑う。
直後、大地を揺るがすほどの歓声が、天空から発せられた。時満ちたり、輝く
地上の神々の誰もが宙を仰ぎ、息を呑んで運命の行く末を見守った。
舞台は
向かって右方、
対するは左方、
かくして日の出も間際に、布教領地の争奪戦が幕を開けるのであった。
高天原から射られる矢は
被弾せし複数の神々が
しかもまた、
「みんな!早く祠へ!」
大混乱のさなか、このままでは要らぬ被害をこうむってしまうと焦った大国主命が、声を張り上げて避難を指示した。これを聞いた神々は観戦を諦めて、皆次々と素早く走り出し祠へと帰っていく。
一方の毘沙門天も、散支と半遮羅に庇われながら、急いで赤天幕に向かった。同じく獨犍も、急遽ながら出雲社へ戻るには遠いと判断してか、哪吒の背を押して父のあとをついて行く。
ところがここで、思いもよらぬ不運が起きた。
獨犍の肩に、
ほどなくして青年二神の折り重なって伏す場に、一人の
その時であった。
空気が波紋を描くほどの、虎の咆哮にも似る怒号が天に轟き渡る。
———
それは、一部始終を目の当たりにした
そしてたちどころに、その背より巨大なる
赤々と睨み燃える瞳が、今に愛する我が子に触れんと手を伸ばす
どこそこから多くの悲鳴が上がったが、
むしろ火焔の威力はとどまるところを知らずして、そそり立つ八本の火柱はますます膨張する。しまいには毘沙門天の体丸ごと包み込むと、はち切れて大爆発を引き起こし、またたくまに広大な
破裂した火中からは山のごとくに巨躯なる大鬼が姿を現し、なおも焦げ続ける脇腹よりほむらの
執着の
毘沙門天の激しい
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