第4話 訪れる時
テーブルに並んだのは、煮豚にお刺身の盛り合わせ、にら玉と、お揚げと豆腐のお味噌汁。お味噌汁には仕上げに青ねぎの小口切りを浮かした。
ひとつひとつはそう凝ったものでは無い。だが仕事終わりにしっかりと一汁三菜を用意したことは
野菜が不足気味な気がするが、休日前のご飯なので多少わんぱくでも良いだろう。
「おお、凄いじゃん
帰って来た
「早く帰って来れたし、明日休みだからちょっと頑張っちゃった。俺はビール飲むけど拓真はどうする? ご飯炊いてあるし、缶チューハイも買ってあるよ」
「あ、缶チューハイもらう。何味?」
「レモンとグレープフルーツがあるよ」
「じゃあレモンで」
ビールと酎ハイレモンをそれぞれグラスに注いで、お
「かんぱーい。お疲れさま!」
グラスを重ねてさっそく傾けると、しゅわぁっと冷たいビールが喉を通り過ぎる。爽快な気分で「ぷはぁ!」と息を吐いた。
すると拓真も「はぁっ」と心地よさげな溜め息を吐いていた。
拓真は続けて煮豚を大口に放り込み、もぐもぐと味わうと「んー」と表情を綻ばせた。
「しっかり味が沁みてて、柔らかくて香ばしくて旨い。良いなぁ」
「本当? 良かった。煮豚を作るにはあまり時間が無かったから、簡単な作り方にしたんだけど」
時間を掛けるなら、切らずに塊肉のまま表面を焼き付けて煮込んて行くのだ。だが手軽な作り方でも美味しくできる。
「充分充分」
拓真は満足げにい次々をお箸を伸ばして行く。
「にら玉の卵ふわっふわ。しっかりこくもあるな。刺身も贅沢だぜ。まぐろとサーモンに鯛なんてなぁ。味噌汁も旨い。豆腐が良いよな。味噌汁の王さまって感じがする」
お酒を飲むときには汁物を作らないことが多いのだが、拓真がご飯を食べるのならあった方が良いかなと作ったのだ。
でもお味噌は宿酔い防止にも良いので、あまりお酒に慣れていない拓真には良かったのかも知れない。
揚げ物を食べても胃もたれなどをしないと言っていたので、多少深酒したところで影響は無いのかも知れないが、こういうのは気分的な問題だ。
そうして皿も空になるころ、拓真は穏やかな表情で食卓を見つめるとぽつりと言う。
「俺、死神になってからも、こうしてご飯を食べることができて良かったって本当に思うよ。楽しみができるって言うかさ。俺、結構食べることが好きだったみたいだ」
「食事って毎日当たり前に食べるものだからね。それが楽しみなるんだったら、人生の楽しみが多くなるってことだよね。俺は作るのも結構好きなんだ」
「だから助かってる。俺にもだけど、俺が迎えに行った魂のためにも、ご飯作ってくれたよな」
「そうだね。またいつでも連れて来てくれて大丈夫だよ。なんかややこしかったり難しかったりしないのが良いなぁ。なんとかのエスカベッシュとかって良く分からないし。南蛮漬けとも違うみたいでさ」
「ああ、それなんだけさ、真守」
「うん」
真守は何気なく返事をする。が、拓真は一瞬言い
「……拓真?」
拓真は「ふぅ」と気持ちを整える様な息を吐く。そしてゆっくりと口を開いた。
「俺、もうすぐ死神じゃ無くなるんだ」
……ああ、とうとうその時が来てしまったのか。真守はそっと目を伏せる。
どうしよう、まだ笑って別れられる自信が無い。真守は顔を引きつらせてしまった。そんな真守を見てか、拓真は切なげな笑みをこぼす。
「天国とかに、行くのか?」
そうおずおずと訊く真守に、拓真は「……ああ」と静かに応える。
「死神の仕事は善行に
「うん」
「それが前例の無いことだったらしくて、上の方で協議されたみたいでさ。生きてる真守を巻き込んでたことも争点だったみたいで」
「俺は全然構わなかったよ」
「ああ。真守はそう言ってくれるよな。だからそこも検討してさ」
拓真は悲しいのか嬉しいのか、複雑そうに
「結果、亡くなった人を最大限癒したってことで、評価されたんだ」
「そんな」
そうすると、結果として真守は拓真が死神で無くなることを、意図せず手伝ってしまっていたのか。
亡くなった人たちが、真守の作ったご飯を満足げに食べてくれるのは嬉しかった。拓真のために何かできるのも幸いだった。
だがそれが時期を早めることになるとは、なんと言う皮肉か。
真守は
拓真との今生の別れを2度も味わうなんて辛すぎる。
「本当はさ、死神って死者を癒したりする必要なんて無いんだ。けど
「それは、良いことなんだよな?」
「もちろん。真守がいなかったらできなかったし、それは本当にラッキーだって思うし感謝してる。結果天国に行くのが早まっちまって、俺も真守との別れがこんなに早くて困惑してるけど、それが死後の
拓真は言葉を切ると、切なそうに目を伏せた。
「
真守ははっとする。実家での両親との
「ごめん」
ついそう口から漏らすと、拓真は「違う、違うんだ」と首を振る。
「真守が悪いことなんて何も無いんだぜ。当たり前のことだったのに、それを受け入れられない俺の心の弱さが駄目なんだ。そんな時に師匠から天国行きの話を聞いたんだ。だからここいらが潮時なんだろうなってな」
真守は感情を抑えるために、膝の上で震える拳を握る。
「すぐに行くのか?」
「いや、そう急ぐ様なことは無いんだ。俺もそう簡単に踏ん切りがつかないからな。だからもう少し世話になって良いか?」
「当たり前だよ。いつまでもいてくれても良いんだから」
「ありがとうな。けど俺はもう死んでるからさ。死神の仕事が無かったら、こっちにとどまることが不自然だからさ」
「それは、そうかも知れないけど」
真守の顔は強張ったままだ。目の端が引きつってしまう。
ああしかし、拓真に心配を掛けさせてしまってはいけない。真守は笑って見送らなければならない。
自分が拓真の心残りになってはいけないのだ。ああ、もう感情がぐちゃぐちゃだ。
真守は唇を噛み締めた。だめだ、泣いてはいけない。
「あと少し、頼むな、真守」
そう優しく労わる様に言われ、真守は無言で頷いた。
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