第5話 懐かしの焼きうどん
夕飯は恒例の外食だ。実家付近ではあまりお目に掛かれない、おしゃれな店に両親が行きたがるのだ。お土産やお惣菜のお礼に、
母のリクエストを聞いてハワイアンカフェにした。ロコモコが食べてみたいと言うのだ。
真守もたまに行くお店だ。父も母も少しばかり日本離れしたトロピカルな雰囲気を
駅の改札で別れ、何度も振り返る両親に手を振り、エスカレータを上がって見えなくなったところで真守も帰途に着く。途中でスーパーに寄った。
「何買うんだ? 母さんたくさん惣菜作ってくれたのに」
ちゃっかりと付いて来ていた
「ちょっとな」
真守は小声で言うと、かごを手に入ってすぐの野菜売り場に向かった。
家に帰り着き、真守はさっそくキッチンに立つ。
「ご飯食べたところだろ? もう腹減ったのか?」
「まぁまぁ」
真守はエコバッグから買って来たものを出し、冷蔵庫からもいくつかの材料を出すと、速やかに調理をする。
そしてできあがったものをお皿に盛り、試食分程度を小皿に盛ると、それぞれに削り節をたっぷりと。
それを見た拓真の顔がみるみる輝いて行く。
「真守、これ」
「母さんの焼きうどん。全く同じ味にするのは難しいけど、拓真も懐かしいだろ?」
「ああ。昼に見てて本当に食べたくてたまらなかった……! ありがとう、真守!」
拓真はよほど感激したのか、その目が
「本当は母さんが作ったのを食べて欲しかったけど、置いとくの難しくて」
「いや、充分だぜ。焼きうどんもだし、真守の気持ちが本当に嬉しい。ありがとう!」
そう素直に喜ばれ、真守は「へへ」と照れ笑いを浮かべた。
「さ、食べて食べて。お昼に晩にと結構な飯テロだったでしょ?」
「そうなんだよ〜。どれもこれも本当に旨そうでさぁ〜」
拓真が
「あとでトマリの焼き菓子も食べようね。これも懐かしいでしょ?」
「ああ。嬉しいなぁ。父さんと母さん、いつも買って来てくれるんだな。ケーキも旨そうだった」
ケーキは母のお惣菜作りがひと段落した頃にいただいたのだった。
「今度は俺が買って来るよ。拓真が好きなザッハトルテ。ささ、焼きうどん食べてみて」
「おう! いただきます!」
拓真はお
「ん〜!」
満足げに
「旨い! 凄いな真守! 母さんの焼きうどんだ!」
「ほ、本当?」
拓真の賞賛に、真守は自分も恐る恐る焼きうどんを口に運ぶ。すると「ん?」と違和感に引っ掛かってしまう。
母が作る焼きうどんは、もっと野菜がしゃきしゃきしていた気がする。程よくしんなりしつつも歯ごたえをしっかりと残していたと思う。
味付けももっとお醤油の
真守は不安になって正面の拓真を見る。すると拓真は「旨い!」と満足げな笑顔で焼きうどんを次々と食べていた。真守は一瞬呆然としてしまう。
「ん? 真守?」
拓真が笑顔のままで聞いて来るので、真守は「ごめん」と眉をしかめた。
「やっぱり母さんの焼きうどんには程遠いな」
すると拓真は「え、なんで」ときょとんとする。
「凄っごく旨いぜ。本当に旨い。懐かしいよなぁ」
拓真は言って、またお箸をもりもりと動かした。
拓真が母の焼きうどんを食べた最後は最低でも3年前。完全な味の記憶が薄れているのかも知れないし、真守への気遣いもあるのかも知れない。
でもこんなに美味しそうに食べてくれるのだから、次はもっと、自分でも納得できる味に仕上げられたらと思う。精進しよう。
そして拓真はあっという間に焼きうどんを平らげ、満足げに「ごちそうさま!」と手を打った。
「旨かった。真守、また作ってくれるか?」
「うん、もちろん。今度はもっと母さんの味に近付けられる様に頑張るね」
「はは。充分だっての」
拓真はそう言っておかしそうに笑った。
母がまともに料理を作れなかったのはおよそ半年。今にして思えば短くも感じるが、その時は本当に長くしんどい日々だった。
拓真がその間に戻って来なかったのは幸いとも言える。あんな自分たちを見られたくは無かったから。
だから父と母、真守が自分たちを取り戻し、笑顔を見てもらえること、こうして母の味を懐かしんでもらえることが何よりも嬉しいのだ。
真守は死神のシステムを詳しくは聞いていないから、拓真がいつまで真守のそばにいてくれるのかは判らない。
だからその間は真守にできることをしようと思う。あの時の様に死神業務の手伝いもしたいと思う。拓真の分まで親孝行だってしよう。拓真がいるからこそ、強くそう思う。
そうしてきっと真守たちは、癒されて行くのだと思う。
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