石の下のダンゴムシ
作詞家 渡邊亜希子
石の下のダンゴムシ【一話完結】
中学3年の冬。
3年会話をしていない父。
私に向かって「どうしてそうなっちゃったの」と泣く母。
出来の良い姉。
授業の途中で「つまらないから帰る」と言って教室を出てももう注意もして来ない先生。
バイクで迎えに来てくれる先輩。
下らない噂話。
何度も夜中に飛び降りて逃げた2階の窓。
すべての環境の何一つ、私がその様に望んで作り上げたくて作り上げたわけじゃない。
ただ受け入れがたい事を受け入れずにいたら、そうなっていた。
不良になりたいわけではなかった。
人からお金を取るような事もしなかった。
ただ、何処にも居られない時に「そのままでいい」「ここにいていい」そう言ってくれた人達がたまたま世間的にはそう呼ばれているような人達だったから、私はそこに居た。
家族よりも、家族だと思えた。
「あのね…」
何か自分の感情を口に出して誰かに話すたびに、子供っぽくて薄っぺらい思春期ゆえの感覚だと自覚させられるような気がして虚しくなるから、次第に感情の事は誰にも話さなくなった。
そして皆、そんな所も、同じだった。
「楽しいから、好き好んでこうしている」
誰もがそいういう顔をして、ふざけ合っていた。
石の下に群がるダンゴムシみたいに、深夜私達は何処からともなくいつものコンビニに集う。
私は一人、なけなしの小銭で買ってお湯を入れさせて貰った緑のたぬきを持って、コンビニの隣にある街灯も無い真っ暗で小さな公園に入った。
落ち着く…
緑のたぬきから立ち上る湯気で、悴んだ指先と鼻先を温めた。
もう食べてしまおうか、もう少し温まろうか。
かき揚げだけはサクサクのまま先に食べようか。でも、スープを吸ってでろでろになったあれもまた悪くない。
あれこれ悩んでいると、大介先輩が右手に持つカップから白い湯気を靡かせながらやって来て、ストンと私の隣にしゃがんで、持っていた携帯で私の手元を照らした。
「お前…普通赤だろ」
大介先輩の手にはお湯を入れたての、赤いきつねが持たれていた。
「いや…断然緑っすね…」
そう言いながら私は緑のたぬきの汁をずずっと啜った。
もう熱々ではないのに冷え切った内臓との温度差で今、汁が体の中の何処を流れて行くのかがはっきりと分かる。
あまりの幸福にはぁっと白いため息を付いた。
「いや…普通は赤だろ…」
大介先輩も、ずずずっと汁を啜り、はぁっと同じ白いため息を付いた。
「星が綺麗ですね…」
一口食べたら止まらなかった私がようやく最後の汁の一滴を飲み干し、上を向いたついでに空を見上げた。
いつの間にかとっくに食べ終わっていたらしい先輩は、私の手から空っぽの緑のたぬきと割り箸を奪い取り、ペロンペロンと風に靡く緑のたぬきの蓋を訝しげに眺めながら
「普通は赤だろ…」
と言って私にお礼を言う隙も与えず、ゴミ箱に歩いて行った。
あれから10年。
「今日帰り遅くなるかも」
「え、そうなの?夕飯いらないなら連絡してよ」
「いや、子供と先寝てろよ。別にメシなくてもいいし。赤いの、あるだろ?」
「好きだねぇ…」
私は夫を見送って、習慣である'おはようテレビ電話’をしている子供達に声を掛けた。
「よーし!じゃあそろそろバイバイして。公園行こっか!」
「うん!じゃーね、じーじ、ばーば!バイバーイ!」
画面の向こうで私の両親が、穏やかな笑顔で手を振った。
完
石の下のダンゴムシ 作詞家 渡邊亜希子 @akikowatanabe
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