1-13 都会の女の魅力に敵わなかったとしても上京したい


 ガシャンゴション、ガシャンゴションと土の機兵が走ること早三〇分。


 神域の範囲からは早々に抜け出せたものの、蟲や小動物たちは思いのほかしつこかった。


 それでもこの土の機兵の速さにはてんで追いつけないようで、しばらくそのまま逃げ続けていたら、いつしか波が退くように彼らの姿は見えなくなってくれた。


「そろそろいいかしら?」


 三角帽子に黒いマントの女の人がちらりと後方確認ヨシ! と謎の虚空を指さして頷くと、土の機兵の動きがゆっくりと止まっていく。


「解除」


 機兵の動きが完全に停止したことを確認してから女の人がポンポンと叩きながら小さく呟く。


 すると土の機兵はどろっと、砂になって地面に還った。


「突然だったから、急に助けてみたものの、君たちは一体誰なんだい?」


「……、それは私のセリフなんだけれども……!」


 改めてその女の人のことをじっくりと観察する。


 真っ黒い三角帽子に収まりきらない派手な紫色の長髪はさらりとした直毛に見える。同じく真っ黒なマントを羽織っているけれど、問題なのはその中身だ。こんな時期なのに、まだ肌寒いのに、神域に勝手に侵入してきているというのに、その人は真っ赤なバニースーツを来ていた。丈長の黒マントの中に大胆に胸元を露出した(輪が見えちゃいそうなくらいに大胆に露出している。というか多分ちょっと揺らしたらこぼれる、絶対にこぼれる)バニースーツと網タイツなんて、そんなのはもう露出魔としか言えなかった。ちなみに靴は歩き辛そうなエナメル質の真っ黒なハイヒールだ。絶対に、断じて森の中に分け入るときの格好ではない。


 でも一応造魔式の増幅用の杖はきちんと持っていた。その杖は白色で短い、いうならばちょっと長さのあるチョークという感じだ。ただその杖は異様に飾り気が少ないのが少し気になると言えば気になる。もしかすると腰に巻き付けてある皮ベルトからぶら下げている革張りの本の方が大事なものなのかもしれない。


 総じて言うならば、三六〇度どこに出しても恥ずかしくない一級えっちなお姉さんだった。


 大体こういうえっちなお姉さんは碌なことを持ってこない。おじいちゃんが昔そう言っていた、ような気がする。


「ん? あぁそうなの……? そうなのかなぁ……、でも、まあそう言われるってことは、そうなんだろうなぁ……」


 のんびりしているというか、要領を得ないというか、なんかそんな感じがビシビシ伝わってくる人だった。


 絶対に面倒くさい人だよ、この人!!


「じゃあまあ、お姉さんから自己紹介させてもらおうかな。お姉さんの名前はアーシア=クーロッド。元王宮魔式師で、今は追放された身の上なの。目標は世界最高の自立型土人形ゴーレムを作り上げること」


 名前だけじゃなくて聞いてもいない情報をペラペラと話し出した。自分語りの多い女の人は地雷だって、おじいちゃんに聞いたことがある気がする!


「ご丁寧にどうも……、俺はエイドです」


 私が警戒していると、エイド少年は無警戒にも一歩前に踏み出してぺこりと頭を下げた。


 仕方がないので、私がさらに一歩前に出て体で遮る。


「なっ、何……?」


「私はリリア。このフローゼの森の守り人のリリア」


「へえぇ、エイド君にリリアちゃんね。お姉さん覚えたわぁ」


 アーシアと名乗ったグラマラスな女の人は急に腕を組んでおっぱいを協調してきた。


 ゆさって揺れた……。


 ゆさって揺れたっっ!?


 バニースーツで下乳を持ち上げるようにして、腕を組むとかもうそれは確信犯じゃんっ!!


 絶対揺らすつもりで揺らしたよねっ!?


「ぐるるるぅ……、がぅぅ……」


 もう仕方ない、牙を、牙をむくしか……。


「おい、どうしたんだよっ……、急に」


 エイド少年が困惑したように私の肩を叩いた。

 えぇい、男の子にはこの危機感がわからいでかぁ!!


「いくらっ、いくらこの人のおっぱいがおっきいからって、そんなホイホイと心を開いちゃダメだよっ!! 普通に一人きりで突然神域に乗り込んできてるのとてもとても怪しすぎるでしょう!?」


「そんな、褒められても困るわぁ。肩だって凝るモノ」


「しゃらーっぷ!!」


「でも、この人俺たちのことを助けてくれたじゃねーか。そんなに悪い人じゃないって、多分」


「おじいちゃんが言ってたもんっ!! 急に自分語りする女と自分の容姿に自信のある女には気を付けろって!!」


 もしかしたらそこまでは言ってなかったかもしれない。


「なぁに、もしかしてリリアちゃんってば妬いてるのぉー?」


「妬いてるとかじゃないっ! ただ、このやっとできた初めての同年代の友達が、おっぱいに誑かされるのをみちゃおれんのよっ!!」


 がるる、がるるるぅ。


「お姉さん男遊びするのは好きだけど、子供には手を出さないことにしてるから、安心してぇ?」


「……、それ何一つ安心できる要素ないよね!? 本性露わにしすぎてるよねっ!?」


 ほうらみろ、やっぱりだっ。コイツ私の初めての友達を体で篭絡する気なんだっ……!!


 そんな風に私がアーシアに対してヒートアップしていると、後ろに押しのけたはずのエイド少年がおずおずと手をあげたらしい。


「はい、エイド君発言を許可しましょう」


 びしっ、とアーシアが指をさしてエイド少年のことを指名する。


「まあその、お姉さんの容姿のこととかはとりあえず一旦脇に置いてもらって、そもそもなんでこんなところに一人でいるですか?」


「……、そうだそうだ! ここは神域であるフローゼの森だぞっ、そんな色っぽい格好で迷い込むなんて不敬であろうっ!!」


 私が付和雷同したならば、エイド少年が一体どの口がと言いたげな表情をしたような気がしたが、あんまり気にしないこととする。


「実はお姉さんは神域に来るつもりはなかったんだけれども……、そのちょっと迷っちゃって……」


 お色気お姉さん(方向音痴)はテンプレート的にもほどがある。


 絶対好きになっちゃうでしょっ! 男の子はそういう人絶対好きになっちゃうでしょうがっ!?


「ぐるるるっ、がうぅぅぅ……」


 もう、唸り声をあげることしか出来なかった。

 完敗だった。


 ずるいっ、あんなおっぱい私も欲しかったっ!!

 ハッ、もしや、これが都会の女の魅力というやつなのか……!!


「どうどうどう、それでお姉さんの本来の目的地ってどこなんですか?」


「この森の近くにあるって言われているなんだっけなぁ……、えぇと古城というか遺跡というか、史跡というか」


「……、それはフロリアスの古城のことだね、多分」


「そうっ! そうそうそう!! フリアロドオスの古城!」


「フロリアスの古城ね」


 その「オ」と「ド」はどこから出てきたんだ。ドデカイおっぱいの「ド」と「お」か?


「あるぇー?」


「……、でもそう言うことならさっき助けてもらった恩もあるからそこまで道案内くらいはしてあげる」


「えっ!? いいの!? いやー、お姉さん助かるなあー」


「但しっ!! おっぱい揺らすの禁止!!」


「えぇー?! それは無理だよー。お姉さんのおっぱい大きすぎてすぐ揺れちゃうもんっ!!」


「しゃーらっぷっ!! 揺れる心情、乙女の純情、奪われるのは視線ばかりっ!! これが都会の女のやることかっ!!」


「都会関係なくこのお姉さんの露出度が高いだけだろ……」


「都会の流行がおっぱい放り出しファッションな可能性だってあるでしょうっ!?」


「そんなわけあるか――!!」

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