第7話 最終話
私はワクワクしながら勝手知ったる新宿店の関係者入り口で名前を書いて小走りに3階へ向かった。
着替えてフロアに出ると、社員さん達が次々に
「あれ?!帰って来たか!」
「お!出戻りか!」
と声を掛けてくれる。
「◯◯の販売応援で来ました!渡邊です!宜しくお願いします!」
私は笑いながら初対面みたいに挨拶をした。
ホームに帰って来たような安心感を抱きながら、私はフロアを見渡した。
が、さかもっちゃんが見えない。
休みか?いやまさか。あんなに仕事熱心な人が週末に休んでいるなんてあり得ない。
キョロキョロしていたら、さかもっちゃんとよく話していた販売員の男の子を見つけたので声を掛けた。
「お疲れ様です!戻って来ちゃった!」
「おー、お久しぶりですね」
この人もさかもっちゃん同様この店舗に配属されて長いのに私のひとつ年下だからか、いつも敬語で話してくる。
しばらく、私がいない間にこの商品があっちに行ったとかこっちに行ったとか、何階のフロア長が変わったとかの情報を貰って、最後に私が
「あ、そういえば、今日さかもっちゃんは?休み?」
と聞いたら、男の子の顔が目に見えてサッと曇った。
「聞いて…ないんですか?」
なにこの雰囲気。普通じゃない。
「え…ウソ、捕まった…?」
動揺する私を見て男の子は下を向いてうなだれて、はぁー、と大きなため息をついた。
「本当に聞いてないのか…ひでぇな」
と小声で言うなり意を決したようにキュッと唇を噛んで私に向き直り、言った。
「お亡くなりになりました」
時が止まったみたいに喧騒が消えた。
その言葉だけがスピーカーから流れて来たかのように私の中に響いて、ハウリングを起こしたかのように頭の中がキーンとした。
「え、ちょっと、ウソでしょ、なんでよ、やめてよ」
笑うつもりもなかったけれど、ヘラヘラと笑いながら私はそんな事を言っていた。
男の子は笑いもせず、眉間に少しシワを寄せたまま
「さかもっちゃん、生まれつき、心臓が悪かったっす。
結構仲良さそうだったから、聞いてるのかと思ってました」
と短く私に告げて、自分の持ち場に戻って行った。
私も無言で自分の持ち場に入り、商品を並べるふりをした。
お亡くなりになりました?
信じられるわけがない。そんな事あるわけない。
絶対にあるわけがない。
ただ呆然として、私は商品を出しては同じ場所へ入れ、また同じ商品を出しては同じ場所へ入れた。
しばらくするとお客様に声を掛けられて、難しい質問をされた。
さかもっちゃんが、いなかった。
帰宅後、「心臓病」と検索した。
ついこの間まであんなに元気だった人が亡くなるものなのだろうか。
販売員の中で何度も全国売り上げ一位を取っていた人だよ?
心臓病…
画面をスクロールしながら難しい漢字と単語を訳も分からず流し見ていた私に飛び込んできたのは
「塩分には気を付けなければなりません」
という一文だった。
読んだ瞬間にドクン、ドクンと私の心臓が跳ね上がる音が聞こえた。
「心臓病 塩分」と検索した。
「心臓病をお持ちの方は、塩分摂取量を控えることが何よりも大事です。」
…さかもっちゃんに塩辛を食べさせてしまった。
きっと心から「うめぇ」と言っていたのに、私と大将に気を遣っているのかと疑ってしまった。
休憩室で私が「大将の塩辛が日本一美味しい」って言ったから。
だってさかもっちゃんはいつも一番の物しか食べないから。
あの日きっとさかもっちゃんは、もうきっと今後二度と食べる事はないであろうから、日本一の塩辛を食べに来たんだ。
さかもっちゃんの仕草や言葉を全部、思い出した。
あの日の電話も。
彼女との事だって、きっともっと心臓の事も将来の事も踏まえて話したい事や、私に聞いて欲しい事がたくさんあって電話をくれたはずなのに、きっと病気の事も話してくれようとしてわざわざメールじゃなくて、電話をくれたはずなのに。
「どういう相談なの?」って何度も言って、肝心な事を話させてあげられる空気を作らなかったのは、私だ。
社員食堂で日替わりスペシャルを食べながら
「お前らみたいに無駄な物を食べるヒマはない」
そう言った。
いつもさかもっちゃんに頼ってばかりの私に
「いい加減少しは役に立てよ」
「立ってるだけで金貰えるんだなぁ」
いちいち毎回接客を終えるたびに来て、そう言った。
勉強しろよ、成長しろよ。
お前健康なんだろ、まだまだ生きるんだろ。
そう言われてたんだ。
それでもさかもっちゃんの目にはあまりに能天気に映っていたであろう私の良い所を見つけて
「初対面の人を爆笑させるのはすごい事なんだぞ!」
と、息も上がりそうなくらいの素早い忍者歩きで嬉しそうにわざわざ伝えに来てくれた。
ごめん。ごめんね。
さかもっちゃん、ごめんね。
私は一人部屋で、さかもっちゃんに謝りながら泣いた。
後日、さかもっちゃんは亡くなる3日前まで元気に店舗でお客様に接客をしていたと聞いた。
最期の最期まで、一瞬の悔いもないよう、全力で生きたに違いない。
私とさかもっちゃんは所属していた派遣会社が違ったので、私の周りの人は誰もさかもっちゃんの住所を知らなかった。
お別れは、言えなかった。
急速に仲良くなったさかもっちゃんは、急速にいなくなってしまった。
私は20年経った今でも、さかもっちゃんの事を鮮明に思い出す。
私に見えていたさかもっちゃんは、とても素直で真面目でピュアで優しくて、初対面の時は変な人で、でも信用した相手にはとことんで、いつも生き生きと輝いていて、病気の事で自らを卑下したりする様子や悲壮感なんて少しも何もなくて、強くて、最高に魅力的な友人であったと、出逢えて良かった、大好きな友達でした。と。
いつかさかもっちゃんを愛する人達に伝えられたらと、願いながら。
さかもっちゃんの話 おわり
さかもっちゃんの話。 作詞家 渡邊亜希子 @akikowatanabe
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