第2話
「ふっ…ようやく襟を直したのか」
これが、さかもっちゃんが私に放った第一声だった。
さっきの挨拶の時「こいつ襟立ってるな」と思いながら無視をしていたという事だ。
あまりの変人ぶりに唖然としつつも、なるほど、新顔をいびるのが好きなタイプのヤツか。と思った。
時々いるのである。多くの派遣販売員が入れ替わり立ち代わりする中、数年単位で同じメーカーから同じ店に派遣され続けてその店の品揃えや陳列や他社商品についても非常に詳しくなり、いつしか店内移動のある社員さんよりもフロアでは重鎮となり、なんならフロア長並みの権力を持ちだす派遣が。
そしてそういう派遣は新顔が来ると「自分は普通の派遣じゃない」という事を一瞬で相手に理解させる為にわざわざ新顔の目の前で社員さんとタメ口で話したり、急にキツイ言葉を投げかけたりしてマウントを取って来るのだ!
この日も私に対してまんまとマウントを取って来たわけだが、彼には誤算があった。
それは私が彼に輪をかけたひねくれ者という事だ。
私はとっておきのビジネススマイルで言った。
「えー!さっき襟が立ってるのに気付いてたなら教えてくれれば良かったのに!イジワルですね!」
マウントモンスターはその言葉私のを聞いて、とても嫌そうに顔をしかめながら去っていった。
あれ、案外打たれ弱い…
初対面の人を無視したり嫌味を言ったりする度胸はあるのに、気に入らない返しをされたくらいで引き返して行くなんて…
本当に嫌なヤツではないかも…
本当に嫌なヤツは人前で「悔しい」を表現しないものだ。私の様に。
そんな事を考えながらあまりに簡単に終わった嫌味合戦に少し拍子抜けしつつ、仕事に戻った。
翌日日曜日
「3か月くらいは今の店舗にいて貰うと思う」
私が登録している派遣会社のマネージャーからそう連絡があった。
「了解しました」
そう言って私は昨日と同様、メーカーのポロシャツを着て売り場に立った。
襟はしっかりチェックした。
さかもっちゃんを見つけたので、とびきりの笑顔で「おはようございます」と言ったけれど案の定無視をされた。けれど私は、もう既に前日からさかもっちゃんの持つ「人を無視する度胸」と「打たれ弱さ」のギャップに興味津々で、期待通り無視をされて少しワクワクすらしていた。
私には人の挨拶を無視する度胸はない。何をどう思ってこの人はこうなったんだろう?
さかもっちゃんは古株の人とは普通に談笑しているし、ひとたび相手がお客様となればシャキシャキテキパキと笑顔を交えながら完璧な接客をしている。
何よりも、余程勉強熱心なのだろう。さかもっちゃんも私と同じように、とあるメーカーから派遣されている販売員なのに、そのメーカーの商品のみならず他社製品やマイナーな商品にまで詳しく、いつでもどんなお客様にでも的確なサポートをしていた。職歴が長いから自然と覚えました。というレベルではないのである。
そしていつでもお客様第一なので、私がお客様の難しい質問に困っているとまるで別人のような笑顔ですぐにやってきて「お客様!私がご案内を代わらせて頂きますね!」とご案内を引き継いでくれた。
お客様の前では無視されないじゃないか!と気付いた私は、唯一さかもっちゃんに近づけるチャンスを逃すまいとお客様に難しい質問をされるたび、真っ先にさかもっちゃんの所に行って助けを求めた。
特に音楽作成、画像編集、動画編集系のソフトは金額も機能もピンからキリまであり、お客様の質問の意味すら私には理解出来ない事が多々あった。
「すみません、こちらのお客様なんですが…」と声を掛ける度にさかもっちゃんはお客様に見えない角度で一瞬私を睨むものの、お客様の方へ振り返った時には毎回素晴らしい笑顔で引き継いでくれた。そして接客が終わるともう自分の持ち場に戻っている私の所までわざわざやって来て「いい加減少しは役に立てよ」とか「立ってるだけで金貰えるんだなぁ」とボソボソ呟いて去って行った。
最早それがないと落ち着かないくらいになっていた私は毎回「ありがとうございました!」とお礼を言ってさかもっちゃんの背中を見送りながら、その生態に興味を募らせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます