さかもっちゃんの話。
作詞家 渡邊亜希子
第1話
専門学校に通っていたころの話。
当時私は週末だけ、大型家電量販店で派遣販売員のアルバイトをしていた。
メーカーの依頼を受けてパソコンソフトの販売応援をする仕事で、担当する商品と類似品とで迷っているお客様に声を掛けて自社製品の良さをアピールしたり在庫管理をする。
毎週派遣先の店舗が変わることもあればしばらく同じ店に派遣されることもあるし、数か月同じソフトを担当することもあればイベントなどで一回しかそのソフトを担当しないこともある。
内容も場所もころころと変わるので、飽きっぽくて接客が好きな私にはうってつけの面白いアルバイトだった。
その週末は土曜日、日曜日と初めて行く店舗に派遣された。
大都会新宿にある、まさに大型家電量販店だった。
家電量販店の店の仕組みはどこも大差ない。
大体店の裏にある従業員用入り口でメーカー名と名前を書いて「販売員」と書かれた首から下げる関係者パスを貰い、その店のソフト売り場へ向かう。
新宿の店は3階がソフト売り場だったので、3階へ行ってロッカーでメーカーから支給されたポロシャツに着替えた。
フロアに出るとまずは社員さんに元気に明るくご挨拶をする。
「○○の販売応援で来ました。渡邊です。宜しくお願いします!」
社員さんと派遣は服装が違うので一目で分かる。
一通り社員さんにご挨拶出来たので、次に他社メーカーから派遣された販売員の方々に達にご挨拶をしようと一番近くにいた男の人に声をかけた。
黒い髪、細く小柄な体、私と同じ年くらいだろうか。
でも目はキリっとしていて仕事が出来そうな人だ。
「○○の販売応援で来ました。渡邊です。宜しくお願いします!」
するとなんとその人は2秒ほど私を無表情で見つめて、そのまま無言で去っていった。
ちょっと待て。社員さんにも販売員さんにも不愛想な人は少なくないけれど、完全に無視をする人はそうそういない。
仕事でなくたって、初対面の人の挨拶を完全に無視する人などこれまでの私の人生で出逢った事があっただろうか。
「無視した!変な人だ!おもしろ!」
私はそう思いながら次に女性の販売員さんに声をかけた。
「○○の販売応援で来ました。渡邊です。宜しくお願いします!」
するとその女性はすっと手をこちらに伸ばしてニコッと笑って
「ポロシャツの襟立ってるよ~」と言いながら私の襟を直してくれた。
良かった~。この人は良い人だ~。
「ありがとうございます。この店舗初めてなんで、宜しくお願いします」
と私は言った。
気軽に話しかけられる相手を見つけておくことは、この仕事ではとても重要なのだ。
お客様からすれば派遣も社員も同じ店員なので、トイレの場所から商品の場所から他社製品の内容の質問からいろいろと話しかけられる。仕事に入る前の講習で教わるのは自社製品の性能だけなので、トイレの場所くらいは把握しておいても膨大な数の商品の陳列や他のフロアの品揃え、他社製品の細かな性能までは把握していない。
困った時にすぐに話しかけられる人は多ければ多いほどいい。
女性の販売員さんと打ち解けて少しほっとした私は他の販売員さんにもご挨拶をして自分の商品が陳列してある棚に行き、在庫確認や整頓などの仕事に取り掛かった。
しばらくして何か視線を感じふと振り向くと、そこに先ほど私の挨拶を鮮やかに無視した男性販売員が無言で立ってこちらを見ていた。
こわっ!なに?!と思いつつ「お疲れ様です」と笑顔で話しかけると、彼は鼻で笑いながらこう言った。
「ふっ…ようやく襟を直したのか」
これが、さかもっちゃんが私に放った第一声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます