真っ暗闇の世界
病室の中はいつも真っ暗闇だった。光なんてありゃしない。正に真っ暗闇の世界とはこういう世界の事を言うのだと思ったし、オレの心の中まで真っ暗闇だった。
たぶん、父ちゃんも母ちゃんも、山は目のかたきにしていると思っていた。
山はじいちゃんの命を奪った。そしてそんな山でオレは事故を起こしてしまったわけだから、両親にとどめを刺してしまったと思っていた。
きっともう会えないと思っていた。だから、病室に母ちゃんがいた事にとても驚いたし、あんな言葉を掛けてもらえるなんて思ってもみなかった。
見捨てないでくれたんだね。涙が出そうな位嬉しかったけれど、逆にそれ以上に苦しくもあった。両親にはまた迷惑を掛ける事になってしまうと思ったから。
意識が戻った時は自分の身体の状態をまだ全然把握出来ていなかったけれど、普通じゃない事は分かっていた。
両親の言う事を聞かず、逆らって、自分のやりたい事を散々やってきた挙句、こんな怪我をしてしまって。
自分が大きくなっても親を助けてあげられないどころか、ずっと助けてもらわなければならなくなるのか? オレは何て親不孝な奴なんだろう。
何で見捨ててくれなかったんだよ? その方がずっと気が楽だったようにも思えてしまう。
父ちゃんはどう思っているんだろう。不意にそう思った。
実を言うと、じいちゃんが死んでこっちに来てから、父ちゃんとは一度も口をきいていなかった。小学生になる前に大喧嘩して別れ、父ちゃんはこっちでも相変わらず仕事ばっかりで、生活時間帯がオレとまるで違うから顔を合わす事もなかった。やっぱりお互いに避けていた。
思い切って母ちゃんに聞いてみた。
「父ちゃんは?」
その答えは思いもよらない物だった。
「父ちゃんはね。実は出ていってしまったんだよ。あ、喧嘩したわけじゃなくて、そうした方が‥‥‥」
「クソ親父め」
母ちゃんが話すその後の言葉を聞く気にもならず、汚ない言葉が口から出た。
「ケンタ、違うのよ。聞きなさい。父ちゃんは‥‥‥」
そう言う母ちゃんに怒りの言葉をぶつけてしまった。
「理由なんて関係ねえ。黙れ!」
さっきまでは見捨ててくれればよかったのにって思ってたはずなのに、父ちゃんへの怒りが爆発した。
オレが一番苦しい時に。母ちゃんが一番苦しい時に。あんただけが逃げたのかよ。オレを見捨てるだけなら分かるけど、母ちゃんを置いていくか? やっぱりあんたって人はそういう人だ。最低な人だ。
そしてオレまでもが母ちゃんに、こんな汚い言葉を‥‥‥もう考えたくもなかった。
その後、目は一生見えるようにはならないっていう事を聞いた。
母ちゃんだけじゃなくて、オレはこれから色んな人にずっと迷惑を掛けながら生きていかなきゃならないんだろうなと思った。
もう一人では山に入る事が出来ないんだと思うと、生きてる意味さえ無いような気がした。
ナツと出逢って、ようやく地上で楽しむ術が分かってきたと思っていたのに。ようやく守ってやりたいと思うものが出来て、叶えたいと思う目標も持てたのに。
全てが終わってしまったと思った。目の見えないオレはこれからどうやって生きていけばいいんだろう。
さあ、これからだってやっと思えたのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう。
何でナツは一人で山に入ってしまったんだ? 待ってろって言ったのに。バカヤロウ。ナツがオレの言う事を守っていたら、あんな事故は起こらなかったはずだ。
何でナツはオレを助けたんだ? こんな状態になるのなら、あのまま死んでしまった方がよかったのに。そうすればこんな苦しい思いをしなくてすんだんだ。
考えても仕方がないようなそんな後ろ向きな事ばかりを考えていた。
そんなある日、じいちゃんが夢に出てきた。
「ケンタ、何をそんなにクヨクヨしておる。何でそんなに怒りに支配されておるんじゃ? ケンタは山で生きてきた人間じゃろが。マタギの血を引いている事を忘れちゃならん」
そう言ったじいちゃんの顔は厳しくもあり、優しくもあった。
ああ、じいちゃんはいつもこんな風にオレを暖かい目で見ていてくれていた。そして天国へ行ってしまった今も。
じいちゃん、ごめん。
命の尊さっていうものを忘れる所だった。じいちゃんが守ってくれたオレの命、ナツが守ってくれたオレの命、神様が守ってくれたオレの命。
生かされた意味、考えてみるよ。
マタギの血って何だろう?
たぶん仕事の事ではないと思う。
今のオレにはよく分からないけれど、それはじいちゃんのように強くて優しい心みたいなものだと思う。
こんなにクヨクヨと後ろ向きにばかり考えているオレを見たら、マタギと呼ばれる人はどう思うだろう。きっとそんな奴はマタギの端くれにもなれないって言うだろう。
じいちゃんは悲しむに違いない。オレは、じいちゃんが悲しむような生き方はしたくない。
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