おじさんは一歳の元気な男の子

寧楽ほうき。

第1話 おじさんの杞憂

 今日はなぜだか、やけにママンとパパンがそわそわしているような気がする。

それを低い視線からじっと眺めていた俺は悲しいことに気づいてしまったのだ。

——もしかして離婚の危機ですか⁉︎

 テーブルを挟んで向かい合って座っている二人の視線がこちらを向けられる度に、もしかしてワイが原因か…?と自らを疑ってしまう。

 まぁええ、言葉も上手く喋れんようなワイには何もできひんわ。おっさんは今日も必死に生き延びるだけや。好きにさせてもらうで。

——ほんま、前世では酷い目にあった。仕事や仕事や言っておっさんは過労死してもーたからな。それから目が覚めたらこの家の赤ん坊になってたわけやが…。

 俺はこれでも深夜アニメが好きやったからな。転生のことには早く気づいたし、ワクワクもしたで。

 ただ、生まれ変わるなら美少女のいる異世界がよかったってだけや。別に今の生活に不満があるわけやないで?パパンもママンも優しいし、お友達もおるからな。


——でも問題なんはお前や、犬っころ。


 俺の目の前で、この家で飼われている柴犬のマルがガツガツとペットフードを食べている。

 このまん丸としていて、気に食わないような見た目が前世の同僚に似ているから俺はこいつを田中と呼んでいる。

 いっつもそんな粒食ってるけど美味いんか?たまには一粒くれや。この前お前に酒奢ったったやろ。ゆっくりと手を伸ばし、そのペットフードを手に取ってにおいを嗅いでみた。

 …お?思ってたより匂いせーへんな。ぺろっと舐めるくらいはええやろうか——んぐっ⁉︎

 あまりにも独特な味に驚いてしまい、その場でジタバタと悶えてしまった。

 おっと、失礼。取り乱したな。田中、そんな冷たい目で見やんといてくれ。それにしてもなぁ、田中はん。お前は寝て、食って、クソをして生きてるだけでご主人様たちに何を与えとるんや?田中の頬をつつき、睨みつけた。

 なんや、可愛くないやつやのぉ…。つんつんと頬をつついていると、田中は俺の頬をペロリと舐めた。全っ然可愛くない…可愛くないなぁ、もう!気がつくと田中を抱きしめてしまった。あかんあかん、オス同士抱き合っても喜ぶのは腐女子くらいや。ええ加減離れてくれや。

 それにしても美少女はええな。俺はテレビの前に座り、そう思った。

 前世——自分がおっさんやったときは深夜の美少女アニメとか観てたらキモオタなんて言われとったけど、今は違う。赤ん坊やからかどんなアニメ観てても誰にも責められへん。

 まぁR18のアニメとか動画は見せてくれへんけど、パパンのPCを使って観れるから許す。この前は履歴消すの忘れててママンがびっくりしてはったけどな…。ワイの前世やとアニメみたいなラッキースケベは、なかったもんなぁ…。

あっても電車で痴漢と間違われたくらいや。

アカン、ちょっと眠なってきたで。

 有無を言わせず襲ってきた睡魔が俺を眠らせた。


・ ・ ・


「や、やめろ!俺をめぐって二人が喧嘩する姿なんて見たない!俺はなんて罪な男なんや…」


——アカン、気持ち悪い夢見てもーた。


 目が覚めると、俺はママンに膝枕されていた。目の前には愛しのママンの巨乳がある。

 どうやら彼女は眠っていて、俺が起きたことに気づいていないようだった。

 ちょいとイタズラするくらいはええよな…?

 手を伸ばし、下から胸を押し上げたり、揉んだりしてみた。激しくすればするほどママンはビクンッと身体を震わせて反応したり、『んっ!』と甘い声を出したりした。

 ワイのムスコも全盛期やったらアブナイところやったで。これ以上はアカン、やめとこ。

——喉も渇いたし軽く一杯やりますか。

 最近ようやく机に手をついて立ち上がれるようになったからな。ストローボトルに手を伸ばし、勢いよく吸い付いてやった。

 ぷはぁー!と息を吐き、ボトルを机に叩きつける動きは、前世からの癖だろうか、いつになってやめられない。

 でも、前と同じ人生だけは歩みたくないな。ふと、考えてしまった。もし、前みたいにモテない冴えない人生を送ってしまったらどうしようか。もし、前と同じく童貞のまま命尽きたら…。いや、今回はそんなことはない!

ママンは美人やし、パパンはイケメン。これは最強の遺伝子を持ってるはずや。それに勉強やスポーツを頑張れば、ワイもモテモテハーレムライフを送れる!

 まぁその前に、今やるべきことはまた別にあるんだ。


「ママー」

「はいはい、だっこして欲しいの?ほんと甘えん坊さんねー」


 そう言って優しく俺を抱きかかえてくれる彼女は、俺の企みになど一切気づいていない。

——あぁ、やっぱこの弾力と重量感!この胸に抱かれたらどんな男でもイチコロやで!

 そうやって楽しんでいるところに、パパンが戻ってきた。


「おっ、翔紀しょうき、パパもだっこしてやろうかー?」


 うるさい、黙っとれ!お前は毎晩この身体を楽しんでるやろ!今くらいワイに譲れや!お前は大人しく仕事いけ!

 ……はっ!もしかして会社をクビにされた?だから朝からそわそわしていたのか?

いや、でももし本当にそんなことが……アカン、抱かれてたらまた眠くなってきた。これやからこのの身体は難儀やねん……。


・ ・ ・


「俺、こんな気持ち始めてで…。だから、俺はお前の全てがほしい……」


——アカン、また気持ち悪い夢見てもーた…。


 暗い部屋で目が覚めた。もう夜か。それにしてもなんでこんなにも静かなんだ?もしかして二人とも家出した⁉︎

 座布団を緩衝材代わりにし、ソファーからおりて部屋の中をぐるぐると歩きまわるが、何も見当たらなかった。

 ワイの人生、これで終わりか…。

そう諦めかけていると、突然照明がつけられた。


「ハッピーバースデー!翔駒ー!」

「一歳のお誕生日おめでとう!」


 二つのクラッカーの音とともに二人の明るい声が聞こえてきた。『生まれてきてくれてありがとう』と泣くママンと、それを宥めるパパンの姿。俺の脳は、なかなかその光景を理解することができずにいた。


「今日は有給とって正解だったよ。翔駒の誕生日を一緒に祝えるんだからな」


そっか、そうだったのか。離婚じゃなくて、ワイの誕生日やからそわそわしてたんか…!

 溢れる涙を拭おうと、ポケットの中からハンカチを出し……ん?よく見るとそれはママンのパンティー。アカン!さり気なく盗んでたのがバレるとこやったで!

 慌ててパンティーをポケットにしまい、俺は満面の笑みを浮かべた。


「マ〜マ、パ〜パ」


——パンティー盗んで申し訳ございません。


 大きなケーキを三人で囲み、少しずつ食べ進める。相変わらずママンの膝の上は最高やで。なんてことを思っていると、彼女はとあることに気づいた。


「しょーくん、ポケットから何か出てるよ?」


 しまった!バレてまう!スルスルとポケットからパンティーが抜かれていく感覚がする。


「あら、洗濯したときに入っちゃったのかな?」

「ん?何がだ?」

「んーん、なんにもないわよ!」

「えぇ…なんだよぉ〜」


 あら奥さん、その派手な下着を見られるのは恥ずかしいんですか。

どれ、ここはワイがもう一度預かっといてあげましょか。またにお返ししますわ。

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