偽装家族、誕生!

プロローグ

 時は20××年。

 年金問題、高齢化社会問題、核家族化問題ときて、度重なる自然災害に疫病、そしてとどめが国家レベルの莫大な借金。

 日本の財政は破綻寸前。空前の大恐慌時代の一歩手前である。

 

 自分の将来に希望を見いだせない若者たちは、子供を産まず、出生率も低下。次にこの国を支えていく土台すら危うい状態となっていた。


 日本の今後を危惧した専門家達はTVで討論番組を組み、声高々に問題定義した。


 要約するなら「このままじゃヤバイ、なんとかしないと」ということだ。けれど、その<なんとか>の具体的な対策を挙げることができる人間はおらず、なし崩し的に日本沈没のカウントダウンが始まった。


 日本と友好関係を築いていた近隣諸国は、巻き込まれたくない一心で手のひらを返したように冷たくなった。


 金の切れ目が縁の切れ目。日本政府は身をもって実感した。


 完全に孤立無援。他国からの資金援助もままならない状態になり、ようやく自分達でこの国を建て直すしかない、と思い至った。


 そして何度もの会議が開かれた1年後、日本を活性化させ、本来あるべき姿へ戻す政策が発表された。



 その名も――



 『モデルファミリー制度』





  *


  * 


  * 





 明成24年、7月。


 都内大型スタジアムにて、モデルファミリー関東地区代表のお披露目式が始まろうとしていた。

 超満員のスタジアム内は、一家の登場を待ち望む観客でかなりの熱気だ。


 大型ビジョンには絶え間なく一家のCMが流れ続け、あちこちから「美園ちゃ~ん!」「勇治く~ん!」と、男女問わぬ興奮気味の声が飛び出している。

 まるでアイドルのコンサートが始まるかのように、場内には黄色い声がひしめいていた。


 やがて、スーツを着た1人の男性がトコトコとスタジアム中央のマイクスタンドに近づいて来る。


 あれほど大騒ぎしていた場内が、先ほどとは打って変わり水を打ったように静まり返った。

 会場中の視線を一心に集めながらマイクスタンドに辿り着いた司会者は、もったいぶったように時間をかけてネクタイを整え直し、ひとつ咳ばらいをする。


 そして皆の注目が自身に向いているのを確認した後、満足そうに大きく頷き、ようやくマイクを持ち上げ声高々に宣言した。


「さぁ、皆さまお待たせしました!!!! 今年度モデルファミリー関東地区代表、世良田ファミリーに登場してもらいましょうっ!」


 まるで野球の登板選手のように、ベンチスタンドから多くの観衆に見守られながら7人プラス1匹が登場してきた。

 大きな歓声と共にたかれるフラッシュの嵐。

 あまりにも激しすぎて、目が眩む。


 小綺麗な身なりをした40代くらいの夫婦を筆頭に、抜群のビジュアルを誇る10代らしき少年少女、人の良さそうな老夫婦、興奮して先走っていきそうな小型犬のリードをしっかり握りしめた天使のような少年が会場に姿を現した。


 彼らがスタジアムの中央に設けられた指定位置まで辿り着くと、たちまち待ち構えていた取材人達に周りを取り囲まれる。


 その中心にいて、絶え間なく笑顔を保ちつづける一家。


 家長である世良田元樹が一歩前に進み出て、壇上のマイクに手をかける。

 彼の言葉を見逃すまいと、会場中が息を呑んだ。


「えー、ご紹介にあがりました世良田ファミリーです。我が家は家族7人、犬1匹という大家族です。推薦を受けて市のモデルファミリーになり、その後は皆さんの応援を受けて、あれよあれよと勝ち上がり現在に至ります」


 元樹は外国人のように両手をあげて困ったポーズをしてみせる。

 あちこちから大袈裟な笑いが起こる。


「特にこの日の為に何か努力をしたわけではありません。ただ、ひとつ心がけている事があります。それは常に笑いの絶えない、隠し事のない家族でいようという事です。その結果が、今年度モデルファミリー関東地区代表という素晴らしい名誉に繋がったわけです。本当に光栄です」


 すかさずレポーターから質問が飛ぶ。


「勝つ自信はありますか?」


 元樹はその言葉に、ほんの一瞬眉を潜めて、苦笑する。


「そもそも、家族の形に勝ち負けなどありません。我が家はこれからも今まで通りの生活を送っていきます。そんな我々の姿に共感してくれる人がいたとすれば、それは大変喜ばしいことですし、その結果が<勝ち>に繋がるのだとすれば、自信があると答えましょう」


 ウォー!!!!!


 会場中から割れんばかりの拍手喝采があがる。

 元樹は軽く片手を挙げて、それに答えた。


 この興奮の最中さなかにおいて、世良田一家の笑顔が実に計算しつくされた画一的なものであることに気付いたものは、ほとんどいない。


 世良田一家の白けたムードは、たちまち会場の熱いうねりの中へ埋没することとなった。

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