Garden
あん彩句
第1話
肩で息をした
目の前をふっと横切って飛んだトンボが気になってしまった。オニヤンマだ、と小学校4年生が興奮するのも無理はない。昆虫が大好きで、じぃじの家に来なくたって夏は虫籠と虫取り網が必需品だった。
緑の目、黄色と黒の縞々模様のオニヤンマは、面白がるように啓介の前を飛んでゆく。啓介はそれにつられて、そう、ついうっかりつられて大通りに出て、その坂を一気に下った。ゆらゆらと陽炎が見えそうなほど暑かったけれど、自転車は軽快に坂を滑って風を生む。
視界にはオニヤンマしか見えていない、それが悪かった。
ハッと気がついた時には見たこともない田んぼ道で、用水路とガードレールに挟まれた道をただただ自転車で走っていた。急ブレーキをかけて立ち止まる。日陰もないその場所で、いろんな種類の汗が噴き出した。
どうしよう。
それが真っ先に頭の中に浮かんだ言葉だった。どうしよう、ここはどこだろう、たくさん曲がったから、どの道をどう帰ればいいかわからない。頬骨の下の筋肉がキュッと締まって、生唾を飲み込む。
迷いに迷った視線の先には、追いかけて来たオニヤンマがいた。古びた木の看板に止まっている。その今にも朽ち果てそうな看板には、かろうじて『ガーデン』という言葉が見えた。その前にある言葉は掠れて読めもしない。
啓介は、その看板の向こうにある、砂利の敷き詰められた駐車場に自転車を停めた。喉がカラカラでくっつきそうだった。
相変わらず頭の中で、「どうしよう、どうしよう」という声がこだましているのに、穏やかでとても静かな声が、頭の中に「大丈夫だよ」と優しく語りかけてくる。
「心配いらないから、ほら、ちょっとその庭へ行ってごらん。大山木の花が美しく迎えてくれるよ」
その声はなんなのか、真っ白な花とくっきりとした緑の葉の大きな木に出迎えられ、啓介はゆっくりと歩く。その視線の先には掘建小屋があって、そこへ導くようにレンガの埋めてある道が続いていた。
両脇に広がるものは庭なんて呼べる場所ではない。好き勝手生えた植物が、好き勝手に伸びている、そう言った方がいい場所だった。でもなぜか啓介は、足を止めることができなかった。
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