春時雨
文丸
春時雨『はるしぐれ』 ―前世―
公園の端にひっそりと佇む
ここは昔から人通りが少なく、落ち着いて過ごせる場所だということを知っていた。
椅子に腰掛け、一息
ふと視線をあげると屋根の端から桃色の花をつけた枝が覗いている。
雲一つない青空の中に咲き誇る桜が、僕を見下ろしていた。
春の匂いが鼻を
柔らかい風が吹き、頬を優しく
僕は再び手元の本に目を落とす。
静かな場所でその季節に咲く花や天気を愉しみながら、唯一の趣味である読書に
騒々しい世界から隔絶され、まるで誰もいない世界の中で自分だけの世界に浸れるように思えたから。
紙を指でなぞる。
目の前を流れる小川の音、紙と紙が擦れる音、桜の枝の揺れる音。
心地よく僕の鼓膜を打つ。
本を
昼を過ぎ、日は少しだけ西に傾いていた。
どのくらい時間がたったのだろうか。
気が付くと、いつの間にか隣には、見知らぬ少女が座っていた。
制服姿や背格好からして高校生ぐらいだろうか。
「最近暑いですね。」
不意に少女が口を開いた。
「…そうですね。」
素っ気なく返事をする。
「何をしているんですか。」
おかしな質問だと思った。
読書をしている以外の何に見えるのだろうか。
だが、何故か僕はその問いに、一瞬、詰まってしまった。
「僕は―」
急に頭に靄がかかったかのように、思考が止まった。
「僕は……『誰かを待っている』…?」
急に風が強く吹き荒ぶ。
風に吹かれ舞い上がった桜の花びらが視界に入る。
全てを思い出した。
「僕は、ここでずっとある人を待っているんだ。ずっと、ずっと。」
本を閉じ空を見上げる。
「ここは彼女と初めて出会った思い出の場所なんだ。彼女とはこの椅子に座って四季折々の季節を愉しんだり、二人で本を読んだりした。思い出の詰まったこの場所で待っていれば、また彼女に会えるような気がしてね。」
「…素敵ですね。」
少女が
「あの、私達どこかでお会いしたことがありませんか?」
突然の言葉に僕は、もう一度隣に座る少女に目をやる。
僕は、あまりの衝撃に目を見開いた。そこにいる少女は姿さえ違えど、その魂ともいうべきか、彼女の中身はまさしく、ずっと待っていた彼女だというのが僕には分かった。
「そうか…。君がそうだったのか。」
涙で視界がぼやける。
「最期にまた、君に出会うことができてよかった。」
背もたれに寄り掛かる。
水滴が頬を伝う。
彼女は立ち上がり僕に言った。
「私…私は、あなたが誰なのか
彼女の言葉を遮り、風が強く吹いた。
体の輪郭がぼやけ始める。
「ありがとう。僕も君に会いに行くよ」
「絶対です!約束ですよ!」
彼女も目に浮かべた涙を拭いながら叫ぶ。
体が舞い上がる桜吹雪に溶けていく。
最後に舞い落ちる桜の花びらの隙間から、泣きながら笑顔を作っている君が僅かに見えた。その涙は美しく、春の花が雨のように降り
『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます