青春と学びと檸檬

O(h)

第1話

青春と学びと檸檬


 予備校の階段を沙希と並んで降りている時あたしの肩を後ろから叩くやつがいた。

振り返ると塔矢だった。

「なに?」

「いや、さっき知り合いから聞いたんだけど、お前、先月の上智模試、A判定だったんだって?すげーじゃん。」

「あんたは?受けたんでしょ?」

あたしは興味ないけど・・・。

「Cだよ。この時期で・・・。もう駄目だねぇ多分。これ以上頑張れねぇわ」

 塔矢は泣き笑いのような顔を見せながらサッとあたしたちを追い越して行ってしまった。

 秋の風が本格的に冬のそれへと移ろう、そんな季節。

 あたしたちは人生のなかで最もひかり輝くこの時節を、こんなくだらない会話で埋め尽くすような日々を送ってた。

 大学に行けばなにかやりたいことが見つかるかも・・・なんて糞みたいな精神は好きになれなかった。

けど、あたしたちが生きる、生きなきゃならんこの社会は、結構強要してくるんだな。そして大多数の学生は異議も唱えずに皆同じ方向に向かって邁進しちゃう。たかだか十数年の人生経験だけで、人生の方向を定めなきゃいけない老朽システム。


 檸檬の香りが漂ってね。

地下へと続く階段を降りきるときに、瞬間だったんだけど・・・。急いでたものだからあたしはあまり周囲を観察できないまま、千代田線のホームに向かってちいさく走ってた。気にはなったんだけどね・・・。そこで立ち止まる余裕、今なら持ててたかなぁ・・・。光陰矢の如し。


 この前、沙希と自習室で並んで勉強してた時にうっかりあたしの赤インクのペン先が沙希の白いセーターに流れてしまって、紅い線がすぅーって入っちゃって。

「あ、あ、ごめん、」

「あぁぁぁぁぁ。まじかー。ちょ、え?」

百均の除菌ペーパーで二人して結構擦ったんだけど、結局跡が残っちゃって、あれ以来、沙希の態度がちょっと冷たいんだよなぁ。あの時の除菌ペーパーの香りもたしか檸檬フレーバーだったけど、超人工的でいかにも・・・って思っちゃった。

 お茶の水の階段であたしが感じたあの檸檬の香りはね、

もっと生々しくて、生命感があって、なにより生きた檸檬のあの黄色い色彩と形状を脳内にガシャン、って刻印するみたいなインパクトを持ってた。・・・。

 ちょっともう再生不能だけど、もしもう一回香ったら、電流がビビビと走ると思うな。


そんな事を妄想してたら、いつの間にか寝てしまっていて、自室の壁の時計は午前4時。

明後日はまた模試だから、もうちょっとやっとこうかな・・・・。


あたしってなんなの?


 デスクライトに照らされた机。そこに無造作に置かれたひとつの檸檬。そして半分文字で埋まったルーズリーフをふと見やりながらあたしはまたペンをとった。


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青春と学びと檸檬 O(h) @Oh-8

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