第56話【魔族SIDE】 命を削る禁断の技が時間稼ぎにしかならない

 ザッハークと魔族の男は、恐怖で凍りついていた。


「馬鹿な、レインボードラゴンに乗って追ってきただと!?」


 ザッハークの手は震えていた。


「フ。フフフ。何を怯えているのですか伯爵。メルキスは1キロ以上も後方。何も恐れることなど……」


「馬鹿もの! 頭を下げろ! 今すぐに!!」


「は? 何を言って……?」


 訝しげな顔をしながらも、魔族の男は少し屈んで頭を下げる。次の瞬間――


“ギャンンンン!!”


 魔族の頭が数秒前まであった空間を、超高速で何かが駆け抜けていった。メルキスの、雷属性魔法と氷属性魔法を融合させた魔法である。


 電磁気によって加速された氷の杭を発射する。ただそれだけの魔法なのだが、速度と射程が尋常ではない。


 ザッハークのいう通りに魔族の男が頭を下げていなかったら、魔族の男は頭を撃ち抜かれて死んでいた。


「な……なんですか今の攻撃は!? 威力と射程については、今更驚きません。魔王パラナッシュ陛下を倒したのです、あの程度の威力はあってもおかしくないでしょう。ですが、狙いが正確すぎます! 飛んでいるドラゴンの背に乗りながら、1キロ以上離れた私の頭を正確に狙うとは、どういうことですか!?」


「メルキスは、剣以外の馬術や弓術や格闘術も得意なのだ。馬に乗ったまま、2キロ先の的を矢で撃ち抜いたこともある。この程度、平気で当ててくるぞ」


「はぁ!? そんなもの、ギフト抜きでもバケモノではないですか!! なぜ辺境に追放したのです!?」


「う、うるさい! 剣以外の技術など、所詮手習いごと! 剣の技術こそ我がロードベルグ伯爵家に必要なのだ! そして、奴は最も優れた剣のギフト【剣聖】ではなく、聞いたこともない魔法関連のギフトを授かった! だから追放した、それだけのことだ!」


「……そして、その聞いたこともない魔法関連のギフトが、どういうことかとんでもない破壊力を持っていた、と。見る目がありませんね、伯爵」


 魔族の男に言われて、ザッハークは歯軋りする。


「そんなことは今はどうでもいい! 次の攻撃がくるぞ! ワイバーンを急上昇させろ!」


 ザッハークに言われた通り、魔族の男がワイバーンを急上昇させる。すると、今度はワイバーンの翼があった空間を攻撃魔法が駆け抜けていった。


「いいかよく聞け! さっきから、メルキスは俺を殺そうとすればいつでも、魔王を倒した流星の魔法で殺せる。だが奴はそうしない。なぜか分かるか?」


「さて。そういえばそうですね。私には殺す気で魔法を放ってきましたが、伯爵には攻撃がない。ワイバーンの翼に穴が開いても、地上に降りることくらいはできるでしょう……何故でしょう?」


「俺を生け捕りにするためだ! 生け捕りにして拷問して恨みを晴らすために決まっている!」


「なるほど。確かにそう考えれば全ての辻褄が合いますね」


 魔族の男はうなづいた。


「俺を何としても生捕りにして、これまでの恨みを晴らそうというつもりなのだろう。おのれメルキス! 仮にも15年間育ててやった恩を忘れおって! 少しは父親を敬う気持ちというものがないのか!」


 実際はメルキスはザッハークを助けるために来ているのだが、そんなことは夢にも思わず檻の中でザッハークは激怒していた。


「そんなことより伯爵! 次の攻撃が来ますよ! またワイバーンを急上昇させて――」


「いや違う! 今度はワイバーンを急降下させろ!」


 今度は、ワイバーンが急上昇していたら通過していたであろう空間に魔法が撃ち込まれる。


「こちらの回避まで見越して魔法を放ってきたのですか!? ますますバケモノではないですか……!」


「しかも、こちらの選択肢を狭めるために3手4手先まで考えて行動してくる。目先の攻撃をかわしているうちに、いつの間にか逃げ場が無くなっているのだ。それを踏まえて攻撃をかわす必要がある。」


「ぐうううううぅ!」


 魔族の男とザッハークを運ぶシューティングスターワイバーンは、空を最も早く飛ぶことのできるモンスターである。少しづつではあるが、メルキスの乗るレインボーワイバーンを引き離しつつある。


 しかしそれでも、まだまだメルキスの魔法の射程から逃げ切るには時間がかかる。


 急上昇、急降下、右旋回、左旋回。フェイントを交えつつ回避を連発して、なんとか魔族の男はメルキスの魔法攻撃をここまでかわしきっていた。


 しかし、


「ダメです、完全に追い詰められました!」


 無理な回避を連発したせいでシューティングスターワイバーンが体制を崩し、身動きが取れなくなる。そこへ、針の穴を通すような精度でメルキスの魔法が襲いくる。


「まさか“これ”を使う羽目になるとは……!!」


 魔族の男が歯軋りする。頭の角が巨大化し、背中からコウモリのような翼が生える。


「なんだ!? 貴様から、凄まじい圧の力を感じるぞ!?」


「自らに課していた枷を一時的に外しました。今の私は、普段の数十倍の魔法を行使することができるのです!」


 魔族の男が、魔法を発動する。


「魔族式・限界突破防御魔法“ブラッディシールド”発動!!」


 ワイバーンの後方に、巨大な赤い盾が出現する。盾は、王都の城壁さえ撃ぬくメルキスの魔法を弾き返した。


「おお! やるではないか! 何故最初から使わなかったのだ!」


「この魔法は! 一度使う度に代償として私の寿命が一年減るのですよ!!」


 魔族の男が、歯が砕けそうな勢いで歯軋りする。


「クソ! こんな所でこの力を使わされるとは! 私の、私の貴重な寿命が……!!」


 盾にメルキスの魔法攻撃が殺到する。盾にヒビが入って砕け散る。そして再びワイバーンがメルキスの攻撃にさらされる。


「こんな短時間で私の盾が……! ならばもう一度! “ブラッディシールド”!」


 再び盾が出現するが、すぐに破壊されてしまう。


「もう一度! もう一度!」


 盾が出現しては壊され、また魔族の男が寿命を消費して盾を出現させる。


「くううううぅ! 私の寿命が湯水のように消えていくではないか!」


 しかし一瞬でも盾を切らせば即死する。魔族の男は、寿命をどんどん消費して時間稼ぎをすることだけだった。


 しかし徐々に、シューティングスターワイバーンはメルキスの乗るレインボードラゴンを引き離していく。


「よいぞよいぞ! このまま逃げ切るのだ!」


 ザッハークは、檻の中ではしゃいでいた。


「簡単に言わないで頂きたい! 私は貴重な寿命を削っているのですよ!」


 それから魔族の男は10回以上盾を出現させ、ようやくメルキスを振り切ったのだった。


「はぁ、はぁ……。なんとか逃げ切りましたよ……!! まさか寿命を20年も消費されるとは思いませんでした」


 魔族の男は疲弊しきってげっそりとしていた。


「さて、ようやく到着しました。ここが我々魔族の拠点の1つです」


 魔族の男は、ザッハークを拠点内部に案内する。

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